第62話 美味しいスープの秘密


 少し落ち着いて、スズが入れてくれた黄緑色のハーブティーを口に含んだ。苦味のある変な味だが香りがいい。テーブルの上にいけられた白い花の花弁を僕はつぅっと指で摩る。茶飲みテーブルの上に花が生けられているだけなのに、なんだか懐かしさを感じる。

 スズと話したことでずっと引っかかっていたつっかえが取れたような気がした。僕が押し黙っても何も言わずに待っていてくれたスズに笑いかけた。


「今日はありがとう」

「こちらこそ、寄付金をたくさんして頂いたらしいじゃないですか。レオが部屋に来る前に報告受けましたよ。これじゃあ昨日のお礼になってないですね」


 くすくすと少しおかしそうにスズは笑う。


「元々昨日食事したお礼なんていらなかったんだよ。それに……治癒魔法のことも知れたからいいんだ。美味しいスープも食べれたしさ」

「ふふっありがとうございます。結構人気なんですよ」

「うん、だろうね、獣肉が入っていないのに獣肉の味がするスープなんてすごいよ」


 僕が言った言葉にスズは目を丸くした。


「お金持ちなんですねぇ」

「むかしね」


 煮込んだにしろ、鳥の味をピンポイントに見抜いたことに、スズは驚いたのだろう。鳥の味を見抜くというのは、ある程度鳥肉を食べ慣れている者ということ。王都で鳥を慣れるほど食べれるのはある程度裕福な者たちだけだ。


「実はですね、中央教会から鳥の骨をいただいているんですよ。あそこでは毎食出ますから」

「まぁそうだろうね、けど……骨……?」

「えぇ、前聖女様が翻訳してくださった本の中に料理本があるのですけれど、骨からうま味を出すことができると。そして実際にやってみたところ美味しいじゃないですか」


 眼を輝かせて言うスズ。僕は料理の本なんて読んだことはないけれど、キラキラとした目で少し上ずったような声で言ってくる様子から、相当嬉しい発見なのだろうと分かる。

 熱心に図書館へと通っていたのは何も息抜きに恋愛小説ばかりを読んでいるわけではなさそうだ。


「スズはずっと王都にいるのかな? 僕これからも、たまに王都に来る予定なんだけど」


「わかりません」


 スズはそう言って少し眉尻を下げて首を横に振った。その顔には少しの悲壮感が見て取れる。


「……治癒師として、王都の外へ冒険者たちに付き添うことになりました。初めてのことなので、どうなるかはまだ……」


「え……? 治癒師って冒険者の結構大変な依頼に付き合う人たちだよね?」


 長い黒いまつげがスズの黒い瞳にかかる。伏目がちな瞳にきゅっと唇を結びながらスズはこくんと頷いた。

 冒険者は十歳にならないと通常の依頼を受けることはできない。それは治癒師に関しても同じだ。スズは僕より身長が低いし、しっかりしているけれど十歳にはなっていないことだけは分かる。


「だってスズは僕と同じか、年下だろ。危ない依頼にはそもそも選ばれないんじゃ」

「普通なら、そうです……ただ今回は上からの指示ですので……」


 スズの黒い瞳に僕の姿が反射する。その瞳から何かを読み取れることはない、ただ静かに、彼女は自分のすることを受け入れているように見えた。

 治癒師が必要なほどの依頼への同行。それはつまり、死ぬかもしれない任務に当たれという事だろうか。


「僕、治癒師の人とあまり関わりないんだけど、安全なの?」

「教会からの冒険者支援という名目で治癒師は派遣されていますが、安全とは……」


 確かにスズのいう通りだ。僕はハンデルでたまに治癒師の人を見かけたが、教会からギルドに派遣される彼らの雇い賃は高い。普通の山分け報酬に上乗せしなきゃいけないと、ベテラン冒険者が愚痴っているのを聞いたことがある。

 教会の人間を仲間にするのに金がかかる、そうなれば自然と危険な仕事の時だけに雇うのが普通だ。実力者パーティーは仲間内に何人か常駐させているらしいがまれな話だ。


「いつ、どこで初任務するの?」

「二日後、王都の外の森で……」


 二日後か、それなら僕も様子を見に行ってみようかな、冒険者たちはきっと自分の身を守ることに精一杯だろうし、スズのような小さな女の子を守ってくれるかは分からない。

 そう考えていた僕の思考を見透かしたのか、スズは驚いたように目を見開き、手を振って慌てて僕を止める。


「レオっ、よくないことを考えてない? 来ちゃだめだから! 本当に危険だから!」


 丁寧語で喋っていたスズの口調が焦って乱れる。


「一応僕冒険者だから大丈夫」

「十歳未満はろくに仕事させてもらえないって私知ってるんだからね!」


 頬を膨らませるスズに僕は少しほほ笑んだ。こういう表情を見ると、普段接しているスラムの子たちと変わらないように見えてしまう。


「絶対、こないでくださいよ、魔物は本当に危険なんですから。知らないでしょうけど……」


 スズは僕が普通に冒険者として生計を立てている人間だという事を知らない。ある程度の魔物ならば危険性は熟知している。もちろん、上級冒険者たちには劣るだろうけれど。


「まぁ偶然が重なれば外で会うかもね」

「……来る気でしょう、絶対やめてくださいね」


 真剣な表情のスズに僕は笑いながら残りのハーブティーを飲んだ。



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