スタンドプレー

 不法投棄現場は夜間に活動するのに、東部環境事務所のパトロールは昼間だった。パトロールを終えて帰る道すがら産廃街道(犬咬市を縦貫する広域農道の通称)を疾走する産廃ダンプと毎日すれ違った。

 「Uターンして追跡しませんか」自らハンドルを握りながら伊刈が言った。バックミラーの中のダンプの車影があっという間に小さくなっていった。

 「残念ですがもう帰還する時間です」長嶋が冷静に諭した。

 「最終(処分場)は夜は閉まっちゃうんだから、今から向かう先でダンプが何をするのかわかりきってるじゃないですか」

 「スタンドプレーはだめすよ」

 「最初はスタンドプレーから始めないと何も変わらないですよ」

 「自分は警察官として組織の統率を乱すわけにはいかないすから」いつになく長嶋の対応は固かった。実は県警本部は六甲建材事件で伊刈の実力を認めた上で、行き過ぎを抑止するよう密かに長嶋に指令していたのだ。

 「それはそうだけど見て見ぬふりは相手を増徴させるだけですよ」

 「警察官が自分の判断で勝手なスタンドプレーに走ったらどんな社会になると思いますか」

 「わかったごめん」伊刈は長嶋の正論に反論できず、ちょっといらついて答えた。

 「いえ班長に謝られると困ります。どうしても追えというなら追います。ここでは班長がボスすから」

 「言い過ぎたことは誤るよ。僕が言いたいのは昼間のパトロールをいくら続けたって意味がないってことだけだよ。不法投棄は夜やられてるのに翌朝になってから捨てられた後の写真ばかりいくら撮ったってね。こんなパトロールならやらないほうがましだって誰だって思うだろう」

 「お気持ちはわかりますが、たった一台追跡してみたところで不法投棄を阻止できるものじゃないと思います」

 「それでも指を銜えて見てるのはつらいね」

 「夜のパトロールをやるならそれなりの体制を立てなければだめです。その場の思い付きではそれこそ無意味だと自分は思います」

 「まあそれは正論だね」

 再び産廃街道を激走するダンプが二台前方に見えた。今度は直前を赤い車が走行していた。ダンプに煽られているようにも先導しているようにも見えた。瞬くうちに三台がドップラー効果で緩んだ排気音を残して後方に消えた。先頭の赤い車はマツダ・ユーノスロードスターだった。ダンプに煽られるような性能の車ではなかった。ハンドルを握っていたのはサングラスをかけ髪をスカーフでまとめた女だった。

 「女だったよね」伊刈は疑惑に顔を歪めた。

 「かっこよかったですね」喜多が言った。

 「顔立ちまで見えたの?」

 「いえはっきりは見えませんがなんとなく雰囲気がよかったですよ」

 「ダンプを誘導してたんでしょうか」遠鐘が言った。

 「追って確かめてみよう」伊刈はブレーキを踏んだ。

 「あっ班長それはダメっすよ」長嶋があわてて制止した。

 「ほんとにちょっとだけ。ダンプを先導してるかどうか確かめるだけだから」伊刈は強引にXトレールをUターンさせた。

 「それくらいならまあ」長嶋は諦め顔だった。広大な田んぼを貫通する産廃街道の彼方にまだダンプの黒い車影が二つはっきり見えていた。「でも技監になんて報告しますか」

 「報告はしない。帰庁はちょっと遅れるけど通常パトロールの範囲内だよ」

 ダンプの車影は遠くからでも目立ったので追跡が不慣れな伊刈でも十分な車間距離をとって追いかけられた。道がゆったりと蛇行するたびにダンプの陰からロードスターのテールランプが見えた。ロードスターは崖の突き当たりのT字路を左折し坂道を登っていった。ダンプが急坂で息切れしたように減速するとロードスターも減速した。

 「今です班長、追い越しをかけてナンバーを確認しましょう」追跡に関しては長嶋の経験が物を言った。

 「わかった」伊刈はアクセルを踏み込み坂の途中で三台をごぼう抜きして前に出た。

 「やっぱりあれ(ロードスター)は誘導車のようですね。でももう帰りましょう」

 「どこまで行くか確かめませんか」

 「まだ夜の捨て場が開くまでには間があります。次のチャンスを待ちましょう。ナンバーは控えましたから大丈夫です」

 「そうだね」伊刈も深追いするのは諦めてアクセルを緩めた。

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