第34話 トーズの戦い



「子供は好きなんだ、来てくれて嬉しいよ」


 盗賊頭はそういうと、心底楽しそうにケラケラと笑っていた。

 ただ、優しそうに垂れ下がった眼の奥は、蛇のように嫌らしい眼光が揺らめき、僕らを足の指先から、内腿うちももを這うように、ゆっくりと視線で舐め回す。

 体を這い回った視線は、堪能し終えたかのように、僕の後ろにいた、縮こまって何もできないニューマンへと移される。


 その瞬間、いやらしかった目つきは獣のソレへと変貌した。


「あぁニューマン生きてたのか報告はどうした?」


 盗賊の仲間たちを引きずってきたニューマンは廊下から部屋に入ることが出来ず、縮こまって歯をガチガチと鳴らしながら「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」と何度も繰り返している。

 内心冷や汗をかきながら僕は盗賊の頭に交渉を持ちかけることにした。僕としてはジェリーを返してもらえれば、それでいいのだ、後は騎士団あたりに報告してしまえばいい。


「あなたがこの盗賊団のお頭ですね。

 仲間を返して欲しかったら地下牢のカギを渡してください」


「そんな交渉は成立しないってわかって言ってるだろ?」


 盗賊のボスは、唇を三日月型に吊り上げてて舌なめずりをしながら笑った。

 分かってはいた、あの手首を見た時からわかっていたけれど、血を流すことなく大切な友達が救えるならそれでいいと思っていた。


「レオさがれ……」


 小さくトーズが口にする。戦闘体制に入ると言う意味だろう。

 トーズの額には脂汗が滲んでいて、剣をすでに構えていた。僕もナタに手をかける。

 今一番面倒なのは、後ろにいるニューマンに襲い掛かられることだが、怯え切っている子ウサギのような男にはなにも出来ないし、盗賊頭も命令は下さなかった。


 盗賊頭は傍らに置いていた、不思議な輝きを放つ上等そうな剣を手に取ると、椅子からボスはゆらりと立ち上がった、と思った瞬間、盗賊の身体がほのかに青白く光った――


 次の瞬間、青白い肉体強化魔法を使った盗賊頭は僕の目の前に居た。

 頭上へと剣を振り下ろされる、僕も急いで身を守るために腰のナタを引き抜こうとした。


 ガチャンと刃物と刃物がぶつかり合うような金属音。

 僕の前には、同じく身体を青白い魔力を纏ったトーズが盗賊頭の剣を防いでいた。 


 予想していなかった盗賊頭の速さに不意打ちに近いその剣に、一拍置いて、僕の体からはどっと汗が噴き出す。



 反応できなかったのだ。



 集中力を大幅に使う"神の眼"を使いすぎたからか、それとも相手を見くびっていたからか、相手の動きを予見する程の集中すら保てなくなってきているのだ。


「俺が相手だ。レオ、手を出すなよ」

「わかった、ごめんトーズ」


 多分トーズは僕が疲れている事を気づいている。

 さっきだって魔力の残量を確認してきた。多分トーズは魔力がもうないから疲れが出ていると思っているのだろう。

 魔力はまだあるにはある。問題は集中の続かない自分自身の未熟さだった。


 空気を吸って息を整える。

 トーズはああ言っているが、一人で相手にできるとは思えない。もう一度気を引き締めたら、トーズが一人で戦いたいとしても、手を出すつもりだ。


 盗賊の頭の持っている剣からは本当に嫌な気配がする。

 たくさん血を吸っているのだろうか、なんだかまがまがしく感じる。


 金属がすり合う嫌な音を立てて、トーズと盗賊頭の剣同士がぎりぎりと双方の刃を削ってゆく。大人相手だろうが、トーズは一歩も引かなかった。


 単純な力比べで圧倒できないと分かったのか、盗賊頭は頬を引きつらせ、少しリーチを開けたあと、剣を構え直した。

 少し膝をかがめ、脚を肩幅程度に開けて、剣の刃先を天井へと向けて、鋭い目で相手の動きを見る。


 あれは確か、騎士団での構えだったはずだ。

 これでも僕は騎士になりたかったのだ。この国の騎士の剣の構えは知っている。形ばかり真似をして、剣術教師のゾーダによく怒られたから、一目みてわかる。


 盗賊頭は瞳をカッと開くと恐ろしい速さで軌道を描きながらトーズへと剣を打ち込んでくる。


 ギリギリのところでトーズはよけるが、触れたか触れないか程度の斬撃でもトーズの服の裾を切り裂いてゆく。

 今までちゃんとした大人の剣裁きは剣術教師のゾーダしか知らないが、盗賊の頭を張っているこの男も相当やるように見えた。けれどに気になっていることもある。


「トーズ! その剣に気を付けて」

「なんでんな当たり前の事――うぉ! あぶねぇ」


 トーズは盗賊頭からの剣を寸前のところでまた避けて、今度は自分の剣を盗賊の頭に打ち込む、だが、それもすぐに止められる。

 秒すら間をおかず、二人は剣を打ち合わせる、力ではトーズが押されているが、速さでは勝っていた。


 盗賊の額に、汗が伝っている。

 予想外の強さに焦っているような盗賊に対し、トーズはまだ余裕があるのか、いつもと変わらない様子だった。

 双方が肉体強化の魔法を使っているせいで、力強く剣を打ち合うことで、細剣サーブルでもないのに、剣が大きくしなる。



 ギリギリと剣同士で互いの身体を押し合う。

 一本指を呼ばせば届くほどの近接戦闘での睨み合いに、トーズも歯を食いしばって力をこめる。

 だが盗賊の頭はにやりと笑った。そして同時に……


 さっきからずっと気になっていた、気配のする剣が青白く光った――



「トーズ引け!!!!」



 ニヤケ顔の盗賊頭は、トーズの顔めがけて目つぶしするかのように、唾を吐きかけた。

 突然のことに反応が遅れたトーズをしり目に、青白い魔力発光をしている剣が、今まで防いでいたはずのトーズの剣をまるで紙を切るかのように裂いていった。


 僕は思わず身を乗り出してトーズの襟首をつかむと、自分の方へと思いきり引き寄せた。


「坊や、さっきから勘がいいな、でも強い友達はもう使えないぞ」


 盗賊の刀には少量だが血がついている。

 かすった程度だろう。


 けれど、僕の手に掴まれているトーズの様子がおかしい。

 トーズは青い顔で額に脂汗をにじませ、ヒューヒューと浅い息を吐いていた。


 盗賊は笑ったまま、僕の方へと近づいてくる。

 全身の力で速くトーズを引きずり、ニューマンのいる廊下側へと飛びのいた。


「その魔剣の特性は毒か」

「ただの毒じゃない、解毒剤は俺しか持ってねぇ毒だ。そいつはもうじき死ぬ。

 安心してくれ、死なれちゃあ困るから解毒剤は使ってやるよ、殺すのは楽しんでからでも構わないだろ? 悪い子にはお仕置きをしなくちゃあな」


 楽しそうにこれからの予定を語る盗賊頭を尻目に、僕はトーズの肩へ手を触れながら相手にバレない様に、治癒魔法を開始する。蛇や植物の毒なら多少工夫がいるが、魔法による毒ならば、聖女様から習った治癒魔法が使えるからだ。


「小僧殺したらニューマン、その次はお前だ覚悟してろ」

「ごめんなさいボスごめんなさいごめんなさい、おれ弱くて、ごめんなさいごめんなさい」


 ニューマンはすっかり怯え切っていた。これじゃあトーズを連れて逃げろとも言えない。盗賊頭のことを怖がっていて、少しでも動けるのなら、安全なところにトーズを連れて行ってもらいたかったのだ。

 誰も頼る相手はいなかった。僕が守らなきゃきっとトーズもジェリーも死んでしまう。初めてできた友達なのだ。


「トーズ! 毒が回るから絶対にそこから動くなよ!!」

「わ、わかった」


 だいぶ回復した。集中力もかなり戻ってきている。すべてはトーズが時間を作ってくれたからだ。

 僕はまだ新しいナタを握りしめて盗賊の元へと近づく。


「先に一つ質問していいかな、聞ける状態になるかどうか分からないし」

「なんだ?」


 にやけ、余裕の盗賊を見据える。僕を完全に舐めているのだ。これから一方的な虐殺が始まるなんて思っている。

 けれど僕としても一応聞いて起きたいことがあった。この機会を逃せばたぶん聞く余裕もなくなるだろうと思ってのことだった。


「聖女様のこと……好きか嫌いか、どっちかな?」


「聖女ぉ? あの役立たずだった奴のことか? アレを好きな人間なんているわけないだろ」


 盗賊頭は馬鹿にしたようにケラケラと笑う。

 僕にとっての、良心の呵責なんてものが、その発言で綺麗さっぱり消えてしまっている事なんて知らずに――



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いつも読んで下さり感謝です!


次回:魔剣には負けん

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