第63話 王都近郊の森
おろしたてのような綺麗な教会の法服を着たスズを木の上から眺める。
ここは王都近くの森の中。ギルドで今日の依頼を確認した僕は王都近くの森が今日丸一日立ち入り禁止だという話を聞いて、スズが来るならこの場所だとアタリを付けて張っていた。
案の定、街の人々が働きだす時間帯に、スズを含めた4人組のパーティーがやってきた。
大きな身体の男二人、二人とも冒険者のような恰好はしているがその身に着けている上質な服、手に持っている剣から一目で騎士であることは分かった。
教会の法服を着た黒髪の小さなスズ、そして騎士二人に守られるようにして歩く、ミルクを入れた紅茶のような淡い色の髪を持つ、小さな僕くらいの背丈の少年が居た。
彼らを発見して僕は「あれ?」と思う。
教会の人間が呼ばれるほどの危険な任務かと思って僕も心配してやってきたが、これは貴族の子供に向けた狩りの訓練かもしれないと一目見て気づく。
弱小貴族の事は知らないが、狩りは貴族のたしなみだ。僕だって何事もなく大貴族の次男のままであったのなら、領地の騎士に連れられて訓練を行ったはずだ。最も、今僕の眼下を歩いている彼らのように冒険者には扮さなかっただろうが。
お忍び貴族のお遊びなのだろうか。
それならそこまで心配する必要はなかったかもしれないな、と僕は自分の指先にいつの間にかできた
何かあったら木から飛び降りて助けに行けばいいだろうと僕はその集団を眺める。
静かに三人の後をついてゆくスズの顔は少し緊張しているように見えた。彼女からすれば貴族の子供への接待みたいなものなのだろう。失敗はできない。
暇だなぁとさかむけを気にしつつ地面を眺めていると、ミルクティー色の髪の少年の顔がゆっくりと上を向く。
少し釣り目の左目の下に泣き黒子を持った子供の黒い瞳とばちりと目があった。
――珍しい黒目か。
「誰だお前」
「こんにちは」
まさか見つかると思っていなかった。ジェリーとトーズと一緒にしたかくれんぼは僕が一番得意だったんだけどな、とふっと笑ってから僕は木の上から地面へと降り立った。
姿を現す気はなかったのによく見つけてくれたね、なんて思いながら。
僕がすとんと地面に降りたつと、まずはびりびりと肌に焼け付くような殺気を放つ冒険者に扮した騎士が出迎えてくれる。その手は剣にかけられているが、引き抜かなかったのはひとえに僕が子供であったからだろう。
その場にいた全員が僕を何者かと見定める中、手をふるふると震わせたスズが柄にもなく大きな声を出す。
「来ちゃダメって言ったじゃないですか!!」
「ええっと……偶然だね、散歩のついでだったんだけど」
「今日はこの森は立ち入り禁止です。分かって来ましたね!?」
頬を膨らませ、怒りで顔を赤くしたスズは僕に詰め寄る。
「魔物の出る森に入るという事は命の危険がある事なんですよっ!なのに、こんなところにっ、たった一人できて……」
「いや、そんな大げさな、散歩気分だよ」
「オークの居る森に散歩気分で来る人がありますか!」
スズの剣幕は僕のためを思ってくれていることで、まさかこれほどまでに真剣に怒られると思っていなかった僕は、たじたじと近くに居る騎士二人に助けを求める目線を送る。そんな僕たちの様子をなぜか騎士たちは苦笑いしながら見ていた。
「スー、その男は誰だ」
凛と響くような透き通った声、訛りがかけらも交じってない王都の言葉。一言発しただけでそれなりの地位であることがわかる。
黒い目の下に泣き黒子を持つ少年は、冷たい目で僕を見ていた。
「もっ、申し訳ありません、すぐに帰らせますので」
ぴしゃりと冷水を掛けられたようにスズは焦りだす。その反応から図書館であった伯爵家の息子以上の身分であることもわかる。
大貴族の一人だろうか、残念ながら子供だった僕では交流がなかったのであまり分からない。けれど相手が大貴族だとして怒らせたとしたら少々スズの立場はまずくなるかもしれないと、僕は泣き黒子の子供の前にすっと膝をついた。
「突然現れて申し訳ありませんでした、友人が心配でどうしても後を追わずにはいられませんでした。迷惑はかけないので、どうか一緒に居させてもらえないでしょうか」
地面に膝をついて礼式にのっとり、まるで騎士のように少年に懇願する。
勝手についていってもいいのだが、それではスズの立場が悪くなる。僕はスズを邪魔したいんじゃなくて、怪我しないように見守りたいだけなのだ。そのためなら地面に膝をつく事くらいどうという事はない。
僕の行動に目を丸くしたのは目の前の子供ではなく、周りにいた騎士と思わしき二人だ。ぎょっと目を見開いて、子供の反応に固唾をのんでいる。
「――許そう」
「ありがとうございます」
貴族というものはみんなこうなのか、偉そうだな。なんて思いながら僕はすっと立ち上がって少年を見た。背は僕と同じくらいだけれど、年下だろうか、あまり分からないが黒い瞳がじっと僕をとらえる。いいや、黒ではなく黒に近い藍の瞳だ。珍しいなと思いながら僕は少年に笑いかけた。
「僕の名前はレオ、冒険者だよ」
「オレは………ウィル……身分は、別に言わなくても差し支えないだろう?」
「もちろん」
僕はウィルと名乗った少年に愛想笑いをした。これで同行を許されたことになる。僕らを見守っていた騎士はいぶかし気な顔をしてこちらにやってくる。
「どこの家の者だ。騎士であろう?」
「あぁ、さっき騎士の作法を真似た事を言っているんだね」
僕がウィルにしたのは騎士が使えている貴族に対し、何かお願いごとや発言がある時にするポーズだ。僕はただ家にいた騎士たちの作法を真似ただけだ。小さい頃騎士になりたくて、よく父にお願い事をしに行く騎士の隣で作法を真似していたから……
「小さな頃騎士にあこがれてずっと真似していたんだ。使える機会があってよかったよ。僕はただの冒険者だよ」
騎士と喋っていると昔のことを思い出す。もっとも小屋に入れられて以降、騎士の礼儀を僕に教えてくれていた、仲の良かったはずの騎士たちにとって僕は透明人間になってしまったようだけれど。懐かしいなと思いつつ僕は目を細めて目の前の冒険者に扮した騎士を見た。
騎士達はいぶかし気な顔をして、持ち場に戻る様にウィルの隣へと帰って行く。
うまく説得できた。これでスズに何かあっても僕が守ってあげられる!そう思いながら、スズの顔を見た僕は、頬をリスのように膨らませた少女を見て固まった。
「ええっと……怒ってる?」
「怒ってるに決まってるじゃないですか! もう! 何か出てきたら私の後ろに隠れててくださいね!」
「一応僕、冒険者として生計を立てているんだけど……」
「レオが魔物を狩れるような年齢じゃないことは分かってるんですからね!」
まぁ確かに討伐の依頼はまだ受けられないが、素材が金になるので依頼は受けている。ついでに討伐の依頼を受けた冒険者に討伐証明のゴブリンやオークの耳だって売り払っていい金になっている。
だがそんなことを言ったところでスズは信じないだろうな、と僕を守ってくれる気でいるスズになんだか少しだけ気恥しい気持ちになった。
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