戦国時代

 翌朝、安心警備保障の蒲郡部長が週一回の定期報告に環境事務所を訪れた。

 「六甲建材の検挙は中途半端な結果に終わりましたねえ」元警察官だけあって歯に衣を着せぬ言い方だった。

 「一罰百戒の効果を期待してたんですがダメでしたね。結局不法投棄は以前と全然変らないみたいです」伊刈が応じた。

 「ゴミをやってるのはね、人が捕まったからっていちいち懲りてるような連中じゃありませんよ。ダンプの流れが止まらないどころか昨日まで日和見だった穴屋の活動が六甲の検挙後一斉に活発化してますね。まさに犬咬の夜は大物穴屋が群雄割拠する戦国時代さながらですよ」

 「戦国時代とは大げさですね」

 「高岩町でもまた動きが出てきましたね」

 「もうですか。六甲建材の現場が再開したってことじゃないですよね」

 「向かいの三塚の捨て場ですよ。六甲がやってる間は様子を見てたんでしょうが、また同じ捨て場を再開したようです」

 「終わらない戦いってことですね」

 「そうですねえ」

 蒲郡部長の報告を受けてパトロールチームは高岩町の林道に向かった。林道の出口には六甲建材が築いた高岩富士がそのままになっていた。刑事罰が課されても一度積み上げられた産廃の山はそのまま残されてしまうのだ。やっぱり積み上げさせる前に阻止すべきだったと伊刈は反省しきりだった。高岩富士とは林道を隔てた反対側に三塚の兄の捨て場があった。谷津に流し込んだ産廃の斜面からは青白い煙がうっすらと上がっていた。発酵の熱で埋め立てられた木くずが自然発火しているのだ。崖際まで行ってみると谷津に向かって崩落した斜面からゴミがむきだしになり、その割れ目から煙が立ち昇っているのが見えた。崖下の沢が崩落した土砂とゴミでせき止められて上流に小さな池ができていた。

 「ここもひどい現場ですね」遠鐘が言った。

 「手口としちゃあ六甲よりひどい。混廃と残土を混ぜて谷津を埋め立ててるんだ」伊刈が応じた。

 「これじゃユンボだってまともに走れませんよ」喜多はドロドロの現場に半長靴をもぐらせてしまい悪戦苦闘していた。

 「こんな泥まみれでは証拠も拾えないですね」遠鐘が言った。

 「証拠より火災のほうが心配だな」伊刈が遠鐘を見た。

 「一応残土を被せてありますからすぐにこれ以上燃え上がることはないと思います。中で燃焼が進んで陥没したときに空気が入って炎上するんでしょうね」

 「なるほど」伊刈は遠鐘の説明に感心したようだった。

 「弟の捨て場も見てみましょうか」長嶋が促した。

 「弟?」

 「三塚の弟ですよ。今は収監中なんですがね」

 「兄弟穴屋か」長嶋の説明に伊刈がぼそりと言った。

 林道の奥には三塚の弟が半年前に逮捕された捨て場があった。

 「兄貴に比べるときれいな手口ですね」遠鐘が締め固められた地盤を踏みしめながら言った。赤土できれいに整地された平場には野草が小さな黄色い花を咲かせていた。ゴミが入っていると知らなければ普通の造成地に見えた。

 「随分手口が違うんだね」伊刈が不思議そうに言った。

 「兄弟といっても異母兄弟で見た目も違うんすよ。兄貴は長身、弟はずんぐりなんです。現場の様子も見たとおりまるで違います」長嶋が説明した。

 「なるほどなあ。兄貴は大胆派、弟は慎重派か」

 兄の現場に戻ってみると、いつ来たのかオペがユンボを動かしていた。

 「おいこっちへ来い」長嶋に怒鳴られて二十五歳くらいの痩せた男が面倒くさそうに運転席から下りてきた。いかにも田舎のヤンキーらしい風体で足が半分余る女物のサンダルをつっかけていた。

 「何やってんだ」

 「オヤジに言われて均してんすよ。文句ならオヤジに言ってくれよ」どうやら三塚の倅のようだった。

 「不法投棄だって知ってんのか」

 「親父は残土の捨て場だって言ってましたよ。地主に頼まれたって」

 「これが残土に見えるか。どう見たって産廃だろう」

 「んなの俺には関係ないっすから。バイト代もらって均してるだけっすよ」六甲建材の赤磐の倅とは正反対の優柔不断さだったが、これはこれで相手にならなかった。

 「今日は作業をやめて帰れ」

 「だって帰る脚がないっすから」

 「だったら親父を呼べよ」

 「いいっすよ」三塚の倅は携帯を手にした。三十分ほど待っているとポンコツの黒いスズキワゴンRがやってきて長身の男が降り立った。五十絡みだが引き締まった顔は穴屋のなかでは男前の部類だった。

 「派手にやられたようだな」三塚は自分の捨て場は棚上げにして六甲建材が築いた高岩富士を見上げた。

 「三塚さんですね」伊刈が挨拶した。

 「そうだよ。あんたらは役所かい」

 「こっちまでは六甲にやられなかったみたいですね」

 「やられたら黙っちゃいない。あちらさんのおかげでしばらく寄りつけなかったよ。毎晩オデコに張り込まれてちゃあな」

 「斜面から煙が出てますね」

 「大丈夫だよ、燃えやしねえよ」

 「昼間っから倅さんに何をやらせてるんですか」

 「地主に土地を返すんで均してるんだよ」

 「不法投棄をやるスペースを作らせてるんじゃないですか」

 「俺が借りてるうちは俺がどうしようと勝手だろう」

 「借りた土地なら不法投棄してもいいってものじゃないですよ。それに池までゴミがこぼれてます」

 「ありゃ溜め池じゃない。昔の不法投棄のせいで田んぼがせき止められたんだ。谷津の向こう側は全部ゴミなんだ」

 「そうは見えませんね」

 「言っとくがあっちは俺じゃないぜ。もう年数がたったから目立たなくなったな。市道に壊れた門扉があったろう。あそこから入れてたんだよ」

 「誰がやったんですか」

 「もう今さらいいだろう」

 「ここはアンコにしてるんですね」

 「なんだよアンコって」三塚はとぼけた。残土と産廃を混ぜて練ったものを現場ではアンコと呼んでいた。

 「残土はともかく産廃は撤去してもらえませんか」

 「掘れってのか」

 「そうです」

 「わかったよ。片せばいいのか」

 「いつから片しますか?」

 「明日からやるよ。それでいいのか」三塚の言葉が嘘なのはわかっていたが素直に片すと言われては伊刈も二の句が告げなかった。

 案の定、片す片すといいながら三塚は現場の拡大を続けた。夜のうちに産廃を林道脇に棄てさせ、明け方になると倅を送り届けて谷津へと送り込ませてスペースを作らせていた。倅は自分の車がないのか昼頃になると茶髪のヤンキーな恋人が手製の弁当を届けにきた。パトロールチームは高岩町に立ち寄るたびに倅を見かけて指導したが、のらりくらりとはぐらかされて話にならなかった。トルエンで頭がいかれているんじゃないかと長嶋が評したが、実際そのようだった。

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