第64話 オーク討伐
えらく綺麗な冒険者風の服を着て、冒険者になり切っていると思っている二人の騎士と一人の子供。
なんだっけ、こすぷれーっていうんだっけ。聖女様の本でちらっと見たような気がする……
下らないことを考えながら前を歩いている騎士二人と少年を眺める。
彼らの樹上の木の枝が不自然に曲がっている。地面から二メートル半ほどの高さの枝が非自然に折られていた。
僕はその枝を見てすっと目を細め、鉈を引き抜いて準備をする。どうやらここから先はオークの縄張りの中だ。
「レオ、どうしたんです……?」
「準備しておくに越したことはないだろ?」
鉈を引き抜いた僕をスズは強張った顔でみる。僕の顔に現れた緊張の色につられたのかもしれない。ここから先は気を引き締めなければならないというのに、前を歩く三人の様子は縄張りに入る前と何も変わらない。
多分騎士達はオークの討伐に慣れていて、かなり余裕があるのだろう。
オークと戦うときに余裕を感じたことのない僕にとってはうらやましい限りだ。
スズと並ぶようにして歩く。不意打ちがあった時にすぐ対処できるように僕は彼女から離れるつもりはない。
少し離れた場所から雄叫びのような声と共にどすどすと足音を響かせやってくる存在が居る。
――きた
「スズ僕の後ろに、オークが来るよ。かなりでかい」
「なんでわか――」
「縄張りに入った時の枝が折られてる位置でどれほどの大きさかは分かる」
ナタを構えかばうようにスズの前に立つ。
ガサゴソと動いた茂みの先、こん棒を持った大人の男ほどの大きさの体格のいい、二足歩行の豚のようなオークが唸りながら顔を出した。
「でたなオークめ!」
前方でウィルがやってきたオークを恫喝する。
手に持っている大きな魔石を入れられている魔剣が強い青の閃光を放ちながら振りられる。
綺麗な騎士流の剣捌き、けれど僕が知っているどの騎士の剣より鋭く、子供とは思えないような速さと剣技を見せてくれる。
「へぇ……」
流石貴族というべきだろうか、幼少期からしっかりと剣技を叩きこまれそれを生かせている。僕もきっと実家で剣術教師ゾーダ以外のまともな教師がついていたのならば、騎士流の剣技を身に着けたことだろう。
流れるような剣捌きでウィルは子供のオークの腕を切り落とすと、つぷりと剣先をオークの腹へと差し込んだ。柔らかな粘土に射し込まれた木の棒のように一切の抵抗なく刃物はオークの腹へと飲み込まれてゆく。
剣を差し込まれたオークの腹からは、鮮血が地面へとこぼれ落ち、土にしみこんでゆく。
「ぐぎゃあああ」
離れているというのに耳をつんざくようなオークの悲鳴。この世の不快を濃縮したような悲痛な叫び声、思わず顔を顰めてしまう。
この声が嫌いで僕らは人型の魔獣と戦う時、とどめの一撃で必ず首を切り落としているのだ。
「ははっ弱いなオークめ」
ウィルは笑いながら原の中に差し込んだ剣をぐるりと回転させる。
広がった傷口からは叫び声と比例させるだけの血液が地面に落ち、土に吸収も間に合わず赤紫色の水たまりを作ってゆく。
「ひどい……」
隣に居るスズが小さくつぶやいた。確かにスズの言う通りだ、意味のなく痛めつけても時間を無駄にするだけだし、オークの悲鳴に逃げる魔物引き寄せられる魔物がいてやりにくい。それにあんなに腹に穴をあけてはオークの皮は売れない。
顔を
「なんてすばらしい剣捌きでしょう! 汚らしい魔物はひとたまりもありませんでしたね」
「当たり前だ」
「ぐぎゃぁあああ…ああああああああああっ!っあ゛お゛」
事斬れる寸前の断末魔、僕やトーズがこの声を上げさせないのには、五月蠅いのもそうだが、もう一つ大きな理由がある。
悲鳴で周囲の音が聞き取りにくい……
けれど確実に気配は近づいてきている。
「早く鳴きやませて!聞こえないだろ!」
「なんだと、オレに意見をするのか」
「はやく!」
「ぐあああぁ!!ぎゃぎゃああっああっ、あ、あ……ぁ……」
ぷつり、とこと切れたのか悲鳴がやんだ、それと同時にこの声に釣られてやってきた存在がどのあたりに居るのかをすぐに察知する。
今ウィルが殺したオークは縄張りを主張するために枝を折ったオークではない。2メートル半ほどの枝を折るには、成人男性ほどの身長はいささか小さすぎる。つまり、枝を折った親が居るということだ――
狩りに慣れていてよかった、気配はすぐにわかる。
一匹は騎士たちの近く、もう一匹は、僕らの背後だ――
「スズっ」
小さなスズの肩を掴み、ぐいっと押しやる。気配が真後ろに迫ってきているのを知ったからだ。
僕らの頭上には今にも振り下ろされようと掲げられたこん棒があった。スズを押しやってから振り下ろされる鈍器を避ける。土煙を立てて地面に叩きつけられたこん棒は地面をグラグラと揺らすほどの衝撃を与える。
大きな雄だ。巨木と思うほど大きな雄だ。振り下ろしたこん棒は地面にめり込み、血走った目が僕らを通り越してこと切れた自身の子を見つめる。
「君だね、枝を折ったのは、あの子の父親か」
言葉なんて通じない相手に僕は話しかけながら、鉈と脚に魔力を流し込む。身体魔法はあまり得意ではないが、この大きさのオークを倒すのならば必須だ。
「「がぁあああああ!!」」
森の木々が揺れるほどのオークの叫び声が重なる。騎士たちが相手しているもう一匹のオークと悲しみを共鳴させるようなその叫び声に、地面に倒れたスズは小さく「ひっ」と悲鳴を上げる。
やっぱり来てよかった、きっと僕がいなければスズはただ事ではなかっただろう。
脚に力を入れて飛び上がる。振り回されるこん棒を右へ、左へと避ける。牙をむき出しにした凶悪な顔のオーク。恨みはないけれどどのみち冒険者と出会ってしまった時点でどちらかが死ぬしかないのだ。
重く強靭なこん棒はあたりさえしなければいい、避けて、避けて、僕はオークの首に鉈を差し込むと魔力で勢いをつけ、そのまま横にスライドさせた。
ぬるりとスプーンを入れたプリンのような切れ味、途中で背骨らしき引っ掛かりはあったけれど、それも魔剣と同じ威力を持った鉈をもってしてみれば容易い。
赤紫の血を噴き上げながら、頭部を失った巨木はゆっくりと倒れる。
「スズ、大丈夫?ごめんね押したりして」
「い、いえ……いいん、です」
後ろを振り返り地面に伏せているスズを確認すれば、オークが怖かったのか唇を震わせながら返事をしてくれた。
「君が無事でよかった」
「……あなたが、来てくれなかったらと、思うと――」
じわりと涙をにじませたスズは途中で言葉を止めた。
「ひっあああっ!!いたいっいたいっ」
「くっ! ウィル様!!!」
ウィルの叫び声と騎士たちの声が聞こえたからだ。
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いつも読んで頂きありがとうございます!!
読者さんが増えてとてもうれしい✨
夏休みなので更新速度上げたいのですね。お盆過ぎれば少し早くなるかもです💦
熱中症には気を付けてくださいね
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