第47話 耳と寿命が長い人



 ゴーク将軍と呼ばれた大男の耳は、エルフ特有のピンと上を向いた長い耳であった。

 周りの大人たちは、僕が「エルフ」と発言したことで、花瓶を割った子供の様に縮こまっている。

怒られないように体を小さくしている大人たちの反応から、いけないことを言ってしまったかもしれないと、僕は眉尻をさげた。


 目線だけでゴーク将軍を見上げれば、エルフの耳を携えたゴーク将軍は、その垂れ下がった灰がかったラベンダー色の目を優しそう細めていた。

 

「坊やエルフは珍しいかな」

「はい。その耳は初めて見ました。とがっててかっこいい」


 僕は初めて見たエルフの耳についての感想を素直に述べる。

 エルフであるタニザさんは耳を切り取ってしまっていたし、絵ではない本物のエルフの耳を見るのは初めてだった。

 聖女様はエルフの耳のことを「小さな羽みたいなのよ」と言っていたが、その通りだと思った。ピンと上を向いた耳は鳥の羽のようで、なんだかカッコいい。


 ゴーク将軍は僕の「かっこいい」という発言に、一瞬きょとんとした顔をしたあと。笑いをこらえきれなかったのか、大きな手のひらで自身の口元を覆って声を押し殺すように笑いだした。


「クックック」


 そして周りの人々が目を丸くしているのに気づいたのか、ゴーク将軍は誤魔化すようにコホンと小さく咳払いをしてみせた。にこやかであったゴーク将軍の表情は、もう元のすこしだけ厳つい表情へと戻ってしまっていた。


「不正があるなら図書館内に入れるべきではないが、偏見でモノを決めているのだとしたら、職務を全うしていないということになるが?」


「い、いえそんな!! 俺ぁちょーーっと不思議に思っただけなんだ、入れないとは言ってないよな、だろ坊主?」


「はぁ、まぁ……それでいいです」


 僕としては図書館を利用できればどうでもいいので、変わり身の早い門兵に対して適当に相槌を打つ。ゴーク将軍はそんな僕らの様子にふっと優し気に微笑む。


「そうか、何も問題が無いようでよかった、職務を全うすることは素晴らしいことだ。これからも励みたまえ」


 そう門兵二人に声をかけ、証文を見せることなく、敬礼している門兵の横を通りすぎていった。

 ゴーク将軍が中に入ると、周りで植物や石のフリをしていた人間たちも、呪いが解けたかのように再び動き出したように再び動き出す。

 門兵は何もなかったかのように、証文をちらりと見ては通す作業へと戻っていった。


「運がよかったな坊主、疑われないようにもう少しマシな恰好でこいよな」


 捨て台詞の様にそんなことを言ってくる門兵にかなり腹を立てながら、僕は証文を鞄にしまって図書館へ入っていった。




 門をくぐり天井を見上げる。羊皮紙とインクの臭いが鼻孔をくすぐる。

 聖女様の部屋の匂い、懐かしい匂い。頬を少し紅潮させながら、天井で僕を出迎えてくれる美しい絵画たちを見上げた。


「懐かしい……」


 図書館の天井には初代勇者とその仲間たちの女性が描かれている。彼女たちは図書館を訪れた全員を歓迎するかのように、美しい笑みを向けてくれる。


 この国の初代勇者の妃、頭に耳がついた獣人、ハンマーを持った愛らしいドワーフ、なぜか二足歩行できる人魚……

 そし新緑に近い長く美しい金髪と天を向く耳を持った、アメジストのような瞳をもった少女がいた。描かれている女性達の中でも一番美しい少女は、にっこりと僕へ笑いかけてくれる。


 もう600年も前の神話のような話の登場人物だけれど、まるでトゲのないタニザさんみたいだと、僕はふふっと笑ってしまった。

 けれど、そのあとすぐに僕の背筋には冷や汗が伝う。


「あれ……?」


 たしかエルフの寿命って……



 僕は図書館の入り口から動くことができない。後から入ってくる人々は動かない僕を避けるようにして図書館へと入ってゆく。

 図書館の入り口で足を止めたのは、その絵画に見覚えがありすぎたからだ。


「ぼうず! 入れてやったんだからさっさと行け! 見とれてんじゃねぇぞ」


 門兵の一人が声を荒げて僕に注意する。

 確かに図書館の入り口ど真ん中で棒のように突っ立っている僕は邪魔だったろう。けれどそれを気にすることなく、僕は絵画を指さして門兵に声をかけた。


「ねぇあの人って……」

「はあ? なんだ彼女か……一番きれいだから坊主が見とれるのもわかるけどなぁ。

 初代勇者との間に唯一、子を成せなかった悲劇のエルフ、ロエタニーザだよ。そのくらい習うだろ。商人はそんなことも習わせないのか」



 いいや、習った。家庭教師に教えられたことはちゃんと覚えている。

 初代勇者の仲間たちの様々な人種の女性達、その中にいる耳長人エルフの姫、勇者との間に子を唯一成せなかった存在。

 いつの間にか表舞台から姿を消した悲しいお姫様。に勇者と愛を誓ったはずなのに、結局愛されることがなかった、可哀そうなお姫様。

 姉が彼女のことを大好きだったから、よく覚えている。


「ロエタニーザ・ゼルフ……」


 動くことのない若かりしタニザさんは、静かに僕に笑いかけていた。


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次回:聖女様の魔法と教会の女の子

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