第70話 同志はひかれ合う
「神への祈りについてですか?」
スズは首をかしげながら、持ってきた白い花をそっと聖女様の墓標の前へと置いた。
「あれは魔法なのか?」
「さぁどうなのでしょう……神へ祈りが通じたことによる奇跡、一応はそう呼ばれています」
「君が中央教会に引き抜かれたのは、アレが使えるからか」
「そうですね」
にっこりとスズは微笑んで僕を見る。その表情に先ほど好きな本について喋って時のような高揚感はなく、いつものように落ち着いて見えた。
「あんな治療法、僕は初めて見た……中央教会の人たちは皆アレができるのか?」
「いいえ、たぶん私だけです」
スズは目を伏せて小さく首を横に振った。頬に垂らした黒い髪が頭が動く度に、ぱさぱさと音を立てるように頬に当たって揺れている。
僕は単刀直入に思っていることを聞いてみることにした。
「ねぇスズ、僕は君の"祈り"が、"神の眼"を使った治癒魔法じゃないかって思っていたんだ」
スズはびくりと肩を震わせたと思うと、ばっと勢いよく驚きの表情でもって僕を見つめた。スズの満点の星が輝く夜空のような瞳が僕を映し込む。
「なん、で……」
桃色の唇が少しだけ震えて、途切れた言葉を紡ぐ。黒い宝石は動揺を現すように
その反応を見て、ぶわりと僕の肌は粟立った。
自分でもあり得ないと思っていたことを口にしたが、予想が当たっているとは微塵も思っていなかったのだ。
まさか、まさか本当にっ……この少女は"神の眼"を使って治癒魔法を成し遂げたというか。
「冗談だろ――? そんな、事が」
「ふふっ、ひみつ……ですよ……?」
スズは僕が聞き返した言葉に悪戯っぽく笑うと、バチンと固めを閉じてウィンクをして見せた。
ははっ、と僕の口からは思わず乾いた笑い声が出てしまう。信じられないと自然と口角が上がるのを感じる。
今まで僕は、同じような年頃の子供の中でならば自分が一番、魔法が得意だと自負していた。
聖女様から直接教えられたのだ。一番に決まっているし、小屋に入れられてからも、家を追い出されてからも、努力を怠ったことはなかった。
だから、今僕は鳥肌が立つほど驚いている。そして同時に興奮もしていた。知らないものに対する好奇心か、それともとんでもない人物と巡り合った幸運にか、どっと高揚感が襲ってくる。
「信じられないっ! 神の眼の魔力コントロールがどれだけ大変か……それに、その上に別の魔法を重ねたっていうのか、スズ、本当にそんなことが――」
すっと、スズは人差し指を立てて僕の唇の触れる寸でのところで止めて、ふふっと笑って見せた。
「この魔法の正体を知っているのなんて、私を引き抜いた司祭様くらいですよ。まさか同じような年頃の子に……それも教会の部外者にバレるなんて」
悪戯っぽく笑うスズを前にしても興奮が落ち着かない。
どうやってそんなすごい魔法が出来るようになったというのだろうか。
移民の拾われ子。その日の食事さえ心配するような貧乏教会に拾われ、酷い環境にありながら彼女は頑張ってきたのだと、尊敬の念すら覚える。
「普通に神の眼を使うだけでも相当に疲れるだろう? それを、二重に魔法をかけるなんて……そんなことをしなくても普通の治癒魔法が使えないわけじゃないんだろう?」
「えぇ治癒魔法は得意ですよ」
「ならなんで、君はこんなにも疲れるような魔法を? 神の眼を使わなくても普通の教会なら事足りただろう?」
ざあっと風が吹く。スズの透けたベールが顔へと被る。薄紅色の唇だけが動いて僕の質問に答えてくれる。
「埋もれてしまっては上に行けないじゃないですか」
「え……?」
「やりたいことがあったんです……」
風が止んで、顔にかかったベールをそっと外すとスズは僕を見てにっこりと笑った。
――やりたいこと? どういうことだろうか。
口から出てしまった言葉をごまかすようにスズはまた笑って見せた。
「ふふっ、ほんと大変だったんですよ、習得するの。簡単そうに見えて難しいんですよ神の眼って」
知っている。僕も大変な思いをして"神の眼"を習得したのだから。けれどそれはスズには言えない。言ってしまえば、僕がなぜ教会内の秘儀を習得するほどに詳しいのかを言わなければいけない。
「スズはどうしてそんな大変な思いをしてまで、自分だけの神の眼なんて作ったんだ? 教会の誰も使えないということは、誰かに言われて習得したというわけじゃないだろう?」
スズは困ったように眉尻を下げた。どうやらあまり言いたい事ではないらしい。少しだけ周りを気にするように、きょろきょろと見回すとスズは小さく「まぁいいか」と呟いた。
「教会内で出世すると、できることが増えるんです」
「できること?」
「今は下っ端ですけど、教会に貢献することで沢山やりたいと思ったことが実現できるんです。それこそ孤児院の環境をよくしたり、管轄する地域では人種問わず保護することだってできる」
思ってもいなかった単語が出てきて僕は一瞬戸惑った。
「人種……? それって君、亜人種のことか」
「特別、亜人種と呼ばれる人たちを保護したいという訳ではないです。分け
目を伏せて過去を思い出している様子のスズを前に、僕はなんて優しい子だと思った。
そして同時に聖女様も亜人種の問題を口にしたから、あの小屋に追いやられた事をも知っている。
「それ、他の人に言っちゃ出世できなくなっちゃうよ」
「えぇ、分かっています。聖女様でも無理だったんですから……秘密にしておいてくださいねレオ」
「もちろん」
教会内で出世をしたいというスズ。野心溢れる発言の割には全くギラギラしているように見えないのは、ひとえに彼女の動機が優しい理由だからだろう。
「そういえば教会で一番上ってどういう地位なの? 教皇?」
「ふふっ女性は教皇にはなれませんね、教会内で一番上の女性の地位は……聖女――」
ざぁっと風が吹く。黒いスズの髪が頬に当たり、風にあおられた黒い絹糸のような髪と、黒い法服の
スズの頭に被っているベールは風に煽られて、ゆらゆらと清流の水のように揺らめいている。
ベールから透けたスズの大きな瞳は、少しの揺らぎもなく僕を見つめていた。
どくんと、僕の心臓は強く脈打った。
「私は、聖女になりたいんです――」
聖女様の墓標の前。まるで聖女様に引き寄せられたように、僕たちは
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