第68話 騎士ハイレス



 王子の護衛にあたっていた金髪の騎士――ハイレスは王子を無事に王城へと送り届けるとそのままの足で王城のとある一室へと着ていた。豪華絢爛という言葉がふさわしい金色の部屋、名目は仕事部屋だが、ハイレスはいつきてもここで仕事をしているようには思えなかった。

 その部屋の中心でまるで王のように鎮座している男がいる。その隣には最近力をつけてきた司祭がにこやかにハイレスを迎えてくれた。

 ハイレスはまるで王にするように彼らへと跪く。


「ウィリアム王子護衛の任務、完了いたしました。少々問題も起こりましたので、そのことは報告書としてあげさせていただきます」

「あぁご苦労、ハイレス。私としては王子に怪我さえなければいいのだよ」

「ふんふん、何事もなかったようで、なにより。ところで……うちのスーは役にたちましたかな?」


 優し気な中年の男、司祭ゲーガンは双眸を細めてハイレスを見る。どきりと心臓が高鳴るのは司祭としての魅力からなのか、それとも彼がスズというとんでもない人材を育てた人物なのかは分からなかった。だがハイレスは深く深く頭を下げた。

 友人ではないが、同僚が何の後遺症もなくまた騎士として仕事が出来るのは、ひとえにゲーガンがこの任務にと強引にもつけてくれたスズのおかげなのだから。


「はい、素晴らしい働きを見せてくれました。恩人、と言ってもいいほどに」

「あぁそれはそれは……よかった。きっと神の御導きだ」


 ゲーガン司祭はほがらかに笑い首に下げている、砂時計のような形をした教会のシンボルをかたどったネックレスを握る。

 ハイレスは深く深く頭を下げる。


「もう下がってよい、疲れているであろう?」

「はっ」


 ―王気取りめ……―

 心の中で毒づきながらハイレスは立ち上がる。


 臙脂えんじ色のベルベッド絨毯が敷かれた長い廊下を歩きながらハイレスは心底疲れたなと今日の仕事の事を思う。経験が少なく使えない貴族の同僚を付けられ、王子の子守。

 王子のする行動は若干引いたが、ここで嫌われては出世に響くと同僚と止めもしなかった結果があれだ。

 レオナルド――偶然スズを追ってやってきたあの少年が居なければどうなっていたことか……

 少なくともスズは死んでいただろうということは分かる。いいや、あれほどの魔法を使えるのなら、神への祈りでどうにかなったかもしれない。

 後悔だけが募る。自分がもっとしっかりしていればと、もっとオークの習性を把握していればと。ハイレスは尊敬するゴーク将軍の言っていたことを思い出す。


 ―彼を知り己を知れば百戦したとしても敗れることはない―

 ハイレスの好きな言葉だ。


 貴族出身のハイレスは、半分エルフの血が混じっていようが数々の功績をあげたゴーク将軍をひどく尊敬していたし、彼が心得をまとめたものを書いた際は、自分も書き写してサインもしてもらった。

 魔獣だからと甘く見ていた。もっと調査してから望むべきであった。そうすればあんな小さな子供たちが自分たち大人を守ろうとする必要なんてなかったのだ。

 騎士の仕事は本来、君主を守ることにある。そしてその次は罪のない子供たちだと、ハイレスは小さなころより思っていた。小さなころ夢見ていた騎士の姿はであったから。


 後悔ばかりを募らせてハイレスは長い廊下を歩く。壁のこまやかな装飾も天井画にももう目を奪われることは無い。ぐるぐると後悔ばかりが巡る頭の中でハイレスはマシなことを考えようとする。

 思い出したのは唯一胸がすくような思いがした出来事。


「くふ、ふ……ぼったくられてやんの」

 ハンデル出身だという商人の子供。冒険者をしているからか腕はかなりの者だった。武力を抜きに、子供と対等に取引をして、そしてぼったくられている貴族のお坊ちゃん。

 ハイレスも貴族ではあるが、目の前で行われていた商売取引は喜劇のように思えた。いいや、それ以上に面白かった。喜劇なんてものは平民が貴族を打ち負かす劇などないのだから。

 言い任され、ただの切れ味のいいナタに金貨二枚も払っている同僚が面白くて仕方がなかった。レオナルドの強さをナタの強さだと勘違いしたのだから。レオナルドの強さをしっかりと目に焼き付けたハイレスは笑うしかなかった。


「くふ、ふふ」

 平民出身の兵士に酒の席で言ってやれば大ウケ間違いなしだ。持ちネタが増えたとハイレスは少しだけ上機嫌へと戻った。


「なにか楽しいことでもあったのかな――?」


 低く優しいテノール声。

 目を細めて歩いていたせいで、ハイレスは前方からくる人物に気付いていなかった。


「ぁ……ぁ……ゴークしょうぐン!」


 驚きすぎて声が裏返り、ハイレスは顔を真っ赤にする。

 そんなハイレスを見てまるで小動物でも見るように、銀交じりの金髪プラチナブロンドと髭を携えた巨漢の男ゴーク将軍が目の前にいた。

 顔を真っ赤にしてハイレスはあわあわと慌てる。その様はまるで初恋の相手を目にした少女の様であった。


「何か楽しいことでもあったのかな」

「あの、はい、あの、はい、はい」


 真っ赤な顔のままでこくこくと一生懸命に頷くハイレス。

 ここにゴーク将軍のほかに誰もいなくてよかっただろう。こんな姿を同僚に見られてはハイレスのほうが酒のネタにされかねない。

 ゴーク将軍はゆったりとハイレスが経験した”楽しい話”が始まるのを待ってくれている。言っていいのだろうか、とも一瞬迷ったのだが、ハイレスは尊敬する人と会話できるチャンスをふいにするような男ではなかった。


「今日あたった任務で、同僚がハンデル出身だという子供にナタを売りつけられてましてね――」

 身振り手振りを交えてハイレスは面白おかしく同僚がぼったくられた経緯を離した。ハイレスが尊敬するゴーク将軍は相槌を打ちながら、時折興味深そうに話に聞き入っていた。


「それほど強い少年ならぜひ軍に欲しいものだな」

「ええ!本当に!ああゴーク将軍がそうおっしゃられるなら勧誘しておけばよかったです」


 ふよふよと笑いながらハイレスは同意するが、勧誘なんて王子の前でできるはずがない事は分かっていた。


「ハンデルにはいい人材がいるのだな」

「みたいですね、私はあの地方出身ではないのですが、たくましい奴ら……人たちがいるとよく聞きます。肝が据わっているのは子供でも商売取引をよくしているからかもしれませんね」


 にこにこと笑うハイレスに、ゴーク将軍は「そうだな」と言いながら目を細めた。少し距離が縮まったかもしれないとハイレスは嬉しくなってしまう。

 ハイレスはゴーク将軍と出会った瞬間から少しだけ気になっていたことを聞いてみることにした。ゴーク将軍の右手には小さな草や花が握られていたのだ。


「先ほどから少し気になっていたのですが、どうしてゴーク将軍は草なんてお持ちに?」

「ははっこれは草ではないよ……これはね季節の野花なんだ」


 きせつの、のばな!!

 なんて繊細な方なのだろう!


 ハイレスのゴーク将軍を敬愛する気持ちがまた一段上がった。



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お読みいただきありがとうございます!

二日連続更新出来てよかったー✨✨✨

お盆最終日(世間では)にあげれてよかったです✨

いつも読んでくれてありがとう!

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