第50話 女の子の名は



 漆黒の髪に漆黒の瞳、まるで夜そのものを表すような短い髪の少女の名はと言った。


「めずらしい名前だね」

「スズ、あの貴族の赤ちゃんだけが貰える鈴のおもちゃという意味です」

「へぇ、きれいな名前だね」

「そんなこと初めて言われました」


 スズはきょとんと一瞬したが、僕が言ったことが可笑しかったのか、からころと可愛らしい声で笑う。

 確かに"鈴"という意味の名前は大変めずらしい。というのも、"鈴"は子供のおもちゃに使われるものだ。生まれたばかりの子供に、この国の創始者である勇者スズキの名前と同じものを、成長を願い渡すおもちゃであり、人物名に付ける様なものではなかったからだ。

 いうなれば赤子の頃に、天井に吊るされているくるくると回るおもちゃから、名前を取り"モービル"と名付けるようなものだ。それか木の空洞の中に石を入れて、振ると音が鳴るおもちゃの"ガラガラ"という名前を付けるようなものと同じことだった。

 この国の人間にとっては一般的とは言えない。子供のころ一時期だけに使われるおもちゃの名前を子供の名前に付けるのは……


「どこかから引っ越してきたの?」

「はい、小さなころに……ふふっ、わかりますよね、黒髪で黒目だから」


 別にこの国の人間でなかった事を隠しているつもりないのだろう、スズはほほ笑む。

 髪と目の色を見れば多分誰でも想像がつく。彼女はなのだ。

 だとすれば文化に疎く、健やかに育ってほしいという願いを込めて、愛らしい音を鳴らすおもちゃの名前を付けてもおかしくはない。


「髪も目の色も名前も変だって、よく言われるんですよ」


 そういって少女は寂しそうに、ざんばらの後ろ髪を触りながら笑った。

 移民の子だと色々苦労があるはずだ。言葉や文化の違い……それこそ僕がハンデルに初めてやってきたときの様に手探りの状態で大変だったはずだ。

 スズという名前を彼女は嫌ってはいなさそうだった。親のことを慕っていたという証拠だ。だからこそ変だと言われることが少し悲しいのだろう。


「鈴のおもちゃは、元々は初代勇者が子が健やかに育つようにと、自分の名前と同じ異世界の物をあげたのが始まりだ。

 珍しい名前だけど、君の母上も健やかに育ってほしいと思ったんだろうね」


 今までもはきはきと、表情豊かに朗らかに喋っていたスズは黙り込む。

 半月型を描いていた小さな口はきゅっと結ばれ、夜空のような煌めいていた瞳がぐらりと歪む。

 スズは少しだけ目を伏せ、瞳に涙をにじませ、こくんと小さく頷いた。




****



 日が暮れる。

 図書館の職員たちは、まだ座って本を読み続けていたい人たちに声をかけ退館を促す。日中は外の明かりを取り込む魔法が組まれていて、本を明るい室内で読むことが出来るが、夜になれば別途、照明の魔法具を使わなければならない。基本的に暗くなる前に図書館は閉館される。

 僕の住んでる地下牢改め部屋と同じで、光熱費が馬鹿にならないのだろう。


 返却棚に本を戻した僕は、スズがいる机へと近づく。スズは図書館の職員たちの動きにも気づいていないくらい集中して、本を読みふけっていた。


「もうそろそろ閉館だよ、迎えは来ていないんだろう? 送るよ」


 僕の言葉にびくりと肩を上げて、スズはまるで隠すように本を閉じる。

 タイトルは見えなかったが、作者の名前が見えた。聖女様の名だ。ここの図書館はその内容によってわかりやすいように表紙の色が付けられている。そしてスズが隠した本はその色でどういうものを読んでいるかは一目でわかる。

 たしか桃色の表紙は恋愛小説だったはずだ。


「好きなの? 恋愛小説」

「う、うん、たぶん女の子はみんなすき、でも、恥ずかしいから、あんまり言わないでね……」


 驚いているからか丁寧語だった口調が乱れて、顔を真っ赤にしてスズはうつむいて、もごもごと口ごもる。

 勉強熱心な少女はひそかな趣味が異性にバレて恥ずかしいのだろう。その証拠に恥ずかしそうにじゃ顔を赤くしている。なんだか少しだけ罪悪感が沸いてくる。


「別に恥ずかしがることないよ。僕は読まないけど」

「読んでみてくださいよ、面白いんですよ」


 冗談めかしてスズは言いながら、頬を膨らませ眉尻を下げる。ふふっと笑いながら机に積んでいた読みかけの本を返却棚に戻した。

 図書館から本を持ち出すのは、かなりのお金を払わなければならない。紛失や汚した際の保証金としてだ。僕もスズもそんなお金はないのだろう。

 紙すら持ってきていないスズの持ち物は何もない。僕は小さめなカバンを持って二人連れ添って階段を下りてゆく。追い出し作業を終えた職員も帰る準備をしていた。橙色の閉館前の図書館はもうほとんどの人の声は聞こえない。静かな広い部屋は自宅を思い起こさせる。

 自宅の夕暮れ時、薄暗くなった屋敷の階段で、父がよく母にしていたことを思い出した。


「足元危ないよ。お手をどうぞ」


 僕はスズに笑いかけて手を差し出した。

 教会の法服のスカートの裾は引きずるほど長くはないけれど、足元は見えずらいだろう。

 スズは一瞬だけぽかんとすると、少し恥ずかし気に笑いながら、僕の手を取った。白くて小さく冷たい手。その手には汚れや火傷のあとも何もない、綺麗な傷一つない弱弱しい手。そんな手を握ると、あの日の、死んでしまう時の聖女様のことを思い出した。そうだ、聖女様も冷たい手だった。


「冷え性なの?」

「えぇ、女の子には多いみたいですよ。今はあなたのおかげで暖かいですけど」


 真っ黒な瞳に橙色の夕日が反射する。細められた黒い瞳は図書館の職員たちに作り笑いをしている時より、数倍綺麗に見えた。

 話をしながら二人でゆっくりと階段を下りてゆく。

 スズの小さな手を引いて階段を下りる姿に、なぜか図書館員たちは微笑ましそうに眺めていた。不思議に思ってスズを見れば恥ずかし気に僕に笑いかける。


「お姫様気分って言うんですかね、こういうの」

「お姫様ならもっといいところにいるよ」


 恋愛小説の中にでも登場したのだろうか、ジェリーやメリーのように可愛らしいことをいうスズを少し可愛いと思えた。

 きっと僕らは一番最後の客で、図書館には職員以外残っていない。職員はスズが帰ると知ると声をかけて別れを言ってくる。

 素直で愛らしい少女はきっと好かれているのだろう。僕には不機嫌な門兵もスズには笑顔だった。


 大きな門をくぐれば、夕暮れ時の王都の広場が僕らを出迎えてくれる。広場に一人、腕組をして図書館を睨みつける教会の法服を着た子供がいた。


「スー!! やっと出てきたな!」


 よく響く声で、図書館を睨みつけていた少年は叫ぶように僕らに言った。

 手を握っていたスズから手をぎゅっと握り返され、小さな肩がビクリと震えた。


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