第67話 ぼったくり?いいえ交渉です



 倒したオークの素材を取ることはしなかった。オークの死体の解体作業なんて誰も協力してくれなかったからだ。さすがに一人でオークの解体を行うのには骨が折れるので、オークは討伐証明の耳を切り取っただけで、死骸は放置された。


 帰る道すがら僕たちは色々語り合った、というか一方的にウィルが語っていた。


 ウィルが初代勇者にあこがれて勇者に自分もなりたかった事、その為には冒険者も経験しなければいけないと今回の任務を思いついた事。

 ウィルの楽しい夢物語の話をスズはにこやかで楽し気に聞いていて、僕は面倒くさいと思いながらも笑顔で聞いていた。


「レオだったな、ちょっとこっちへ」


 ついさっきまで瀕死であった茶髪の騎士に呼び止められて、僕はスズとウィルを置いて少しだけ後ろへと下がる。オークと戦っていた金髪の騎士は、腕を組んでやってくる僕をじっと見据えていた。

 騎士達に何か釘でも刺されるのだろうか、少しとげんなりとした気持ちで、僕は茶髪の騎士を見上げる。


「レオ、そのナタは何か特別なものなのか?」

「え? 特別と言われれば、まぁ盗賊討伐で活躍したくらいのかな」

「ほう盗賊から奪い取ったものか……」


 茶髪の騎士は頬を吊り上げる。その動作に僕を馬鹿にする様子はなく「やはり思ったとおりか」と言いたげな表情であった。

 僕はナタが活躍した話を口にしてしまったが、どうやら騎士はナタの入手経路を知りたかったようだ。間違ってしてしまった返答に「いや違うんだけど……」と訂正を加えようとしたのだが、茶髪の騎士が発した言葉で僕の気は変わった。


「あの切れ味、さぞ名のある鍛冶師が打ったものだろう……譲る気はないか?」


 茶髪の騎士はしゃがみ込むと、僕の耳元でこっそりと、そんなことを言ってのけたのだ。

 突然の交渉に、僕は驚いて目を丸くしてしまう。


 頭の中では呼んでもないハンデルの商人たちが「呼んだか?」「交渉ならまかせろ」「貴族のボンボンはいい金蔓かねづるだぜ」とぞろぞろと出てくるような、そんな感覚がした――


 僕は騎士の勘違いに対して少しニヤけてしまいそうになったのを、ぐっとこらえる。そして眉尻を下げ困ったような表情を作って騎士に答えを返す。


「……名のある盗賊から奪い取ったすごく貴重なナタなんだ……いくら騎士様でも、ただで献上はさすがに……」

「もちろんそれなりの額は払う。どうだろうか、金貨一枚で」

「……そんな、すごく大変だったんだ、金貨二枚と銀貨十枚じゃないとさすがに」

「…………えらく具体的な金額を出すな……」


 眉尻を下げてしおらしく交渉する僕に、少しだけ身を引いて騎士は言う。ハンデルに住んでもう長い。商人の街という事もあって取引はよく目にしていたので彼らを真似て交渉している。


 今、僕は金欠だ。

王都への旅費に宿代、高いインクや紙を買ってせっかく冒険者として貯めてきたお金も心もとない。そんな時にあぶく銭が入って来そうになったのだ。飛びつかないわけがない。

 第一王子の警護についている騎士ともなれば、それなりの身分だろう。

ということはだ、金銭感覚はほぼないと見ていい。僕の兄や姉がそうだった。

上流貴族と平貴族では金銭感覚がまるで違う。僕だって銀貨以下を持ったことがなかった。

 なので、僕は何の変哲もないナタを欲しがる茶髪の騎士相手に、ハンデルの商人を見習いきっちり売ろうと思う。商人たちは言っていた「搾れる奴からは搾り取れ」と――


「これを売ってしまったら僕も剣を買わないといけないし、剣って高いんだよね……? だから足しにしたくて……それに長く使ってきたから思い出もあるし」


 結構長く使ってきたし、ちょうどいい変え時だ。


「そういうことか、これほどの切れ味の剣は……いや、それでも金貨二枚と銀貨十枚というのは」

「そうだね、じゃあここは大まけにまけて、金貨二枚でどうかな!!」

「きんか、にまい……」


 考えるそぶりを見せる茶髪の騎士。オークと戦っていた金髪の騎士は、僕らのやりとりを興味深そうに眺めていた。


「その、持ち合わせが……後日でもいいだろうか」

「後日はちょっとなァ……本当に金貨二枚も持ってないの? 貴族様なのに? そんなことってあるの?」


 やりとりを見ている金髪の騎士がニヤける。対して茶髪の騎士は困り顔で目線を金髪の騎士に向ける。


「……なぁ、銀貨二十枚くらい足りないんだが、貸してくれないか?」

「明日返すならいいぞ」

「恩に着る!」


 目を輝かせて言った茶髪の騎士の返答に、ついにオークと戦っていた金髪の騎士は「ははっ」と声を上げて笑った。


「レオ、お前はハンデル出身か?」

「生まれは違うけど、まぁそんなところだね」

「商人の息子というものは誰でもこうなのかな」


 騎士はニヤケる口元を、大きく筋張った手で覆いながら目を細めた。商人の真似事をした僕を見て商人の子供だと踏んだのだろう。実際商人たちとはハンデルでは毎日関わっているし、影響はかなり受けていると思う。


「商人の子たちがどうかは知らないけど、僕は周りの大人たちから色々教えられたから」


 ハンデルの商人たちを思い出す。

 彼らは取引相手である以上子供であろうとも見下すことはしなかった。もちろん子供だからと甘く見てくれることもないのだが……

 ハンデルの商人は子供である僕らに対等に接してくれる。スラムの子供たちに算数や文字を教える時にも協力して、商人としての意気込みもついでに叩き込んでいってくれるほどだ。

 立った数日会ってないだけで懐かしく感じるなと、僕は目を細めた。


「商売上手ですね」


 愛らしいスズの声が聞こえて驚きながら声の方を見れば、前方で談笑していたスズとウィルはいつの間にか僕らの近くへやってきていた。楽しそうにくすくすと笑っているスズに見られ少しだけ気恥しくなる。


「交渉は成立だねナタを渡すよ。いやぁいい取引ができてよかったよかった」


 流石に安く買ったナタを法外な値段で売ることに、多少なりとも罪悪感を覚える。ナタがなるべくもつようにと、多く魔力を流し込んでやってから茶髪の騎士へと手渡した。

 切れ味のいいナタを手に入れた騎士も、軽かった財布がずっしりと重くなって僕も両者ともに満足できるいい取引だったと思う。


「お前、悪魔だなぁ」


 僕らの取引を見ていたオークと斬りあっていた騎士だけが心底楽しそうに、浮かれている同僚の姿を見ていた。やり手のことを悪魔と例えるのはスラングの一種だ。王子おつきの騎士なのに金髪の騎士はどうやら少し口が悪いらしい。


 もうそろそろ王都近くの森を抜ける。森を抜ければ勝手についてきた僕が王族とともに王都まで付き添うことも出来ないだろう。すぐにお別れだ。

 もう少し会話して仲良くなりたかったのだが、名残惜しい。僕は癖のように指のさかむけを癖で撫でようとしたが叶わなかった。いつの間にか僕の指にあったはずのさかむけは綺麗さっぱり治っていた――へんなの、少しだけ首を傾けた後、それほど気にすることでもないかと、僕は歩きながらウィルに話しかけた。


「ねぇウィル、僕はハンデルに住んでいるからお互いに文通しようよ。冒険者ならギルドを通せば互いに手紙が送れるしさ」

「どうだろうか……その、友人になるのはいいんだが、お父様は少し厳しい人で……」

「貴族様だもんね仕方ないよ」


 たしかに第一王子との文通は無理があるか――


「しばらく連絡をとれない。けれどそんなことで一度結んだ友情は途切れないさ。勇者様と仲間たちもそうであったようにね、だろう?」

「すまない、父は身分を重んじる方だから」


 それはそうだろう……なんたって現王は、聖女様をあの場所に閉じ込めろと命令した筆頭なのだから――

 心のどす黒いものをぐっと隠して、僕はにっこりと不安顔のウィルに笑いかけて話を進めた。


「――王都学園、当然ウィルも入るよね……

 僕もそこを目指してるんだ、きっと同級生になれるよウィル――」




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更新が遅れて申し訳ない💦

明日も更新できるようにがんばります✨

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