秘密兵器
週末、秋葉原の電気街を歩き回って無線の専門店を物色している伊刈の姿があった。二、三坪の小さな専門店がずらりと並んだバラック街のような電気街は電子部品や特殊工具を探すマニアで雑踏していた。メイド喫茶がブームになり、中国からの爆買ツアー客が大挙して押しかけるようになる前から秋葉原はラジオ少年とおたくの聖地だった。
「トラック無線を聞きたいんですが」アマチュア無線機、船舶用無線機、車載専用機、短波受信機、いろいろな機種の無線やラジオが狭苦しい店先いっぱいに並んだ適当な店を選んで、伊刈は店主に声をかけた。
「車に積むのかい」
「聞くだけだから目立たない方がいいです」
「傍受ならハンディがいいかな。初心者ならまあこれだな。タクシー無線でも盗聴器でもなんでも聞けるぞ」店主は片手で操作できる広域ハンディレシーバを勧めた。
「それでいいです」
「アンテナはどうする? 高感度のがあるけど取り替えるか」
「じゃそれも付けてください」
「ロックの外し方は知ってるかい」店主は伊刈の顔色を伺った。
「ロックってなんですか」
「知らないと思ったよ。消防とか警察とか聞いてはいけない周波数はロックを外さないと聞けないよ」
「聞くつもりはないですが外せるんなら外してください」
「五百円でいいかな。雑誌なんかに外し方が載ってるんだが工具もないんだろう」
「じゃお願いします」
店主は無線機の裏蓋を開けると手馴れた仕草でコンデンサの配線を一か所ニッパで切り離した。それだけで五百円は高かった。
「トラック無線の周波数はご存知ですか」
「430メガだろうな。スキャンのやり方わかるか」
「いいえ」
「なんにも知らないんだな。説明読めばわかるけどセットしておいてやろうか」
「お願いします」
店主はトラック無線の周波数をメモリーしてボリュームを上げた。壊れたアナログテレビのようなひどいノイズの中にかすかな通話が聞こえた。サーチボタンを押すと電波のあるところだけ数秒ずつ通話を拾った。
「アキバじゃこんなもんだな。田舎に行けばもっとよく拾えるよ」店主はレシーバを箱に詰め直して伊刈に渡した。持っていてあたりまえの無線機が伊刈にはとほうもない秘密兵器に感じられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます