パトロールのジレンマ

 「長嶋さんダンプです」昼間から広域農道を走行中の産廃ダンプを遠鐘が発見した。

 「わかってる。どこに行くか確認しよう」ハンドルを握っている長嶋がダンプをロックオンした。ダンプは警戒心もなく広域農道を流して犬咬の旧市街方向へと向かった。

 「どこへ入ると思いますか」遠鐘が言った。

 「六甲建材みたいに昼間から堂々とダンプを入れてる捨て場は少ないですからね。許可のあるところに行くだけかもしれませんよ」喜多が言った。

 「それならそれでいいじゃないか」伊刈が言った。ダンプは広域農道を左に折れ谷津を越えて森井町に向かった。

 「こっちには許可処分場はないですね」長嶋が言った。

 「昼間から動くとすると森井町団地の阿武隈運送でしょうか」喜多が言った。

 「それはないですよ。安警のパトロール報告を読むと阿武隈が動くのは早朝に決まってます。たぶん都内を夜半に出て下道を使って夜明け頃にこっちに着くんです」遠鐘が慎重に分析した。

 「この分だと北側の農道に向かいますね。どこかの自社処分場に向かうんじゃないですか」喜多が言った。

 「道が細くて尾行が難しいんで反対側から入ってみます」長嶋は農道には折れずに市道を直進し、北側農道の反対側の入り口から逆走する作戦に出た。ダンプが農道を通り抜けてくれば正面から遭遇するはずだし、どこかの処分場に入ったのなら車影は消えてもタイヤ痕でわかるはずだった。果たしてXトレールは北側農道のちょうど中間点でダンプと遭遇した。まさに自社処分場の進入路へと左折するところだった。

 「計算どおりだ」遠鐘が感嘆の声を漏らした。

 「どうしますか班長。捨てさせてからおさえますか」

 「すぐに入ろう。たとえ一台でも阻止したい」

 「わかりました」長嶋はダンプを追うように進路に突入した。ダンプはまだ進入路に敷かれた鉄板の上を徐行していた。ビビッ。長嶋がクラクションを鳴らすと停車したが、運転手はなりをひそめていた。長嶋は車を停め職質のために真っ先に運転席へと向かった。

 「免許証を持って車を降りろ」安全を考えたのか長嶋はいつもは見せない警察バッチを最初からかざした。

 「なんすか。俺なんかやったんすか」バッチを見せられても運転手は窓を下げただけでしらばっくれた。

 「降りろって言ったのが聞こえないか」

 「なんなんすか。道路走ったらいけないんすか」

 「ここは道路じゃないよ。産廃の処分場だ。何するつもりだった」

 「昼寝しようと思って入っただけっすよ」

 「降りろって言ったら降りるんだよ。引きずり下ろすぞ」長嶋がすごんだので運転手はようやく観念して運転席から降りた。

 「ったく面倒くせえなあ」

 「免許証出せ」

 「これっすけど」

 「名前は高峰だな。八王子から来たのか」

 「まあそおっすね」

 「何積んできた」

 「ゴミっすよ」

 「ここに降ろすつもりだったのか」

 「ちゃんとした処分場紹介してもらえるってから来たんすよ。ここじゃないみたいっすね」

 「どこにちゃんとした処分場があるんだよ」

 「だからこっちまで来ればなんとかしてくれるって聞いたから」

 「今日は帰れ」

 「わかりましたよ、出直しますよ」

 「収集運搬の許可はあるのか」

 「んなものないっすよ。許可取るには何十万もかかるでしょう」

 「許可がなければゴミを運べないのは知ってるよな」

 「だってみんな許可なんかないっすよ。なんで俺だけ捕まるんすか。昼間から走ってて目立ったのがやばかったすか」

 「そういうことじゃないだろう」

 「いくら払って捨てるつもりだったんだ」伊刈が脇から聞いた。

 「わかんないすけどダチの話じゃ二万か三万だって」

 「それは不法投棄の相場だろう」

 「そうなんすか。知らなかったっすよ」

 「とにかく今日はこのまま帰れ。二度と犬咬に来ないないように仲間にも言っておけ」長嶋が繰り返した。

 「あの一つ聞いてもいいすか」

 「なんだ?」

 「夜中もパトロールしてるんすか」

 「なんでそんなこと聞く」

 「だって夜は回ってないって聞いたから」

 「夜も回ってる班があるよ」長嶋の言う夜の班とは安全警備保障の委託パトロールのことだったが、指導も検挙もできず遠くから見ているだけだった。

 「そりゃそおっすよねえ」内容を控えおえた免許証を受け取ると高峰は逃げるように運転席に戻った。

 「あいつまた来るでしょうか」農道へと進入路をUターンしていくダンプのテールを見送りながら喜多が言った。

 「残念ですが今夜にも来るでしょうね」長嶋が諦めたように言った。

 「やっぱり夜回らないとだめってことですね」伊刈が言った。

 「すいません。夜回ってるなんてはったりかましちゃって」

 「かまいませんよ、ほんとにやればいいんですから」伊刈が何か決意したように言った。

 「本課で検討してもらったらいいですよ」遠鐘が言った。

 「そんなの待ってられない。今夜からでもやりたいくらいだ。今日帰ったらすぐに技監に談判してみるよ」

 「夜回るのはいいと思いますよ。俺は賛成です。班長がやるなら俺はついていきます」

 「そういってくれると力強いよ。この先の処分場の状況を確認したら技監がいるうちに帰ろう」

 「わかりました」長嶋はXトレールを進入路の奥に進めた。

 その日の夕方、伊刈は事務所に戻るなりすぐに行動を起こした。「技監、夜間パトロールをやりましょう」

 「なんのためにだ?」仙道は怪訝な顔で伊刈を見上げた。

 「昼間のパトロールにはもううんざりです。不法投棄が終わったあとの現場を見に行っても、足跡と糞を頼りに夜行性の猛獣の姿を想像しているようなものじゃないですか」

 「夜回ってみろ。活動中の現場に百パーセント遭遇することになる。お前ならどうする。捕まえるのか。市の職員には逮捕権なんかないんだぞ。最後には警察に頼むしかないんだ。役所は情報収集に徹して警察と協力して検挙にあたるんだ」

 「危険だから夜は回らないってことでほんとにいいんですか」

 「役所は警察じゃないんだ。捕り物はだめだ」

 「それなら所轄の協力を頼んで一緒に回ってもらってはどうですか」

 「ばかか。夜回りたいが危険だから職員を守ってくれ、そんな虫のいいことをどの面下げて頼めると思う」

 「県警にはいろいろ貸しがあるじゃないですか」

 「おまえなあ」

 「活動中の現場を見てみたいだけですよ。百聞は一見に如かずです」

 「それは意味が違うだろう」仙道だって夜回ることの意味は十分にわかっているはずなのになぜか頑なだった。

 伊刈は援軍を得ようと周囲のメンバーを見た。夜回ってみたい思いはみな共通だった。一番若い喜多がたまらずに立ち上がった。

 「喜多おまえは何も言うな」仙道が機先を制した。「夜回るも回らないも本課の決めることだよ。うちの事務所がとやかく言うことじゃない」

 「それなら本課で検討してもらったらいいじゃないですか」伊刈は食い下がった。

 「まあちょっと待てよ。俺にだって言い分があるんだ」仙道は重い口を開いた。「俺もおまえと同じでな、県から産廃問題を引き継ぐことになったときは夜もパトロールすべきだと部長に提言する急先鋒だったんだよ。だからお前の思いはわかるんだ」

 「だったらどうして」

 「職員にけが人でも出たら責任とれるのかと部長に言われて考え直したんだ。県庁だって夜はやってないんだ。それで県が頼んでた安警に市でも夜パトを委託することにしたんだ」

 「警備員さんなら危険でもいいってことですか」

 「そういうことじゃねえよ。警備保障会社はプロだ。蒲郡部長は元警部だし、みんな身を守る訓練を積んでるだろう」

 「昼間だって危険はあります。けがが怖くて不法投棄のパトロールはできません。技監は不法投棄をなくすつもりがあるんですか」

 「もちろんあるよ」

 「だったらどうして塀の外から石を投げるようなことばかりしてるんです」

 「それが役所の限界だってことだよ」

 「限界じゃなくて臆病風でしょう」

 「おまえちょっと頭を冷やせ」

 「冷やしても同じです」

 「そこまで言うなら所長の意見を聞いてみてもいいけどな」さすがの仙道も伊刈の剣幕に押されたように妥協案を示した。

 仙道は伊刈を連れて所長室に向かった。奥山所長は化学技師としては出世頭の一人だった。若い頃は院卒のエリート技師だったが定年間際とあってすっかり温厚な紳士になっていた。仙道はてっきり所長が伊刈をいさめてくれるものと思っていた。ところが予想に反して奥山は伊刈に味方した。

 「伊刈君がどうしてもやってみたいのなら本課と協議してみたらいいじゃないですか。安全面の配慮は大事ですが、そのせいで弱気になっては仕事はなりませんよ。こういう積極的な提案を握り潰してはチームの士気に影響するでしょう。それに県から本課に出向した宮越さんも夜パトを実施するための特別チームの編成を検討しているそうですよ。やっぱり県庁から来た方の発想は似てますね」思いがけない援軍に伊刈は目を見張った。日ごろは慎重な奥山がまさかそこまで踏み込んだ発言をくれるとは予想だにしなかったし、本課の宮越が夜パトの検討を始めたというのも初耳だった。

 「そうですか。所長がそうまでおっしゃるのなら考えなおしてみましょうかな。しかし県庁の出向者が提案したからって本課が本気で夜パトをやるとも思えませんがねえ。第一県庁だってまだ夜パトはやってないじゃないですか。できるものならとっくにやってるでしょう」

 「宮越は僕以上に強気だから、やると言い出したらやるでしょうね」伊刈が言った。

 「課長はどうでしょうね」

 「鎗田課長は確かにやり手だと認めますが、私とは馬が合いませんな。正反対の性格なんです」仙道が言った。

 「彼は技監のように現場本位なタイプじゃないですからね。しかし本課あっての事務所なんですから、そう嫌わずに仲良くやってください。本課が検討しているのはチームゼロ、正式にはZCT(ゼロチャレンジチーム)というのだそうです。エンブレムの入ったグリーンキャップも発注したそうです」奥山が言った。

 「ほほうグリーンキャップね。カッコから入るのが好きな鎗田らしいですな。でもまあ本課が夜パトをやってくれるというのなら協力はしましょう」

 「私から事務所も夜パトに加わりたいと課長に話してみますよ。それから所轄の協力も必要ですね。不法投棄には県警との連携が不可欠です。その点では市だけでやりたいという伊刈君の意見には賛成できませんね」

 「連携が必要ないと言ってるわけではないです。ただ県警に頼りすぎてはいけないと思うんです。市はもっと自立しないといけません」伊刈は駄目押しのように進言した。

 「それは理屈ですが所轄の協力が得られなければ夜間パトロールの実施はムリです。それでいいですね」

 「わかりました」奥山にそこまでいさめられては伊刈も返す刀がなかった。

 「かえって所轄の足手まといにはならないといいけどな」仙道が皮肉っぽく伊刈を見た。

 「伊刈君なら大丈夫でしょう」

 「しかしこいつは冷静なんだか過激なんだかわからんやつですからな。夜パトが決まっても所長を困らせるような無茶な真似だけはしないと約束してくれよ。所長がどういうお立場かわかってるよな」仙道が言いたいのは定年を控えた所長の経歴に傷をつけるなということだった。

 「わかってます」伊刈は夜パトの見通しが立って満面の笑みで凱旋した。だが伊刈のガッツポーズを見ても班員の反応はまちまちだった。夜回ってみたい思いは共通でも、いざとなれば個人差はあれ恐怖心は拭えなかったのだ。

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