第55話 頑張る君に贈り物
まるでスキップするような足取りで、石畳の上を月夜に照らされたスズは歩く。
「本当に美味しかった。外のごはん食べたのは初めてでした」
「僕も昨日食べた食事より、おいしく感じるよ、やっぱり誰かと一緒に食べるのはおいしいね」
僕の言った言葉にスズは楽しそうに、そしておかしそうにクスクスと笑う。
「違いますよ、親しい人と食べるから楽しいんですよ。身分が上の方々と食事するときは気をつかって食事どころではないですからね」
「大変なんだね教会って」
スズは透けるベールを手に持ったまま夜風にはためかせている。空想上の妖精の羽のようだ。闇夜だというのに、艶を持った短い髪は月の光を反射して揺らめく。
「ねぇ、明日予定がなければ王都の一番端の教会までいらしてください」
「何かあるの?」
「週に一度炊き出しをやっているんです。美味しいで評判なんですよ。それに何か聞きたかったんですよね? その事にもお答えしますよ。予定があれば別の日でもいいんですが」
「ううん、明日行くよ」
働かなくていい日の二日目は教会で説法が開かれるため、開いている店はない。図書館もそうだ。ギルドだって開いていない。遠出する冒険者以外はみんな神に祈り過ごす日だ。
港街ハンデルという多文化が入り混じる場所では、ほとんど関係なかったが、中央教会と王家のお膝元のここ王都では違うのだ。
僕が明日会いに行くと言ったことににスズは楽しそうに、羽を動かすようにベールを夜風にはためかせる。
今は楽しそうではあるが、スズが今から戻る場所は、小さな女の子の髪を掴み暴力をふるう男がいる場所だ。本人は平気そうではあるが、笑顔のスズとは対照的に僕は少し暗い気持ちになる。
どうにかできないだろうか、と考えたところでなにも思い浮かばない。僕は気休めにでもなればいいと、ポケットを探る。たしか入れたままにしておいたはずだ――
「スズ、君にいいものあげるよ」
ごそごそとポケットの中を探り、白い小さな三角のお守りを取り出した。
小さなスズの手の平に、とげとげした三角の白いものを置く。これは彼女にあげるべきだろう。きっとお守りになるはずだ。
「なんです、これ? 骨……?」
「これはね――――サメの歯」
「さめのは」
きょとんとした顔でオウム返しをしたスズは、一拍置いたあと、ふふふと笑い出した。
笑い声が外に漏れないように口元を抑えて、なぜか笑いのツボに入って必死に笑いを堪えようとするスズを見て、僕はむっとする。
たしかに要らないかもしれないけれど、そんなに笑う事ないじゃないか……
だいたい王都の人間は知らないだろうけど、サメの歯はお守りなんだぞ。
まぁ僕もトーズに聞くまではお守りだなんて知らなかったけれど……
「なんだよ、サメの歯はお守りになるんだよ。強い敵から守ってくれるらしいからあげたかったのに、もうあげないから」
「いいえいいえ、ふふっ、ください、欲しいです。サメの歯」
「いいけどさ、それ一応僕が初めて採ったサメ歯だから……その、捨てないでね……?」
「捨てません、捨てませんとも。
ふふっ、うれしいです」
小さな手のひらの上に白い三角のサメの歯を置けば、スズは本当に嬉しいのか「ふふっ」と笑っては、手に持ったサメの歯をくるくると回転させて、様々な角度から観察する。
喜んでもらえたのなら、よかったかな……
トーズに押し切られるように自分で初めて殺したサメの歯を持っていたけど、誰かのお守りになるのなら、なんだか少し誇らしいような気持ちになる。
スズは僕が渡した小さなサメの歯をぎゅっと大切そうに胸の前で両手で握る。
「身を案じてもらえたのは初めてです――
大切にします。ありがとう、レオ」
長い睫毛を伏せて、静かな口調で言ったその言葉に少しばかりの切なさを感じる。
「じゃあ私はここで」
「いいの? 送ってくよ?」
「今日ふたりで遊んだことは秘密ですからね、ここから先はばれちゃいます」
そう言ってスズは悪戯っぽく笑う。
手に持ったままだった透けるベールと帽子をかぶるとにっこりと、出会った時のように笑って小さくお辞儀をした。
「また明日」
「うん、また、あした……」
小さな背中を見送る。
あの小さな少女は今から自分より身分が上のものだらけである、中央協会に戻るのだろう。そしてそこには彼女を痛めつけた少年が居る。
夜風に揺れるベールから短い黒髪が見える。ざんばらに切られたような短い黒髪。
僕はそれが意味することを知っている。
貴族社会の女性にとって、長く美しい髪は誇りでもある。手入れしていなければ美しいままではいられないからだ。姉がよく髪を気にしていたこともよく覚えている。
ざんばらに髪を切られる、なんて貴族の女性にとっては耐えがたい屈辱と同じ。その屈辱をスズに与えようとしている人間が、今からスズが帰ろうとする場所に居る。
移民で拾われ子のスズはいじめられているのだ。これが王都の中央協会でなければ、これほどまでに酷い扱いは受けなかっただろう。
貴族たちの中に一人拾われ子が混ざり、それなりの実力で成果を上げているのだ。嫉妬心を抱かれていることも酷いイジメの原因なのかもしれない。
もう見えなくなった小さな彼女が去っていった方を僕はじっと見つめる。
せめて明日も会う小さな黒髪の少女が、誰にも害されませんようにと僕は心の中で呟いた。
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お読みいただきありがとう。
サメの歯はモテアイテムなのでデートの際にプレゼントしてみてはいかがでしょう! ※結果に責任は取りません
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