第40話 樽の中の、
ジェリーと共に地下牢に入れられていた女性たちを解放し、彼女たちに宝石を少しわけた。
話し合うまでもなく自然とそう決まった。
ジェリーもトーズも反対はしなかったし、むしろそうすべきだと言ってくれた。
着の身着のまま、無一文で解放したとしても、実家にすら帰れないだろうと思ったからだ。
たくさんあった宝石たちは、元々の持ち主たちに返され、僕らのもとには少ししか残らなかった。
元々宝石は僕らのものではなかったものだ、大半を渡してしまったとしても、宝石一つで薬草採り半年分くらいにはなるので、それなりの儲けにはなった。
「女性たちを街に連れて行って、騎士たちに保護してもらおう」
そう提案した僕に対して、トーズは断固として反対した。
死にたがっていた女性もいた中で、僕は騎士達や教会に任せるのが一番だと思っていた。
「死にたがっている人をどうしたらいいか分からないし、大人に任せるのがいいと思ったんだけど」
そう僕が言えば、トーズは時間をかけて女性たちを説得した。
「悪い犬にかまれたんだ」
「あんたらは穢れてもないし、さらわれる前のあんたらと一緒だ」
「だから死ぬな」
真剣な声色と眼差しで言っていた。
自分たちを牢屋から出してくれたトーズに説得され、不安定だった女性たちも、徐々に平静さを取り戻していった。
馬に乗れるという行商人だった女の人が、女性達をそれぞれの故郷にまで連れて行ってくれると言うので、僕らはその人に任せて見送りをした。
助けられた人たちは小さくなるまで、僕らにずっと手を振り続けていた――
見送りを終え、辺りが薄暗くなってきた中、僕らはジェリーが攫われた川辺にやって来ていた。
粘土質の地面に小さなジェリーの足跡が形状を変えることなく佇んでいる。
僕とトーズの見た目は血みどろという言葉がぴったりであった。
ぐっちょりと付着した血液は、金色の髪の自分の髪の色も変えているだろうし、今着ている訓練用の小麦色の衣服も変な模様がついてしまっている。
全身に血を浴びた今の状態で街に帰るのには少し問題があるので、さきに川で身体を洗ってから帰ろうと思ったのだ。
トーズは眉をしかめながら、ジェリーの足跡とニューマンの足跡の付いた粘土質地面を、ぐりぐりと嫌な出来事を消し去るように足で拭うと、近くの大きめの石にどカリと座った。
「お前らも座れ」と言うかのように、トーズは川べりの石をポンポンと手のひらでで叩いてみせた。
「レオ、お前に話しておきたいことがある。
ジェリーにはつらい話だから……ほんの、ほんのすこしだけ、耳を塞いでいてくれたら……」
「ううん、あたしはもう平気なんだよトーズ、昔のことはもう乗り越えられてるから。
だから……そんなにあたしから色々隠そうとしなくても大丈夫」
ジェリーがそういうと、トーズは少しだけ傷ついたような表情をしたあと、きゅっと唇を噛みしめて、ゆっくりと僕に話だした。
「レオが提案した騎士に女の人たちを任せようって提案に俺は反対したろ? そのわけと、あと……俺の今までのことについて話す」
「いいの? 生い立ちの事は言いたくなければいいんだよ?
まぁ教会と騎士にあの人たちを任せたくなかった理由の方は気になるけどさ」
「いや、聞いてほしいんだ、その友達だから……」
トーズは少しだけ戸惑っているように目を伏せた。普段のトーズの口調と違い、たどたどしい言葉を使うのは、軽く話せるような話ではないからなのだろう。
無理に聞こうとは思わなかった。僕は初めてできた友達を、過去なんかで決めつけたりはしないからだ。
けれど、僕が昔憧れていた"騎士"という誇り高い人達に頼るのに強く反対した事は引っかかる。何か僕の知らないことがあるのだろう。
自分で言うのもなんだが、僕は世間知らずだ。
半年前まで家の敷地内から出る事はほとんどなかったし、半年間港街ハンデルで生活していても森と宿と港とスラムくらいにしか行った事がない。あとナタをよく折るので武器屋、そして不愛想なお婆さんが居る薬草屋さんくらいだ。
トーズは重い口を開く。
「たぶんあの部屋で聞こえてただろうけど、ちゃんと話す。
俺の親父はデカイ盗賊の頭でさ……俺を産んだ人は、俺を出産してすぐに死んだらしい。
それで、俺の
樽の中に住んでいる、人魚だった――」
トーズは口をきゅっと結ぶと、胸元で揺れていたセピア色のサメの歯を強く握りしめた。
「人魚? あの、初代勇者の物語に出てくるけど、もう絶滅したっていう」
「そこらへんは俺にもわらねぇ、けど親父は生まれたての俺を人魚の母さんに渡したらしい。幸い母乳も出たらしいから……」
揺らぐ海色の瞳に影が落ちる。
「それで、まぁ……無事に俺はデカくなってったわけだ。
成長できたのは母さんが親父に頼んでくれたからって後から知ったよ。
無駄飯ぐらいはいらないっていうのが、盗賊団の信条だったから、自分の子供だろうが捨て置くつもりだったらしい。
歩けるようになれば、俺は仕事を手伝わされた。
そうは言っても出来ることなんて限られてた、今よりも俺は今よりも子供だったからな。
母さんのための水を汲みに行くのと、地下牢にいる人たちへ飯を届けに行くのが、俺の仕事だった。
無理やりどっかの村から攫われて、家族殺されれ、売り物になるために牢屋になんて入れられてる奴らにとっちゃあ、盗賊の息子なんてのはカッコウの復讐相手だったんだろうな、毎日殴られたよ。
一日の終わりに親父のところに行って、その日の傷を確認されてた。俺が殴られるのが親父はなんでか楽しかったみたいだ。
傷は全部母さんが治してくれた。俺に魔法を教えてくれたのも、外の世界の事を教えてくれたのも、樽から出ることも出来ない、人魚の母さんだった。
綺麗な人だったよ、海の中みたいは色の髪と鱗を今でも覚えてる。
でも人魚ってのは元々海に住んでいるはずの種族だったんだ、無理があったんだ……
俺が、毎日汲んでくる井戸水じゃだめだった
トーズの声色に涙声が混じる。
「……人魚だった母さんが死ぬ前に教えてくれたんだ、俺は実の子供じゃないって。
分かってたけどな、俺、ヒレなかったしさ」
眉尻を下げてトーズ苦笑いを浮かべた。
首元で揺れている茶色く変色したサメの歯は、多分人魚の母親の形見なのだろう。
「出ていけって言われたよ、お前は自分の子供じゃないから、街にでも行けって、二度と戻ってくるなって。
……遺体は川に流した。ずっと海に帰りたいって言ってたから、せめて海に帰れるようにって。
俺はどこにも行かなかったし、行けなかった。
だって生まれてから一度も外に出たことなかったんだ、街へ行けって言われてもソレが何なのかすら分かってなかった。
いつでも逃げられたはずなのに、逃げれなかった。
母さんが死んで少ししてからだな、ジェリーと会ったのは……」
眉尻をさげ、謝るような顔をしたトーズに、ジェリーはコクンと小さく頷いた。
「ここからはあたしが話すよ。
あたしの親は行商人でね、ある日盗賊に襲われて、あたしだけが地下牢に入れられたんだ。
凄く不安で、怖くて、
「泣きそう? ってことは泣かなかったって事?」
「うん、トーズがいたから……あたしと、同じくらい小さな男の子が、あたしと同じように捕らえられている人達に殴られてたから
捕まってる人達の誰も、変だって思わないんだよ? 盗賊の子だからって殴って、怖さを発散してもどうにもならないのに、なにも言わないトーズに酷いことしてたんだ。
だから、トーズに言ったの、ここから逃げようって。抜け道は知ってたらしいから街に行って教会に助けを求めた。
トーズは魔力が高かったから教会に引き取られたけど、あたしは何もなかったから、スラムに……そのあとトーズが神父様を殴ってスラムに仲間入りしたんだ」
苦笑いしながらジェリーが事の
トーズが異様にジェリーを大切にしていた理由は、自分を連れ出してくれた人だったからなのだ。
あれ? と僕は思った。教会が魔力によって助ける助けないを決めるのは分かった。
それなら騎士は?
なぜトーズは反対したのだろう。
「騎士がなんでダメなのか分かんねぇって顔してんな、教えてやるよ。あいつらの最低なとこをな……
街に逃げてきてから、少しして親父の盗賊団は討伐された。今思えばかなり大々的にやってたし、当然だな。
一応クソ親父の死に顔でも見てやろうかって、アジトに行った。
討伐したてだからか騎士が結構いてな、盗賊は全員殺したことを自慢されたよ。そいつらを埋めるための任務がキツイってよ。
でもな、みょーに墓穴が多いんだ。
地下牢に閉じ込められてた人達は、全員殺されてた。
親父が殺したわけじゃねぇ、アイツの性格は俺が一番よく知ってる。人質を殺して交渉をフイにすることなんてしねぇ。
埋められた人たちの事を聞いたらさ、騎士は言ったよ"体を穢されることなく天に行けたはずだから安心しろ"ってな……
誇りなんてもんが、命より大切だったらしい」
眉を顰めて歯を食いしばりトーズは言った。
騎士は貴族と密接につながっている。貴族にとって未婚の女性が過ちを犯すのは許されない行為とされている。騎士たちも同じ考えを持っていたのだろう。
僕らが助けた女性達を思い出す。最初は錯乱していたが、ゆっくり時間をかけて説得すれば、正気を取り戻していたが、あのまま騎士たちに引き渡せば、トーズの話と同じようになっていたのかもしれないのだ。ぞくりと背筋が凍る。
そしてジェリーが商人になりたいことをトーズに隠したかった理由も分かった。
トーズの父親が殺した実親と同じ職業になりたいと、言えなかったのだみたいだ。
ジェリーなりに気遣っていたんだろう。
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お読みいただきありがとう✨
なんと読者さんが50人になりました!(自分でフォローしてカサ増ししてるので、51人目でちょうど50人です笑)
とても嬉しい!ありがとう(*^▽^*)
今回で東の森の話は終わりでございます。
次回:知ってる天井だ
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