第32話 地下牢と怯えた子供



 僕が「ジェリーをさらったのはこいつだよ」と言うとトーズは案の定、僕が捉えた男を殺そうとしたので、必至になだめた。


 ジェリーを誘拐した盗賊は自信を喪失しているので、復讐をするなら、ジェリーの居場所や盗賊の内情をちゃんと聞き出してからにしてくれ、といえばトーズも苦々しい顔で納得してくれた。


 ジェリーを攫った汚い盗賊はニューマン名乗った。

 地下牢への道案内をさせながら僕は一つ一つ質問していった。


「仲間は何人?」

「20人だ」

「ふぅん、じゃあ残り2人かな、どこにいるんだろ」


 一人は十中八九地下牢で番をしているのだろう。けれどあと一人は?

 部屋数が多いこの屋敷の部屋すべてを"神の眼"で見ることは出来なかったのだから、どこかの部屋にひとり上手く隠れられたのかもしれない。


「人数すくねぇな、だからこんなところでバレなかったのか」


 眉を顰めながらトーズが言う。

 20人と言えば結構大規模だと思うんだけど、どういう事だろうか。

 僕が「分からない」というように首をかしげれば、トーズは続けて言ってくれた。


「村を襲うにはもうちょっと人数がいるからな。この分だとめちゃくちゃ強い奴もいねぇみたいだし、商人を襲うようなショボい仕事してんだろ」

「んだと!! ガキのくせに生意気なんだよ」

「今それカンケーねぇだろ。立場わかってんのか」

「くそっ……」


 僕が間に立っていなければ、今にも殴り合いを始めそうな勢いだ。

 最もニューマンは後ろに手をくくられているので、トーズが一方的に殴って、ニューマンの顔が人間からジャガイモに変わるだけだろう。

 それもいいんだけど、時間を無駄にしたくないので話を続ける。


「ジェリー……赤毛の女の子は無事? 怪我一つしてないだろうね?」

「おっ、おれは、おれは何もしてねぇ、あの子は、ちょっと、ちょっと転んだだけだ」


 慌てた様子のニューマンに何かがあったことを察した僕は、嘘がつけないようにじっとニューマンの目を見て聞く


「嘘をついたとしても、ジェリーに聞けばすぐわかるんだよ?」

「ボスだ、ボスが殴った! おれはなにもしてねぇ。誓って!」


 転んだだけなんて、すぐバレるような嘘でボスをあたり、ボスは怖い存在なのだろう。

 けれど僕の一言で保身に回るのだから、ニューマンはボスより自分が何より大切なよだった。


 トーズは僕の横で無言で殺気立っている。

 誰よりもボスをぶちのめしたいことだろう。


 入り組んだ廊下を進み、廊下の突き当りにある隠し扉のような棚を開けば、そこには地下へと延びる真っ暗な階段があった。

 どうりで発見できないわけだ。元々は金持ちの隠し倉庫かなにかだったのだろう。


 階段脇にかけてあった松明をニューマンに持たせ、真っ暗な階段を息を殺して降りる。

 盗賊の仲間が二人ないしは一人、確実に居るからだ。

 ニューマンを先に歩かせて、不審な動きをすれば殺すと言えば、相当弱っているのか、ニューマンは無言で首を縦に振っていた。


 地下牢への道はジメジメと湿っていて、僕の部屋の地下室よりはるかに環境が悪いことが感じ取れる。すえたような臭いと血と鉄が混ざったような変な臭いに、松明の燃えるコゲの臭いが合わさって、たどり着く前から地下牢の環境の悪さを想像してしまう。


 やっとニューマンが階段を降りたところで、ニューマンの姿が見えたのだろう、見張り番の男の声が聞こえた。


「おおニューマンじゃねぇか、会議はもう終わったのか? なら見張り変わってくれ、俺もボスに聞きにいかねぇと……おい、そのガキなん――」


 見張り番の男が言い終わらないうちに、僕らを指さした指が天井へと飛ぶ。天井にべちゃりと音を立ててぶつかった後に、流れ星のように血の軌道を描いて、指は地面に落下した。


「え、」


 盗賊の一人が一言つぶやく隙もなく、トーズは身体強化の魔法をかけた拳を、見張り番の男の腹部へと打ち込んだ。


 あーあ、あれ痛いんだよ。と頬を引きつらせながら僕は見張りの男に少し同情してしまう。トーズはかなり怒っていたから手加減なんてしてないだろう。


 丈夫であるはずの僕の腕の骨も折ったトーズの一撃を、お腹に食らえば肋骨の何本かは折れてしまっただろう。

 げろげろと胃の内容物を吐き出した見張り役の男を前に、トーズは顔をしかめながら、僕に顎で「やれよ」という様にうながしてくる。


 「はいはい」と返事をしながら、僕は吐いている男に近づき、何日も水浴びしていないような油でベトベトな髪に手を触れる。

 あたりに充満した酸っぱい臭いに少しえずきそうになりながら、魔力を相手に流し込む。


「眠れ――」


 僕が言うととほぼ同時に、糸が切れた操り人形の様に、男は吐いたものの上にダイブした。べちゃりと嫌な水音が地下牢に響いた。


 地下牢の番をしていた男の背後、簡素な木製の見張り番用の机と椅子がある背後、鉄でできた格子の先、何人もの若い女性たちに交じって、涙目を浮かべながら僕を見つめている、会いたかった赤毛の少女は居た。

 僕は鉄格子に駆け寄り、大切な友人の顔を見れば右側の額には少し血が滲んでいる。


「ジェリー、助けに来たよ」

「ふたりなら、きてくれると、おもってた」


 大きな瞳にたっぷり涙をためて、それでも雫がこぼれないように必死に耐えている女の子に、僕はなんだか罪悪感のような何かを感じた。

 僕が、もう少しちゃんとしていれば、ジェリーはこんな目に合わなかったかもしれない、トーズだけじゃなく僕もちゃんと心配していれば――


 あれ、と思い僕は後ろを振り向いた。


 こういう時にトーズなら一番にジェリーに駆け寄るはずだと思ったからだ。

 トーズはニューマンの後ろ、一歩下がった場所で、唇を噛みしめながら少し震えているように見えた。


 あぁ、そういえばトーズも地下牢が苦手だった、だからなのだろうか、ジェリーのいる地下牢に近づこうとしない。

 目が泳いでいる。ジェリーやジェリーの後方、捉えられた女性達を見ては動揺しているような、そんなおかしな挙動だった。


「トーズ、どうした?」

「なんでも、ない。 ジェリー、俺がすぐに出してやるからな」

「うん、でも鍵があるの、ここの鍵は頑丈だよ、魔法でも開かないような魔道具だよ!」 


 魔道具――

 それは魔法を込めた道具のことで、身近なものだと聖女様の卓上灯りがそれだ。

 魔道具の鍵なんてものは別に珍しいものではない。貴族の世界ではの話だが、魔道具の鍵は施錠せじょうすると扉や箱そのものが頑丈になる大変頼りになるもので、だからこそ貴族の間ではよく使われているものだった。


「ニューマン、鍵は? ボスかな?」

「そうだ。ボスが管理している」

「ジェリーすぐに助けに戻るからね、もう少しだけ我慢してくれるかな?」


「あたしは大丈夫! だから、絶対に無理はしないで、あいつやばいよ! 何が変とかは分からないけど、なんだか嫌な雰囲気がしたんだ」

「わかった。ありがとうジェリー、トーズ大丈夫? 行くよ」


 様子が変なトーズはあまりここに居させない方がいいだろう。

 ジェリーの後ろの人達に何かあるのだろうか、とチラリとみれば、そこそこ見た目が整っている女性たちがいるだけで別に何も恐ろしいことはない。


 いったいトーズは何を怯えていて、何に動揺しているのだろうか、と思いながら地下牢を出ていこうとすると、何故かニューマンに引き留められた。


「おっおい、こいつをこのままにしておくつもりか! 起きちまうぞ?」


 何故か仲間の方を見ながらそんなことを言う。嘔吐物で窒息死するのは可哀想とでも思ったのだろうか。

 仕方ないな、と僕は嘔吐物に転がった男をころんと転がして、まともに息をできるようにさせてやった。


「僕の睡眠魔法は解除するまで起きないよ。まぁ骨を折るとかのすごい痛みを加えるくらいすれば起きるだろうけど、そんなことする人なんてどこにも――」


 その時、ぎゃああああと遠くから悲鳴が聞こえた。


「……いたみたいだね」


 残り一人、この盗賊を仕切るボスとやらがやったのだろう。

 寝ている人間に容赦なく暴力をふるうなんて、普通の人間のやる事じゃない。


 ジェリーを開放するためには、不殺なんて余裕をもって行動することは叶わないかもしれない。


 少なくとも相手は僕ら侵入者に気づいた。

 もう最初の、僕らに圧倒的に有利な状況での闇討ちに似た真似は出来ないという事だ。たぶん会えばジェリーが警戒してと言った相手との本当の戦闘になる。



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お読みいただき有難うございます^^

読者さんが増えてとてもうれしいです!


次回:手と盗賊頭

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