第61話 聞きたい事があるんだ



 質素なテーブルの前に座り、ハーブティーを飲んでくつろいでいるスズに僕はにっこりと笑いかけた。


「休憩中みたいだね、さっきの仕事ぶりには驚いたよ」


「私みたいな子供が説法なんて変でしょう?

 この教会は私がお世話になっていた場所だから、中央協会へ転属されても週に一日はこちらで信者たちに触れ合わせてもらっているんですよ」


 くすくすと楽しそうにスズは笑う。

 「どうぞ」と言うようにスズは目の前の茶のみテーブルに座るように手で促してくる。

 僕のために出した新しいカップに薄黄緑のハーブティーが注がれる様子を見ながら、彼女の前に座った。


「多忙だね。もしかしてスズは教会内で偉い人なの?」

「偉いなんてそんな……私はただ偶然、魔力が高かったから、引き抜かれただけなんです」


 そう言ったスズは元々下がり気味だった眉を下げて少しだけ目を伏せた。黒い瞳が揺れ動くのに、なぜかドキリとしてしまったのは、彼女の表情があまりにも悲しげであったからだ。

 そういえばジェリーとトーズも言っていた。

 教会は魔力の高い人間を引き抜くことはするが、それ以外は無視される。きっと移民であるスズも教会に拾われる過程で色々あったのだろう。

 余計な事を聞いてしまったと少し後悔しながら、さっさと本題に入ることにした。


 僕はに、どうしても聞きたいことがあったのだ。


「昨日少し詳しく聞きたい事があるって言ったよね……治癒魔法について聞きたいんだ」

「私がわかる範囲でしたら、大丈夫ですよ」


 ほほ笑むスズに、僕は今までずっと教会の人間に聞きたかったことを告げた。



「半年前、足を潰された子を助けたんだ。

 スラムの子でお金がなくて教会には行けなかった。

 僕は粉々になったその子の脚の骨を治癒魔法で無理やりつなげた。それで治ると思ってたんだけど、うまく治せなかった……」


 脳裏に足を引きずって歩きながらも笑顔を絶やさないメリーの健気な表情が浮かぶ。これは、あの子を見るたびにずっと思っていたことだ。


「……その子は今も足を引きずっている。


 なにか、教会内で知られるいい治療法は知らないだろうか、僕はその子の脚を治してやりたいんだ」


 僕が未熟な治癒魔法を使ったばっかりに、メリーは走ることが出来なくなってしまった。出来ることならば彼女の脚を治してやりたい。スラムのみんなともう一度走りまわれるようにしてあげたい。


 スズは大きな目でじっと僕を見つめる。真っ黒な瞳はガラス越しの夜空のように、僕の顔を映していた。少し重々しい様子でスズは口を開いた。


「怪我の様子とどうやって治癒を施したのかを、詳しく教えてください」


 真剣な目でそう言ってくるスズに、僕はなるべく詳細に自分の目撃したことを話した。

 岩が脚に落とされた重みで骨は粉々に砕けていたこと、顔をしかめそうになるほど腫れて変な色になっていた脚、痛みすらなくなっていた様子。泣き叫ぶメリーを押さえつけて数時間かけて骨をつなげていった事……


 すべてを話し終わったあとに、スズは片手で口元を抑え黒くて大きな瞳を見開いていた。


「……すごい

 ほんとうに、あなた教会の人間じゃ……

 ううん、それだったら絶対に私も知って……


 レオさん……」


「呼び捨てでいいよ、急に改まって変な感じ」


 ごくりとスズはつばを飲むように喉を鳴らして、緊張した面持ちのまま言った。


「レオが治療していなければ死んでましたよ。その子」


「え……?」


 スズの真剣な物言いに、僕は絶句して大きな黒い瞳をまじまじと見つめた。



「中央や大きな都市の上層部の人間しか、そんなに酷い怪我は治せません。

 教会へ駆け込んだとしても、治癒に当たるのはですので手も足も出なかったでしょう。冒険者と同行している教会の者も同じことです。そんな高度な治癒は普通の教会の人間にできることじゃないんです。


 そんな治癒魔法ができれば、それこそ大出世。必ず中央教会に引き抜かれます。

 それに砕けた骨を繋げることはできても、が逆流して死んでしまう可能性だってありました。


 普通なら脚を引きずってでも歩けるだけで奇跡に近い。



 あなたでなければ死んでいました。だから……」


 まっすぐに真剣な眼差しで見つめられる。夜の星空を映した窓のような瞳が僕を映し込む。



「罪悪感に、さいなまれる必要は……ないんですよ? あなたのせいじゃない」


あぁ……

 この少女が、あれほど人気を集めている理由がよくわかった――


スズの言葉が頭の中に響く。

僕はその言葉をずっと聞きたかったのかもしれない……姉に頬をたたかれた時も、聖女様が埋められた日も、ジェリーが攫われた日も、死体を埋めた日も、母に呪いだと言われた時もずっと自分の中に感情も何もかも留め置いていた。これが自分の行った行為の責任だと思っていた。けれど本当は誰かに、違うと言って欲しかったのかもしれない。



 僕は黙って頷くと、指で目頭を抑えた。


 ずっとずっと、僕がうまくできなかったから、メリーはあんなことになってしまったんだと思っていたんだ。

 あの時お金を出して教会に連れ込んでいれば、僕が治療に当たらなければメリーは今、きっとみんなと走り回れていたんじゃないかと、ずっと心にわだかまりを抱えて過ごしていた。


 あの時の選択肢は間違っていなかった、自分がしたことは間違いじゃなかったと言われたような気がして、やっと、ずっとずっと抱えていた罪悪感が薄まってゆくのを感じた。





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