第54話 はじめての♡でーと II



 食べるときに邪魔だったのか、スズの頭に教会のシンボルマークが描かれた帽子とベールはなく、法服のみを着た姿は皆が慕う教会の少女ではなく、街にいる女の子とかわらない。


 おいしいものを食べて顔をほころばせるスズと一緒にいると、もっとその楽し気な表情を見たくなってしまう。


「何かほかに食べたいものある?」

「いいんですか?」

「寄付っていったろ? 今度付き合ってもらうからね」


 きょろきょろとスズは少しだけ目を泳がせる。そしてある屋台を見つめる。スズは戸惑い顔を赤くさせて、恥ずかしそうに俯くとふよふよと人差し指をその店へと向けた。


「クルミクッキー食べたいの?」

「はい、あの……た、高いですよね、ごめんなさい甘いものだなんて……」


 遠慮気味に眼を伏せるスズを見ると微笑ましくなる。確かに普通の食事と考えるとクルミクッキーは高価かもしれないがたかが知れている。

 スラムに住んでいるトーズだってたまに奮発してジェリーの為に買っていたくらいだ。買えないほどに高価なわけでもない。


 クルミクッキーはここの屋台の中では一番の人気だ。男たちは妻や娼婦、女友達にせがまれてクルミクッキーを買っていた。

 甘いものが好きなのはなにも下町の人たちやジェリーに限ったことではない。僕の母と姉も豪華な菓子を料理人に作らせ茶会を開いていた。

 小さかった僕は見せびらかすように、強制的に連れていかれていたのでよく覚えている。甘いものを食べて紅茶を飲んで談笑するのだ。僕は楽しくなかったけど、必ずもらえる菓子を聖女様に持っていけるので、好きだった。


「買ってくるから待ってて」

「いいんですか」

「僕も食べたいしね」


 少しだけ懐かしくなった。甘いものは聖女様の死後口にしなくなってしまっていた。

 駆け足で向かった屋台に向かい列の最後尾につく。列に並びながら塀の上から僕を見ているスズを見て手を振った。きょとんと驚いたような顔をした後に照れながらスズは手を振り返してくれる。

 蜂蜜の甘い香りとクルミの香ばしい匂いが辺りに漂っている。周りにいる大人たちはみんながみんな笑顔だ。

 平和な街だと思う。家と図書館の往復しかしたことがなく、故郷だというのに王都のことを全然知らなかった……


 並んでいる人と同じようにクルミクッキーを買い、待っているスズの元に駆け足で戻る。僕は恥ずかしそうなスズに笑いながら手のひら大のクッキーを差し出した。


「ここのクルミクッキー美味しいって人気なんだって」

「何からなにまですみません」

「まぁまぁ。食べたかったんでしょ、早く食べなよ」


 目を輝かせながらスズはクッキーを頬張る。その瞬間に一斉に花が芽吹いたかのように微笑んだ。


「美味しいっ……」


 甘いものを食べて笑うスズを見て、聖女様を思い出した。

 いつも母と姉の茶会に駆り出され、茶菓子を貰っては、聖女様に届けに行っていた。僕だって甘いものはそれなりに好きだが、聖女様の笑う顔が見たくて、いつも茶会が終わると持って行っていた。

 いつも僕に笑顔を向けてくれるあの人の笑顔が好きだった。甘いものを食べれば幸せそうに、懐かしそうに食べるあの人の姿が好きだった。


「あの、わたしの顔に何かついてますか……?」


 眉尻を下げて不安げな顔でスズは聞く。食事風景をじっと見ていたなんて失礼だったかもしれない。僕は小さく首を横に振った。


「僕のぶんも食べる?」

「ううん、クッキーでおなか一杯になっちゃった。美味しいですよ、食べたほうがいいです」


 スズが笑いながらそう言うので、僕は頷いてクッキーを口にした。少ししっとりとしたクッキーは口の中で蜂蜜の甘さを広がらせる。クルミの粉でできているからか、砂糖菓子のような甘さはないけれど、蜂蜜のほのかな甘みが口いっぱいにひろがる。


「たしかにおいしいね」

「こんな素敵な食事を取れているなんて知ったらみんな驚くだろうなぁ」

「みんな?」


 あっとまるで失言のように口を手で覆ったスズは、別に隠すことではないか、と思ったのか続けてくれた。


「私の引き取られた教会は、王都の端の端のスラム街にある教会なんです。貴族の方々を受け入れるような中央の教会とは違って、その日食べる物もほとんど無いような教会なんですよ。

 スラムから引き抜かれた子や両親が亡くなって行く宛がないような子たちを多く引き取っていました。私もそのうちの一人ですね」


 冗談めかすように、まるで暗い話になってしまわないようにするかのごとく、スズは微笑む。


「スープにはほとんど具がないんですよ。少しだけ塩味がついている味草という植物と、パンを焼く釜もないから、スープにはいつも豆が入ってました。それもなんとか周辺の住民に寄付してもらったくず豆。

 それで、その中にたまーに入っているんですよ。親指くらい大きくて白くてホクホクした白インゲン豆が。

 私もですけど、教会のみんなも唯一の楽しみだったと思います。いつも争奪戦起きてましたし」


 スズは懐かしむように笑う。


「そんな中だから甘いものなんて夢のまた夢、きっとみんな食べたことないだろうなって思って……」

「そっか……」


 たった一粒の豆で争いごとが起こるような場所で育ったと聞いて、少しだけ気が重くなる。今も昔もそれほど貧困な目にあったことはないからだ。


「あぁごめんなさい、そんなに暗い顔をするほどの事じゃ……スラムに近い場所で育った人たちなんてみんなこんな感じですよ、普通に石や虫が混ざったパンがそこいらで売ってるんですから」


 変ですよねぇと言うようにスズは笑う。石や虫の交じったパン。そう、それは確かに衝撃的であったと思う。


「噛んだときにガリっていうよね」

「そうそう、最初食べたときびっくり……って、レオも……?」


 スズは大きな目を見開く。黒い瞳の中にまるで写し鏡のように僕の姿が映る。


「僕も裕福だったのは小さな頃だけなんだ。今も小さいけどね。石の混じったパンなんて最初食べた時の衝撃はすごかったよ。

 食べ慣れてる友達がね、言うんだ。"魔力で歯をおおって石ごと食えばいいだろ?" って」


 トーズはそういって指の先ほどの石も歯で砕いて食べていた。「石も本気になれば食える!」なんて意味不明な事も言っていた。改めて考えても滅茶苦茶な奴だ。


「なんですかその人、ふふっ、すごくたくましい」

「だよねーめちゃくちゃだよ」


 声をあげて笑うスズを見ながら、僕はうんうんと頷いていた。



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お読みいただきありがとう御座います。

いつも読んでくれて嬉しいです。

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