第41話 薬草治療中



 ゴリゴリと何かを磨り潰すような音で、僕は


 鼻に吸い込まれる森林を煮詰めたような変な香り、ぼーっとしている頭で最初に目に入ってきたものは、岩を削ったような見知った天井だった。


 僕の部屋の天井だ。


 窓を眺めれば外が暗いのにのにも関わらず、天井に僕が貼り付けた光石ひかりいしからの明かりが降り注ぐ。

 まだ回らない頭で考える。いつの間に眠ってしまっていたんだろうか……


 東の森から帰っている途中から記憶がない。

 最後に見た光景はなんだっけ……あぁそうだ、たしか今見ている天井と似た、地面だった。


 僕は街にたどりつく前に倒れたのだ。


 ずきりと傷んだ額をさする。頭から倒れ込んだのだろうか、頭には包帯が巻かれていた。

 光石ひかりいしの明かりが自分の今の身体を照らす。ところどころに包帯が撒かれていて、森を煮詰めたような緑色の草を塗りたくられて、まるでゴブリンのようだ。


「やっと起きたのかい、ずいぶんと悠長に眠ってたようだね」


 聞きなれた声がして目をそちらに向ければ、ゴリゴリと乳鉢と乳棒で薬草を磨り潰している、薬草屋さんのお婆さんがいた。


 いつもかぶっている厚手の真っ黒なベールを僕の小さな勉強机において、使っている杖は壁に立てかけて、しっかりとした立ち姿で、森を濃縮したような臭いがする物体を磨り潰していた。


 僕自身の身体からも強烈にその臭いがする。


「……くさい」


「失礼な子だね。私が治療してなきゃ、あんた一週間は眠ったままだったよ」

「どれだけ寝てました?」

「丸三日だね」


 そんなにも眠ってしまっていたのかと驚愕する。

 ほとんど使ったことのなかった身体魔法の影響だろうか、それとも人を殺してしまった精神的な事が原因なのだろうか。


 脳裏に浮かぶのは、命乞いをする盗賊達の姿だ。


 どうしても許すことができなかった。

 街に戻ってギルドにでも報告をしたら、自分が直接手を下す必要なんてなかったというのに。ケリをつけたいと思うほどに、あの時の僕は抑えきれない怒りを抱えていた。


 時間がたち平静を取り戻せば、妙な高揚感は落ち着きドッと罪悪感が押し寄せてくる。

 そして同時に、僕のあんな姿を目の前で見ていたトーズや惨状を後から目撃したジェリーは、僕のことをどう思ったのかを考えると、寒気が押し寄せてきた。


「何をぐるぐる考えてるのか知らないけどね、あの子らは泣きながら私んところにアンタを連れてきたんだ、しゃんとしな」

「え?」

「血まみれだったからね、教会は大怪我だと思って断ったらしいよ。ただでさえスラムのガキさ、金があるなんて思わなかったんだろうね。

 私は心優しいから宝石で手を打ったけどね」


 冗談めかして薬草屋のお婆さんは笑う。いつも頭を覆っている黒いベールがないからか、綺麗な新緑色が混ざった金色の髪が揺れて綺麗だ。その髪から覗く耳は火傷を負っていて痛々しそうで……

 いや違う、切り取られたあとだ。耳の上半分、本来人間ならば無いはずの場所にある傷跡、その場所に切られた痕があるという事は、つまり。


「あの、おばあさん」

「相変わらず失礼な子だね、いい加減名前覚えなタニザだよ」

「タニザさんは耳長人エルフだからいつもベールを被ってるんですか?」


 驚くように目を見開いたタニザは乳棒を持ったまま、片手で耳を覆った。


 その行動を見て、言うべきじゃなかったと気づく。

 この港街ハンデルでは獣人やドワーフに対する差別なんてないようなものだったから、すっかり忘れていたのだ。王都では種族が違うというだけで不自由を強いられるということを……


「すいません失礼なことを言ってしまって、ただ初めて出会う種族だったので言ってしまっただけで」

「……わかってるよ」


 少しだけ目を伏せながら、タニザはシワの多い口元をきゅっと結びながら言う。火傷の後のように切り取られた耳は、昔あった悲劇を物語っているものなのかもしれない。そう思えば、僕はなんて不躾なことを聞いてしまったのだろうか。


「変な気を使うんじゃないよ、これは私自身がやったことだよ」

「え?」

「……エルフってのは悲しい生き物でね、人間と同じ時間を歩めない。私は人間になりたかったんだ。

 その方法が耳を切り取るなんて馬鹿な行為だったのさ」


 自重地味にタニザさんが笑う。

 エルフの長い人生に何があったのかは分からなかったが


 その時、階段を下りてくる音が聞こえた。

 扉を開く前から、誰がやってきたかはわかる。


「ほら、きたよ、死ぬほど心配してたんだ、元気な姿を見せておやり」

「はいっ」


 傷んだ身体で扉を開いてやってくる大切な友達を安心させるために、ミシミシと痛む身体で、僕はベッドから立ち上がると同時に扉が開く。

 目を見開いた赤い髪のジェリーと、青い髪のトーズが少しだけ固まっていた。

 ジェリーは大きく見開いた眼を潤ませると――


「レオッ!!」


 身体ごと僕にぶつかるように抱き着いてきた。


「ぐぇっ」


 カエルみたいな声を出して、僕は起き上がったはずのベッドに再び倒れ込む。

 ジェリーは半泣きでぎゅっと強く僕を抱きしめるが、包帯にまかれた身体が軋む。


「いたいいたい!」

「ああ! ごめん! あたしったら!」

「だ、大丈夫、へいきだから」


 僕の身体から手を放しワタワタと慌てる涙目のジェリーを見る。

 愛らしい、いつものジェリーの姿だ。その顔にも身体にも傷一つなく、元気そうで……

 やっと戻ってきた日常に、僕はほっと胸をなでおろす。


 そして東の森からの帰り道、倒れていなければ、話したであろう事を、大切な友人である二人に打ち明けようと思った。


「君たちに言わなきゃいけないことがあるんだ……」


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