第27話 助けた子と仲間達



 港街ハンデルにやってに来てから半年が経とうしていた。


 夜明け前に訓練として走り、日の出の頃にサメを空へ飛ばし、靴を磨いたり、街の外に行き採取の依頼をこなしたり、たまに出会う魔獣を狩って素材を集めたりと、なかなかに忙しい日々を送っている。


 文字も読めなかった子供たちのために、船着き場の片隅で青空教室も開設した。

 黒い大きめの木の板に、石灰で文字を書き、晴れの日限定でスラムの子たちを連れてきて、勉強を教えるのだ。


 毎朝のサメ飛ばしを見学した後に開始する授業は大人気だ。

 いつの間にか商人に雇われている、文字の読めない獣人達も見学に来ている。もちろん大人たちからは寄付という名目で靴磨き程度の金を求めたが、みんなこころよく支払ってくれる。


 夜は夜で魔法の勉強漬けの日々だ。

 独学は確かにつらいが、それでも聖女様は分かりやすく上級魔導書を描いてくれているので、勉強のしがいがある。戦闘魔法も実験動物という名の魔獣がいてくれるので、家にいたときより上達は早い気がする。



 スラムの子供たちも妊婦のような腹は徐々にへこみ、ガリガリだった腕にも少しではあるが、脂肪をまとってきている。

 少しずつ子供たちは元気になっていた。元気になるにつれて、多くの子供たちを世話しているジェリーとトーズは忙しそうだ。


 二人とも大人たちからの評判とは違い、世話をしている子供たちからの評判はすこぶるいい。トーズなんてボスとか呼ばれている。


「そういや最近ゲススみねぇなぁ、アイツしつこいのに」

「へぇそうなんだ」

「レオ、なんか知らねぇ?」

「さぁ? きっと夢でも追いかけてるんだよ。気にしなくていいんじゃないかな」


 そう言って僕は貝のスープを飲む。

 何度飲んでも、なかなかに美味しい。

 毎日同じ味では飽きるからと、ジェリーとが工夫しているみたいだ。将来は食堂でも経営してそうなほどに腕がいいと思う。


 メリー、彼女は脚に岩を落とされ複雑骨折をして、死にかけていた子だ。

 元気になった姿は、死の淵の手前まで行っていた姿とは打って変わり、かわいらしい女の子の姿を取り戻している。



 かつんかつんと棒切れで地面を突く音と共にメリーはやってくる。 


 メリーは杖を突かなければ上手く歩けない――

 僕は完璧には治せなかったのだ。



 足を引きずるメリーを見るたびに申し訳ない気持ちになる。

 きっと教会の治癒が上手な人なら完璧に直せただろう。僕が聖女様のように上手く治癒魔法を使えていれば、歪に骨同士を繋ぐような間違いを起こさなかっただろう。


「レオさん、メリーの杖を見るたびに、悲しい顔するのやめてほしい」


 メリーはしゅんと落ち込んだ僕と違い、明るく笑う。


 明るいブロンドの髪の毛が朝日に眩しい。

 首に届くか届かないかまでに、切りそろえられた髪は、風でさらさらと絹糸のように揺らめく。くりくりした目は小動物を見ているような庇護欲をそそられる。 メリーはジェリーと同じく、かわいらしい子だった。


 足さえ無事なら、沢山のことができただろうと、どうしても思ってしまう。



「勇者様が落ち込んでたら、助けられた人間は喜べないの」

「勇者? 僕のこと?」

「そうだよ、レオさんは、メリーの勇者様なの、国を救ったの勇者様と同じ」


 子供独特の舌ったらずな喋り方で、メリーは一生懸命僕に感謝の言葉を伝えてくれる。

 聖女様をこの世界に呼び出す原因となった男に、僕を例えるというのは少し複雑だが、感謝の気持ちはしっかりと僕にも伝わる。


「メリーごめんね気を使わせてしまって……あぁ、そうだ。今日の貝のスープはメリーが作ったのかな? 美味しいよ」

「ううん、メリーじゃまだ全部はできないから…」

「あたしと一緒に作ったんだよ。ふふん、おいしーでしょ! メリーったらあたしたちが仕事に行っている間色々味付け考えてくれてんの」

「やるじゃねぇかメリー、最近はチビ達もメリーのおかげで色々やってくれてるみたいだし、大助かりだぜ」


 妹のように思っているのか、トーズはメリーの小さな頭をわしゃわしゃとなでて、ジェリーもメリーの働きっぷりを褒めている。


 たしかに多くの孤児たちを抱えるスラムでジェリーとトーズだけでは手が回らないところが多々あるのだ。

 赤子に近いような子供の面倒だって見なくてはいけない、働きに出ているジェリーとトーズが居ないときににだって、色々家事をしなくてはならない。



 衛生環境を良くした方がいいと僕が言ったからか、スラムの子供たちは海や川の河口で身体を洗ったり、シーツを洗ったりと、今までよりすることが圧倒的に増えているのだ。


 昔のように、震えながら体力を削らないために、食料が降ってくることをじっと待っていた時より、行動範囲はかなり広がっているのだろう。そうなれば当然、自由に動き回る子供をまとめる統率者がいる。

 その役目を担っているのが、ジェリーとあまり歳も変わらないであろうメリーだった。



 杖を突いて歩くメリーに、子供たちは無茶は絶対しない。


 死にかけていたメリーの姿を知っているからこそ、やっと元気になったメリーに困らせることをする子供は誰一人居なかった。




***




 「今日は少し遠くの東の森に行こうか」なんてトーズと話し終わったあと、トイレから帰ってき道すがら、ジェリーに引き留められた。


「レオ、ちょっといいかい?」

「うん。なにかな?」

「メリーは、歩けないだろ? だから、戦いなんてものは出来ないと思うんだ」

「僕もそう思うよ」


 足を引きずっているのに関係なく戦えるのは、僕が知っている限り剣術教師のゾーダくらいのものだ。軍人にとっては当たり前かもしれないが、女の子にそれを求めるのはコクという話だ。


「あたしたちはいつか別々の仕事につく、ずっとここにはいられない」

「だろうね」


 ここはスラムだ、誰もがこの場所を抜け出したいと思っているはずだ。

 ジェリーだってそれでいい。


「ろくに歩けないあの子に、どうにか仕事をみつけてあげたいんだ、だから、レオ……

 あたしに、商人の仕事を教えてほしい」


 唇を震わせて、泣きそうな顔で、ジェリーは僕に懇願してきた。


 ジェリーは僕のことを大きな商家の息子だと思っているのだ。

 だが僕は元貴族で、商人の知恵みたいなものはよくわからない。貴族であったということはバラさなくても、訂正しなくてはいけない。


 けれど一つ気になることがある。


「僕が一人になるのを待ち構えてたのは、どうして?」 


 別に今じゃなくていいはずだ、これから森へ向かう道すがらにだって言えばいい、わざわざその他大勢が聞いていそうな街中で、僕を待ち構えてするような話じゃない。


 ジェリーの目が泳いでいる。

 明らかに動揺しているようだ。言えない理由や言いづらい理由があるとすれば、メリーに頼まれたとか、そういう軽く言えるようなことじゃないという事だろう。


 だとしたら言えない理由は……粗暴代表みたいなヤツしかいないだろう。



「あたしが、言ったって、ト…トーズには、ひみつに、していてほしい」


 絞り出すような声で、ジェリーは言う。


「……依頼から帰ってくるまでに、もう少し考えた方がいいと思う。

 君に教えることになれば、すぐにトーズの耳にも入るだろう? 隠し通すなんて無理な話だ」


「うん、わかってる、でも、おねがい」


 瞳に涙をたっぷりためられて懇願されるのにはどうも弱い。

 というより家を出る前の崩れ落ちて泣く姉の姿と、最期の日の聖女様が泣く姿をチラチラと思い出してすごく気まずくなってしまう。泣かれるのには弱い……答えが決まっていたとしても迷ってしまうんだ。


「なんでトーズに知られたくないの?」

「言いたくない」


 だだっこのように首を横にふるジェリーを前にして、僕はハァと内心深くため息をついた。


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お読み頂き有難うございます^^

次回:東の森

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