第35話 魔剣には負けん



 僕はナタを手に持ち、一歩一歩間合いを見ながら盗賊頭に近づいてゆく。

 万が一にでもトーズの方にやいばを向けられては叶わない。

 余裕気な顔の盗賊頭は、すっかり僕のことを、見くびっているようだった。仲間はトーズが一人で仕留め、僕は付き添いだとでも思っているのだ。


 僕が剣術教師ゾーダから教えられた「どれだけ弱く見えても決して見くびるな」という初歩の初歩の初歩の教えすら、忘れてしまっているようであった。

 そしてその自信の出どころは十中八九、男が握っている毒をもった魔剣まけんによるものだろう。


「どこから買ったのかな? 初めて見たよ魔剣なんて」


 嘘だ。


 僕の実家には魔剣が沢山あった。

 代々異世界からの召喚を担っていたモリス家は、初代勇者からたまわった魔剣に加え、代々の当主たちが魔剣の収集家だったこともあり、それなりに見慣れているものだった。

 けれど盗賊頭の持っているソレは僕が実家で見慣れていたモノとは少し違っていた。


 魔剣はその言葉通り、魔法を練り込んだ剣であり、普通ならば魔石が備え付けられている。

 一級品となれば大変高価な品だ。今回の魔剣の特性である"毒"を見たところ、特別いい剣だとも言えないが、それでも盗賊程度が持っていて良いようなものじゃない。


「お前は本当に目いいし勘もいいなぁ……これはなぁ俺の初めての戦利品でなぁ。

 ちょうどお前くらいの年頃だっけかなぁ、貴族のかわいいかわいい女の子がいてよ、そいつの兄の剣術教師だったんだ俺は」


「へぇ、剣術教師……そうとは思わなかったよ」


 剣術の教師をするには実力不足に感じた。

 どこかの貧乏貴族が金を惜しんで雇ったのかもしれない。剣術教師の比較対象はゾーダだが、普段は脚を引きづっているゾーダよりは格段に弱く感じた。


「教え子の妹がかわいくてなぁ、可愛くて可愛くて……

 ちょっとだぜ? 俺はちょーーーっと触っただけなんだ。

 なのにあいつら!!! 俺をクビにしようとしやがった。 変態だなんだとぬかしやがる!! 俺の騎士としての経歴も何もかもズタボロだよ。


 だからさぁ……殺されても文句はいえねぇよなァ?」


 文句しかないだろ、クズめ。とは思ったが、別に目の前の男の生い立ちなんてどうでもいいのだ。


 被害者には同情はするが、僕が同情したところで被害にあった人が救われるわけではない。今僕に関係があるのはただ一つ、目の前の男に勝つ方法だった。

 互いの身体が魔法により青白く光りを放つ、魔剣にトーズを切った時についた血が吸い込まれてゆく。


 通常魔剣には上質の魔石が使われているが、この剣には見当たらない。魔力の補給は切った相手の血から行っているのだろう。血を吸う事で使えるなんて、まるで吸血鬼だ。


 船底掃除で、金属のヘラに魔力を移した時のような光を魔剣は放っている。

 原理は身体強化の魔法と同じだ。魔石や練り込んだ魔法により、剣を一時的に強化しているのだ。


 僕はぐっとナタを握る手に力を入れ、盗賊頭の腹部にナタを打ち込めば、盗賊頭は相変わらずのニヤけ顔で、ナタを正面から魔剣を使い受け止めた。


「無駄だ、普通の剣じゃ魔剣にはかてねぇよ」

「さっきから思ってたけど、よく喋るね」


 カンッと音を立てて、ナタが弾かれる。魔剣は青白く光っていて、その鋭さを極めていた。まともに打ち合えば僕のナタは紙切れのように切れるのだろう。

 余裕気な盗賊頭は僕に切りかかってくるが、頭上からの斬撃、目の前に繰り出される突き、はたまたわき腹を切ろうと力任せに振るった剣をすべて避けてゆく。身体強化の魔法を使えば、普段より動きに速さが出る。相手の剣を見切ればそれに対応して動けるのだ。



 盗賊頭が使う騎士流の剣技というものは流れがある。

 僕が騎士に憧れて形だけ真似したのをゾーダがこっぴどく怒ったのは、そこにあった。


 -騎士の攻撃は俺からしちゃあ見え見えなんだよ-

 そう、僕の部屋でハーブティーを飲みながら悪態をついていたことを覚えている。現にゾーダから教えられた剣の技はいかにして相手の裏を掻くかが主流であり、とても褒められるような教えとは思えなかったが、それも今なら重要性が分かる。


 僕にかわされた盗賊頭の剣先はわき腹近くの服をかすめる。

 いくら魔剣だろうと、当たらなければ意味がない。トーズが先に戦ってくれていたおかげで、ある程度相手のパターンも把握できた。打ち込むのに失敗すれば、相手は力任せに避けられないように、身体ごと僕に向かってくるだろう。

 一斬ひときりで勝負がつく魔剣を持っているからの作戦だ。


「くそってめぇっ」


 当たらない剣にイラついてか、盗賊頭は悪態をつく。

 そして案の定僕に身体ごと向かってきた。魔剣さえ当たれば、ナタを魔剣で切ってしまえば、僕に勝機がないと思っているのだ。


 ガキンと音をたてて、ナタと魔剣が触れ合う。

 ナタなんて薄い金属は、魔剣により簡単に切り裂かれる、そう目の前の男は思っていたのだろう――



 指先からナタへと魔力を流しこんでゆく、濃度の高い僕の魔力はすぐにナタの薄っぺらい金属を満たしてゆく。

 ほんの一瞬の出来事であった。


 盗賊の頭が持っていた魔剣は、まるで紙を切り裂くような音を立てて真っ二つに切られた。折られたのではなく、僕の魔力を流し込んだナタは金属を押しったのだ。


 盗賊頭は魔剣が折れたことに、状況をつかめず目を白黒させている。


「は……お前なんで、これは魔剣だぞ!!! 折れるわけっ」


「安物の魔剣でも持つと自信がつくのかな。

 貴族の沢山持ってる魔剣の中から魔石すら付いてないソレを選ぶなんてセンスがないね」


「ふざけんな、魔剣を選べる立場なんて、大貴ぞ――」


 言い終わらないうちに折れていた剣の半分を拾い上げて盗賊頭の脚に刺した。

 地面に倒れこんだ盗賊を僕は少し見下ろすと、触って少し治癒魔法を流し込んでやる。これで死ぬことはないだろう。


 戦闘が終わりトーズの方を見れば、あんぐりと口を開け、何か言いたそうに口をぱくぱくと開閉させている。


「おま、おま、魔力切れじゃ……いやできるなら最初からやれよ!!」

「いや、あの時はトーズが塞いでくれなきゃ僕が切られてたよ。僕は不意打ちには弱いんだ」


 ぱくぱくと餌が欲しいコガモのようにトーズは口を動かす。


「ていうか、魔剣を折るなんて……」

「あれ、船掃除のときにしてることと同じ原理だよ。トーズもできるだろ?」



「できるか!!」



 ちょっと前まで毒で死にかけていたトーズは元気そうに叫んだ。



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次回:かわいそうな ひと たち

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