第48話 魔法と教会の少女




 タニザさんが実は初代勇者の仲間だった。


 そんな衝撃の事実を知っても、特に何をどうすることもない。そりゃあすごく驚きはしたが、だからと言って騒ごうとは思えなかった。港街ハンデルに帰ったら今度二人きりの時に初代勇者のことを聞いてはみたいが、タニザさんのいない王都でできることはない。


 なので僕は大人しく勉強に励むことにした。


 まずは場所取りだと、貴重な紙が入ったカバンを抱えて二階を目指す。いろんな音がまわりで聞こえる一階より、静かな落ち着く空間に行きたかった。


 図書館の司書たちは忙しそうに、直接手で本を転写している。カリカリカリカリと紙にペンで書き込む音が聞こえる。

 聖女様は対外的にはであったので、よくあの小屋の中で本を書き写していた。司書たちのじっと本を書き写している姿を見ると、聖女様の仕事姿を思い出す。彼女の背中と紙に文字を書き写す姿を見ながら、微睡の中に沈んでゆくような幸せな日々をどうしても思い出していた。



 司書たちは時おり肩をさすって痛そうにしている。

 僕も本をよく写しているからわかるが、ずっとああやって机に向かっていると、すごく背中や肩が痛くなるのだ。職業病からか司書たちは時折肩や腰をさすっていた。


 そんな司書たちに近づく一人の少女がいた。


「治癒いたしましょうか?」

「ああスーちゃん待ってたよ! いつもありがとうね」


 ぴたりと体に張り付くような教会の法服に身を包んだ小さな身体、透けるベール越しに見える短くて濃い色の髪、短い六角柱の教会の帽子には三角と三角を繋げたような砂時計のような教会のシンボルが印字されている。

 確か、証文を提示することなく図書館へ入っていた教会の少女だ。

 少女は朝だというのに疲れ顔の職員に、治癒しようかと声をかけていた。


「いえいえ、蔵書を読ませて頂いているんですもん、当然ですよ」


 柔らかな、鈴を転がしたような愛らしい声が聞こえる。顔を見なくても少女が優し気に微笑んでいることがわかる。

 どうやら治癒を行う代わりに証文なしに蔵書を見せて貰っているらしい。教会の人間ならではの取り入り方だな、なんて関心しながら、僕は少女の後ろを通りすぎて二階にある人眼につかない積へと向かった。


 すれ違いざまに少女の後ろ姿を見る。薄く透けるベールの奥には、インクのような黒髪がちらりと見えていた。




****



 王立図書館内、二階の端の端。目立たなくて人がほとんど来ないような場所を僕は陣取る。机の上に聖女様が翻訳した今までの勇者や聖女が書き残した本をドサリと積み上げる。


 表立った本の内容は、歴代の勇者や聖女の故郷の料理レシピや故郷の植物図鑑であったりと、貴族にとっては毒にも薬にもならないようなつまらない本。

 異世界人の熱狂的な信奉者ファン程度しか読まないであろう本文に隠されて、やはり本来の歴代の勇者や聖女が遺したかった言葉の数々がある。


 歴代召喚者たちの日記のようなものや、当時の戦争の詳細な記録については、今は興味がないのですぐに棚へ戻す。歴史だったりそれぞれが開発した、特殊な魔法について記された本を中心に読んでゆく。


 ペンに少しの魔力を流し込んでやり、人差し指を持ってきた小刀ダガーで少しだけ切り裂く。傷口からジワリと湧き出してきた紅い血は、つぅっと指をつたいポタリとインク壺へと落ちる。

 小さく淡い魔術発光を一瞬だけさせて、血液は真っ黒なインク内に溶け込んでいった。もう準備は完了だ――


 カリカリ、カリカリ

 ペンと紙が音を奏でる。


 僕はを本に添えてでページをめくる。文字を追っている目と同じスピードで、


 手を触れていないペンは宙に浮き、淡く青白い魔力発光を放ちながら、目で追った文字を白紙の羊皮紙へと本の内容を書き込んでゆく。


 これは聖女様も使っていた、文字を転写するの魔法だ。

 存在は世間によく知られている魔法ではあるが、その扱い辛さから使おうとする者は誰もおらず、無駄魔法として知られている魔法の一種だ。

 厳密な魔力操作と膨大な習得にかかる時間、みんな自分の手で書き写したほうが早いと誰も習得しようとはしないし、時間だけがかかる無駄な魔法として有名だ。僕の家庭教師はこの魔法を無駄と切り捨て説明すら放棄していた。


 ただし大量に本を転写するにあたっては、これほど有効な魔法もない。

 綿密な魔力操作を行うので頭は疲れるが手の疲労はないし、何より習得してしまえば手で書き写すより断然早い。図書館に限られた時間しか居られない僕に必要な魔法だった。実のところかなりの時間をかけてやっと習得したものだ。


 カリカリ、カリカリ、ペンと羊皮紙が奏でる音が響く。

 聖女様がいた小屋に響いていた、懐かしい音と同じだ。


 僕は転写魔法があまり目につかない様に、目立たない二階の端に陣取っている。周りにほとんど人はおらず僕ともう一人、いつのまにか仕事を終えて来ている、教会の法服を着た小さな女の子だけがいるだけだった。


 チラリと横目で見た少女は、勉強熱心なのか静かに本を読みふけっていた。




****


 ちりん――

 鈴のなる音が聞こえて、僕はハッと頭をあげた。


 音の鳴った先では、先ほど司書たちに治癒を施していた教会の法服を身に纏った女の子が、小さな箱を地面に落としたのか、急いで拾い上げているところだった。

 教会の首まで詰まった黒い服は小さな体にぴったりと張り付き、頭に被っている透けたベールが揺れる。

 ベール越しの短い黒髪が揺れ、落としたものを拾い終えた少女と、一瞬、目が合った。



 少女の瞳は真っ黒だった。

 髪と同じようにその瞳はインクを垂らしたように真っ黒であった。


 この国において、黒髪は比較的よくあるが、黒目というのは珍しい。濃い色の眼を者自摸の大半が濃い茶色だからだ。

 月食の日の夜空のような少女の黒い瞳は大変珍しい。


 少女は「すみません」と小さな頭を下げて、階段を下りていった。

 僕はその少女の姿に、なんだか既視感を覚えながらも「ああそういえば昼食時か」とカバン片手に、自由に食事が行える中庭へと向かった。



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