第71話 別れと出会い



 どくんどくんと僕の心臓は大きく鼓動をうつ。


 聖女になりたい――目の前に居る少女は信じがたい夢を語るが、その様子は小さな女の子がお姫様に憧れているような、そんなありえない事を夢想しているようには見えなかった。

 しっかりと夢を見据え、目標に向かってひたむきに歩いて行っているような……スズはそんな決意に満ちた真っすぐな目をしていた。


 ごくり、と生唾を飲み込んで、僕も彼女の真剣な瞳に向き合う。


「聖女に、なりたい……だって?」

「はい、荒唐無稽かと思われるかもしれませんが……けれどこのまま順調にいけば可能性はある」

「待ってくれ、順調にって……聖女や勇者は異世界の人がなるものだろう?」

「いいえ」


 スズは少し口元を緩めると目を伏せ、首を横に振った。


「勇者も聖女も、私たち現地の人間より秀でていると証明されて初めて、その地位を与えられます。必ずしも毎回召喚が成功するわけではありませんから……


 特に聖女は元々は教会の地位。

 異世界から男性が召喚されれば、聖女は現地の人間から成り。

 異世界から女性が召喚されれば教会の聖女候補と比べ、秀でていた方が聖女となります。

 最も、今まで女性が召喚された場合のほとんどは、異世界の聖女が誕生しましたが……」


 苦笑いしながらスズは言う。

 聖女様は魔力がないと散々言われていたはずだ。それでもこの世界の人間より秀でていたということなのだろうか……たしかに聖女様は美しいし上に才覚に優れていらっしゃる素晴らしい方だった。

 スズはふっと少し自虐気味に笑って言葉を続ける。


「召喚を担うモリス家はもうだめだと司祭様はおっしゃいました」


 突然実家の名前を出され、僕はごくりと生唾を飲んで口をきゅっと結んだ。

 外部の人間から見ても大貴族であるモリス家はダメだと気付かれていることに少しだけ驚いたのだ。


「異世界からの召喚者が現れなければ、貧民出身でも移民の子でも、聖女になれる可能性はある。もっとも、そんな簡単にじゃないでしょうけど……」


 ふふっと冗談めかしてスズは笑う。


「だからこのまま順調にゆけば、私も王都学園に通えます。レオも入学を目指しているんですよね?」

「うん、まぁね……そっか聖女になって貴族社会に入るには、学園は必須だってことか」


「はい。司祭様にはよく勉強をしておくようにと言われました。だからレオも頑張ってください。私の他にも平民出身者が居てくれると思うと、すごく心強いです」

「僕もだよ」


 そう言ってスズはまた笑った。スズは僕の本当の身分を知らない。だが平民と同じように試験を受けて王都学園に入るのだ。平民出身者と変わらない。


 王子は僕より一つ下だ。多分スズも王子と同じ年として入学する事だろう。

 スズを引き抜いた司祭、王子の治癒師の仕事に向かわせた司祭の事を考えれば、スズは王子と同学年として入学させられる事はわかっている。元々拾われ子なんて誕生日が記録されているわけでもない。誤魔化しなんていくらでもきくだろう。


 僕以外に聖女様のことを好きな少女、生まれが貧困でありながらも必死にもがいて上を目指そうとする少女、逆境であろうとも希望を失わないひたむきな教会の女の子を僕は心の底から応援したいと思えた。



 ******



 ガタゴトと荷馬車が揺れる。

 王都を立ってから早二日。あと一日もたてばハンデルにつく。

 貴族であったころの高級馬車のようにふかふかのソファーも置かれていない荷馬車の中、同じように王都からハンデルへ向かう人たちと乗り合わせながら、僕は何度も王都であったことを反復していた。


 日にちにすればたった一週間ほどでしかないというのに、沢山のことがあったような気がする。王子と出会えたことも驚きだが、記憶をめるのは、教会の幼い修道女、スズの事だった。


 あの味方の殆どいない場所で僕と変わらない小さな女の子が頑張っている。それも聖女になるという夢を携えて。


「スズも同じ学校か……」


 まだ何年も先に同じ学校へ通える。そのことに僕は顔を綻ばせた。

 荷馬車の上に張られている厚手の布を少しだけ捲りあげて農村風景を見ながら、僕はなんだかとても心地のいい気分を味わっていた。

 僕のそばに置かれているカバンは行きしなよりもずっしりと重くなっている。あぶく銭でジェリーやトーズへのお土産を買ったのだが、なんだかまだハンデルに着きたくない。そんな気がしてずっと農村風景を見ていた。



 突然――


 「きゃぁああ」という甲高い叫び声とヒヒンと馬のいななく鳴き声がしたと同時利に、馬車が急停止した。突然の衝撃に僕はとっさにへりにしがみつく。

 あまりにも突然のことに同じく乗り合わせた何人かは荷馬車の先頭の壁へとぶつかるとカエルの潰れたような声を上げていた。


 女の人の叫び声と急停止――

 すぐに非常事態だと察した僕は、荷馬車の屋根に張られている布を捲ると外へと飛び出した。


「おいっ死んでないよなっ」

「ギリギリだが止めれたはずだぞ」


 外では荷馬車の御者と、護衛任務の冒険者が何やら会話している。


 僕が急いで馬車の前方に移動すると、そこには小さな女の子が地面に倒れていた。

 背格好から僕とさほど変わらない歳の少女は、レモンクリーム色の質のよさそうな髪を頭部で二つ結びにして、上等そうなピンク色のドレスを身に着けていた。


「なにが、あったの?」

「んなもん俺たちにもわかんねぇよ、こいつがいきなり、あっちから飛び出してきてよぉ」


 そういって御者は茂みの方を指さした。少女の上等そうなドレスのレースは少しほつれ、枝に引っかかったのかところどころ破けている。まるで必死に森の中を駆け抜けてきたかのように……


「何か怪我してるみたいだよ?」

「俺らは轢いてねぇぞ、だいたい馬に轢かれたらそれくらいの傷じゃすまねぇよ」


 僕と彼らが"傷"という通り、少女のドレスの裾には血痕がべっとりと付着していた。色から見てそれほど時間がたっていない鮮血がべっとりと付着している。


 なにか、あったのだろうか……?


 がさがさ、と少女が走ってきた方の茂みが揺れた。


「こんなっ、ところにいたのか、手間かけさせやがって……」


 茂みの先から現れたのは大きな男だった。

 その大きな手に持つ剣にはべっとりと紅い血がついており、男が何をしてきたか、瞬時に分かった。


「おまえたちは、なにも見なかった、だろう?」


 ぼろのような服を着ているが、けしてやせ細ってはおらず、ガッシリとした体つきと雰囲気から彼の強さはすぐに分かる。ギルドから派遣されていた冒険者もすぐに男の強さを見抜いたのだろう。護衛の任務に突然現れた少女は含まれないと判断すると、大男の言葉にこくこくと頷いた。

 元々王都からハンデルまでの道は交通量も多く危険な魔物も出ないような道だ。実力のある冒険者は呼ばれてはいないのだ。小さな女の子が今からひどい目に合い殺されようとも、冒険者としての彼の判断は何も間違ってはいない。でも――


「僕が見たからだめだよ」

「ぁ――」


 大男が反応する前に、新しく王都で購入したナタで僕は男の首を瞬時に切り落とした。目の前にいたのが頼りない冒険者だという事と、僕のような子供であったことから大男はすっかりと気を抜いていたのだろう。一瞬の出来事であった。


「ねぇ、これって罪に問われるのかな?」


 相手があまりにも悪そうで、あきらかに少女を殺そうとしている事から、事情も聞かずに手にかけてしまった。まずかっただろうか。

 御者と護衛冒険者はぶんぶんと同時に首を横にふり、罪には問われないことを教えてくれた。




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 新たな出会い、新キャラさんです。

 いつも読んでくれてありがとう✨

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