第33話 手招きする盗賊



 眠らせた盗賊たちを引きずって、ニューマンの言うボスがいるという場所に向かう。

 盗賊たちを回収していっているのは、怪我を負っていたとしても、全員目覚めて集団で襲い掛かられると困るからだ。ボスに手下の盗賊たちを起こさせて助太刀されるのは嫌だし、いざというときの交渉材料として、相手の仲間は使えるかもしれない。


 相手がどんな恐ろしい相手だったとしても、かなわないような相手だとしても、オークではなく一応人間なのだし、人質交換の交渉次第でジェリーを返してもらえると思ったのだ。


 地下牢から出たトーズは、普段の調子を取り戻していた。

 むしろ先ほどより殺気立っている。ジェリーの閉じ込められた姿と何人もの被害者を目にして、僕と同じようにふつふつと怒りが沸いてきているのだろう。


 魔力を道に這わせ、摩擦を少なくさせて、ニューマン自身も身体強化の魔法使ってはいるが、仲間達を一人で引きずっているその足取りはとても重そうであった。


「レオ、残りの魔力はどれくらいだ? もうないだろ?」

「そうでもないよ」

「ならいいんだ」


 少し眉尻を下げてトーズが聞く、僕の魔力切れを心配しているのだろう。


 たしかに今日はいろいろと使いすぎた。

 身体を綺麗にするための水魔法と風魔法、"神の眼"を沢山使い、そのうえ盗賊たち一人一人に睡眠魔法をかけた。けれどまだ大丈夫だ。

 ジェリーを攫って泣かせたクズを、懲らしめるくらいには余裕がある。



 ボスのいる場所へ向かう途中から、ニューマンの案内は必要なくなった。


 なぜならまるで、深い森で迷子にならないようにと月夜の道しるべと使われていた光る小石のように、血痕による道しるべが描かれていたからだ。

 血痕が続く道の先、レリーフが掘られた重そうな両開きの扉の前には、手招きするかのように――


 切り取られた手首が一つ置かれていた。



「ひぃっ」


 ニューマンは切断された仲間の手を見てすっかり萎縮してしまっている。盗賊頭は思っていたより恐怖政治で仲間を支配していたようだった。トーズも僕と同じことを思ったのか、おびえているニューマンを見て無言で眉を顰めていた。


「気を引き締めよう」

「あぁ」


 先ほどトーズが聞いてきた通り、僕自身の魔力も相当少なくなってきていたけれど、外から部屋の中を観察するために、"神の眼"を使用する。魔力と集中力がゴリゴリと削られてゆくのを体感してはいるが、ここで惜しむわけにはいかなかった。


-霧のように細かく溢れろ、魔力は粒子となって、僕の眼になれ-


 見えない程に細かく魔力を分散させ、今日何度目かもわからない"神の眼"を使うことで、部屋の中の状態が見えてくる。


 扉の影には、震えながら侵入者である僕らを今か今かと待っている男を感知できた。

 その男には左手がない、彼は扉の前で僕らを出迎えてくれた手の持ち主で間違いないだろう。

 血をかなり失っているからか、それとも恐怖からか、震えているのが"神の目”を通してでもわかる。切り取られていない右手には刃物が握られていた。


 そしてもう一人この部屋には人間がいる。

 片手男の背後、扉から二十歩ほどまっすぐ行った壁の前に、椅子が置かれており、その上に一人体格のよい男が足組をして座っていた。

 この男からは恐怖で震えているようなことは少しも感知できない、ただしずかに、扉の方を見据えていた。


 僕はトーズに耳打ちする。


「扉の裏に一人、不意打ちをしようとしている、そこの手首の持ち主がいる。

椅子に座って様子を鑑賞してる奴もいる。多分そいつがジェリーを殴って仲間の手首を切り落とした奴だ」

「俺がやる」


 怒号を押し殺したような声で言うと、トーズの足首が青白く光りだす。

 トーズは身体強化魔法をめいいっぱい込めた脚を振り上げたかと思うと、脚は閃光を描き、木製の扉へと打ち付けられた。


 ドゴンっと大きな音が鼓膜に届くとほぼ同時。

 重厚だったはずの扉は、木片を散らせながら飛び散りただの木の板へと変わる。


 扉が開けられるものだと思っていた手首をなくした男は、想像だにしていなかった攻撃に、まるで馬車の前に飛び出した子猫のように固まっていた。


 今のトーズに躊躇ちゅうちょは微塵もない。ずっと我慢して鎮めていた、怒りの矛先が現れたのだ。


 砕け散った木片が地面に落下するよりも早く――手首を失った可哀想な男の顔面には、トーズの蹴りがぶち込まれた。


「がべぇっ!」


 変な音とともに床に沈んだ手首がない男、その姿をチラリとも見ることなく、トーズの眼光は、十数メートル先の、椅子に座りこちらをニヤケながら眺めている男へと向いていた。


 木の粉塵が晴れてゆく向こう側。

 まるで玉座に座る王の様に、盗賊のボスであろうその男は、三日月のような笑みを張り付かせていた。



「てめぇか、ジェリーを泣かせたのは」


 ワナワナと唇を震わせ歯を食いしばり、眉間にシワを寄せたトーズは唸る肉食獣のような表情で、椅子に座っている盗賊頭を目で捉えた。


「あぁ、あの赤毛の子はジェリーと言うのか、そうかそうか、姫を守る騎士がいたなんて知らなかったな」


 盗賊頭は楽しくて仕方がないと言うかのように笑みを深める。

 体格のいい体に、少しだけ日に焼けた肌、綺麗に髭が剃られた顎、油が回っていない茶色のサラサラの髪は、ここに居た盗賊の誰よりも盗賊らしくない。

 身に着けている衣服には汚れが目立たず、饐えた臭いもしない。まるである程度の地位にまで登りつめた軍人か、騎士のようだった。


 一見優しそうなその男に、トーズも僕と同じく気持ち悪さを感じていた。

 目の前の男は仲間の手首を切り取り、泡を食わされた子供を前に心底楽しそうな表情をしていたからだ。一瞬だけ優し気に見えるその男は三日月型の唇をさらに釣り上げる


「子供は好きなんだ。来てくれて嬉しいよ」


 僕らの背後では、まるで少しも気を抜くなと警告するかのように、恐怖で縮こまったニューマンの歯がガチガチと音を奏でていた。



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お読み頂きありがとうです^^

読者さんが増えてきてとても嬉しいです。楽しんで読んで頂けてたら作者はハッピーです。


次回:盗賊VS赤毛の姫の騎士

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