第39話 慈悲の心を持つ悪魔
コロコロと転がってゆく盗賊頭の頭部は、赤い道を作りながら、部屋の入り口付近で障害物に当たり動きを止めた。
トーズは赤い道を目でたどって、転がった頭を止めた存在を見る。
「レオ……いつから……」
この部屋に入るときにトーズ自身が破壊した扉の前には、いつもと少しも変わらない表情で、レオナルドが緩く壁にもたれかかった状態で、晴れた日の空のように青い瞳をトーズの方に向けていた。
その姿を見た瞬間、トーズは身体の芯が冷えるような感覚がした。
(いったい、いつからそこにいた?
気配がしなかった、いや、どこから聞いていた?
すべて、聞いていたかもしれない、俺が……盗賊の息子だったことを)
トーズは盗賊頭を殺しても何も感じることはなかったというのに、レオナルドに見られていたとわかった瞬間、羞恥や罪悪感、他のいろいろな感情がぐちゃぐちゃになって、わっと心の中に湧き出してきた。
トーズ自身も無理に自分の過去を隠したかったわけではないが、できる事なら知られたくなかった。
この国では盗賊というものは重犯罪人だ。
略奪の恩恵を受けて生活している盗賊の家族も、捕まれば自動的に重犯罪人になってしまう。行く末は命を絶たれるか、炭鉱労働者しかない。
そんな重い罪の元に生まれたことを、トーズは
全身から血の気が引く様な感覚を持ちながら、トーズはレオナルドを見つめていた。
レオナルドは無表情のまま、なんて事ないというように、ただその場所に佇んでいる。
ただ……じっとりと重い、雨雲のような雰囲気を携えながら。
「なんで、戻ってきたんだ?」
トーズが盗賊達を生かしておかないことをレオナルドは気づいていた。そしてレオナルドがある程度理解して部屋を出ていったことを、トーズもわかっていた。
だからこそ思う。
なぜ、何のために戻ってきたのかと。
レオナルドは転がってきた頭をじっと、感情の起伏なく見つめる。
盗賊頭のよどんだ瞳はレオナルドを見つめるのに、その遺体からレオナルドは目を背けることもしなかった。
「手伝おうかと思って」
レオナルドがまるで掃除の手伝いを提案するような、いつもと変わらない声色で言う。
表情も声色も普段と何も変わらないが、トーズはぞわりと何かわからない悪寒を感じて身を震わせた。
「ニューマンは、どうした」
「……ちょっとお仕置きしてきた」
レオナルドは盗賊頭から目を離し、トーズと目を合わせた。
トーズには今までの過酷なスラムでの生活や、子供の頃盗賊達と共に過ごしてきた経験から、人が嘘を付いているのかどうかをある程度見極めることができた。けれど今は何もわからなかった。いつもと変わらないレオナルドがそこに居るだけだったからだ。
ぞわりと全身の産毛が立つような感覚にトーズは襲われた。
変な気配がするのだ、まるで強い魔獣に始めてあった時のような、そんな生存本能を刺激するような、何かの気配がするのだ。
「レオ、お前…………ナニを、連れてきた」
強張った顔でトーズは聞く。
普段のレオナルドからは感じられないような、禍々しい空気を感じたのだ。
周りの盗賊達も、外に連れていかれ、唯一いい扱いを受けていたであろうニューマンが今いないことを不気味に思っており、息を殺している。
「なにも? 僕ひとりだけだよ」
外側だけは、普段と変わらないレオナルドは血で出来た紅い道を踏まないように、コツコツと靴音を立てながら近づいてくる。
その手に持つのはナタは夕日の赤い光を反射していた。
レオナルドは盗賊達の前まで来ると、無表情であるが優し気な表情を盗賊達に向ける。
黙っていれば天使かと言われそうなその顔を見ても、盗賊達は誰一人、レオナルドを救世主だとは思う事はない。ただただ不気味な子供だとカタカタと歯を震わせる。
「一応最初に聞いておくけど、
突然、信仰対象を聞かれて、盗賊達は眉を
盗賊達は全員がそろって無言で首を振った。
「そっか、教えてくれてありがとう。トーズ、盗賊に家族がいるかどうかを聞くんだっけ?」
「あ、あぁ……けどべつに、お前がしなくても」
「手伝うって言ったじゃないか」
外見だけは普段と変わらないレオナルドにトーズは顔をしかめた。
トーズはレオナルドの雰囲気がいつもと違う、変だと気づいているが、いったい部屋を出た先で何があったのかは分からなかった。
レオナルドは盗賊の一人に近づいて、トーズが盗賊の頭を殺す決定打となった事を質問した。
「家族はいるのかな?」
「い、いない!! 俺は独り身だ!」
質問された盗賊は早口で必死に言った。「家族がいる、お前みたいな息子がいる」と言った盗賊頭がどうなったのかを理解しているからこそ、必死に言っていた。
そんな盗賊の一人を前に、レオナルドは「あーよかった」と笑って見せた。
その表情を見て、心底盗賊はほっとする。良かったと、自分は選択肢を間違えなかったと――
「あぁ本当によかった。君に家族が居たら僕の目覚めが悪いからね」
「えっ……?」
「安心して、僕は君らみたいにただ地面に放置するだけなんてしないよ。
ちゃんと生まれ変われるように神に祈って埋葬するからね」
レオナルドの手に持っていたナタは夕日の赤い光を反射しながら、赤い血潮を巻き上げる。刃物により頸動脈を切り裂いたからか、まるで雨のように赤いモノが降り注ぐ。
その場にいた誰もが、レオナルドの友達であるはずのトーズでさえも――
一切の戸惑いを見せずに、優し気な口調のままそんなことをしたレオナルドに背筋が凍っていた。
血の付いたナタを音がするような勢いで振り、血液を飛ばすと、これから食事でも食べに行こうというような雰囲気でレオナルドは口を開く。
「あまり気分のいいものじゃないね、これ」
「よくて、たまるかよ」
トーズはぶっきらぼうにそう答えることしかできなかった。
どこかの金持ちが捨て去った廃屋敷……その日そこで生き残った盗賊は誰もいなかった。
唯一、口すらきけない手首のない盗賊をレオナルドやトーズは殺さなかったが、それも地下牢から解放した女性たちにより、めった刺しにされて死んでしまった。
後に発見された、死体だらけのこの屋敷は、お化け屋敷と呼ばれる事になるのだが、それはまた別の話――
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お読み頂きせんきゅー!巻末の挨拶をすっかり忘れていたので、見てない人はごめんなさい。いつも感謝です*\(^o^)/*
次回:トーズの過去は樽の中
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