第26話 初めての対人戦?



「気づいたのか、そこのお坊ちゃんは勘がいいな」


 空気が凍る、今まで三人しかいないと思っていた空間に、第三者の声が響いたのだ。それも低い男の声で、まるで僕らの会話を聞いていたように、話しかけてきたのだ。


 振り向いた声の先には、髭を生やして痩せた、汚い皮の鎧を着た男がいた。


 古く茶色く臭いがしそうな服に、頬にへばり付くヘドロのような髪は、本来の色はわからない程にくすんでいる。茶色く日に焼けシミの入った頬をニット吊りあげて男は笑う。


 腰にぶら下げている大きな刃物は年期が入っているのか、持ち手の部分は持ちて部分に手の油がしみ込み琥珀色の光沢を放っている。長く仕事をしているという証だ。

 刃はかけているのだろうか、手入れが行き届いていないのか、太陽の光を歪めて反射していた。


「……なんだ、僕目当てじゃないのか」


 出てきた男を見て僕はホッとして言う。

 兄が雇うであろう殺し屋ならこんな貧相なはずはない。これじゃあウサギ1匹分の依頼料程度しか払ってないだろう。だいたい兄はゴロツキのような粗暴な人間に知り合いがいるとも思えない。


 人売りのたぐいだとしてもあまり怖くは感じなかった。

 子供三人の隙をうかがうのは用心深いのかもしれないが、武器の手入れも怠っていて、隠れてこちらを監視しているはずなのに、ろくに身体は洗ってもいないから匂いでばれるような人相手が強いとも思えない。


「新しい子分かトーズ?」

「ちげーよゲスス」


 どうやらトーズの知り合いのようだ。

 トーズはゲススと呼ばれた男が自分に突っかかってくるのを、当たり前のことのように対応している。なんだ心当たりあるじゃないか、言い争いをしている二人を眺めた。


「取り巻きはどうしたんだ? 今日は一人で散歩か? 今日はいい天気だしなァ」


 ニヤニヤと笑うトーズを前にゲススと呼ばれた男の顔は怒りを含ませてカッと赤くなる。わなわなと震えながら「いったい誰のせいでぇ」なんてうなっている。


「……トーズ、どれくらいかかる? 時間がかかる様だったら、ジェリーに魔法を教えておこうと思うんだけど」

「はぁ? お前俺を助ける気とかねーのかよ!」

「助けてほしいの? なら手伝うけど」


 相手はどう見てもトーズより強いとは思えなかったので、助けがいるとは思ってなかったが、求められるのなら協力はしたい。万が一のこともあるかもしれない。

 それに僕は外聞を気にしていなさそうな大人に、一つだけ聞きたいことがあった。


「そうだゲススさん、僕大人にひとつ聞きたいことがあったんだ」

「なんだ? くそ、トーズ二人がかりなんて卑怯だとは思わねぇのか!」

「子供相手にムキになってんなよーなぁ?」


 一呼吸おいて、僕はゲススに尋ねた。


「聖女様のこと、どう思ってるか、聞きたいんだ」


 少しだけ頬を吊り上げてにこやかに質問する。聖女様が世間ではどのように思われているか、どうしても知りたかったのだ。亜人と蔑まれている人達は庇ってくれた聖女様に好感を持っているらしいが、市民がどう思っているかは知らないのだ。

 ゲススは訳の分からないといったように首を傾げていた。


「聖女だと? んなの決まって――」

「いい、俺一人でやる。レオは手を出さなくていい」


 ゲススの声を遮ってトーズは強張った顔で早口にそう言った。

 気が変わったのだろうか、ゲススの答案は聞きたかったが、何やらトーズが緊迫したような表情をしていたので、僕も追及しようとは思わなかった。殺さない限り答えはいつだって聞ける。


「そう、じゃあ頑張って。でも助けがいるなら言って」

「いらねぇよ、ばーーか」


 べぇっと舌を出して言うトーズに、ゲススは怒りで赤くなったのを通り越して赤黒くなっていた。

 血が頭に上るというのはこういうことなのかと、わりとどうでもいい事を思う。


「確かにトーズが負けるわけないからね、レオあたしに魔法教えてよ、次の冬を乗り切れるあったかい魔法を」

「まかせて」


ジェリーの手を取り、先ほどの続きの魔法講座を開始した。



***


「つまりね、魔法っていうのは僕らの血液、つまり赤い血の中をめぐっていて、そこから取り出すように操るんだ」

「ふむふむ」

「僕らは想像や命令を身体の中の魔力に命じて、色々な現象を生み出している。治癒魔法なんてわかりやすいね怪我を治す命令を魔力に出してるんだ」

「なるほど」

「全身をめぐる魔力を想像するとね、やりやすくなるよ」

「へぇ~」


 僕らが地面に枝で記号や説明を書きながら教えている少し横で、トーズとゲススは戦っている。


「観念しろクソガキ」

「やだね、だいたいアンタが嘘ついたから俺にやられて、嘘がバレて仲間に見放されただけだろ!」

「お前が大人しく言うことを聞いておけばよかったんだ!」


 ガチャンガチャンと金属同士がぶつかるような音が聞こえる。ゲススは長い剣で、トーズは手入れのされり減った短剣で、リーチは圧倒的に違うのにトーズはうまく防戦している。


 むしろ押されているのはゲススだ。動きが鈍いわけじゃない、決して弱いわけじゃない。トーズが強いのだ。目の動き、小刀を扱う手つき……戦い慣れている。路地裏で短時間の戦いで隙をつかなければ自分も危なかっただろう。


「でね、だから身体の中をめぐる魔力が手の平に集まるように、そしてそれは暖かいものだって想像してみて、雪の日に包まる毛布みたいに、暖かいものが手のひらに集まってくるように」

「あ! ほんとだ、ちょっと暖かくなってきたかも」

「いいね続けて、今度は毛布じゃなく、暖炉の前に手をかざした時の暖かさを……」


 とろんとジェリーの目が心地よさそうに細められる。微睡まどろみのような表情だ心地がいいのだろう。握った手からはまだ暖炉とまでは言わないが、体温より暖かい熱が伝わってくる。


「はっ、トーズお前寝取られてんぞ」

「ちげーよちげーよばーーーか! レオくそっ、てめ」

「ジェリーも集中してるんだから集中しなよトーズ。ほら、注意しないと」


 ゲススが振り上げた剣を危ういところで、トーズはよけて、確実に仕留めたと一瞬でも油断してしまったゲススの隙をついて彼の腹部を蹴り上げた。

 肉体強化の魔法を使って蹴り上げられたゲススは、大人であろうとも数メートル飛び上がり、カエルのつぶれたような音と共に落下した。


 そんなゲススを見ることもなく、トーズは頬を膨らませてツカツカとこちらへとやってきたあとに、何やら言いにくそうに口をもごもごと動かしている。


「レオ、その……手を、つながないと、魔法は教えられないのか?」

「いや? 教えやすいから手を握ってるだけだよ。

 あぁ仲間外れみたいで寂しかったんだね。 はい」


 そう言って僕はトーズに手を差し出した。

 きっと僕とジェリーが手を繋いでいるのを見て、仲間外れで寂しくなってしまったのだ。

 子供だなぁなんて思いながらも、仕方ないな~という微笑ましい気持ちで目を細めた。きっとみんなで手をつなぎたかったのだ。


「ちげーよ!!」


 猫のようにフーっと威嚇しながら、トーズは思い切り僕の手のひらをパシンとはたいた。




***



 トーズによれば、戦いを挑んできて負けた奴のふところをまさぐって、金品や換金できそうなものを奪うのは当然のことらしい。

 騎士の決闘のルールではそういった略奪行為はご法度だったため、へぇと関心する。

 多分賠償を兼ねているのだろう、勝利したからと言って今回のように無傷とは限らないからだ。


 全部奪っては可哀想だからと、食費程度は残して、ゲススが取り集めた薬草や鉱石を手に入れることが出来た。その中の鉱石を僕はじっと見つめる。薬草はわからなくても宝石や鉱石の類はまだわかるからだ。

 その中でかなり小さいけれど見覚えのある鉱石を見つけた。魔力を加えると強い光を放つ石で、家で照明として使われている鉱石だ。


「これ、小石くらいの大きさだけど光石だね」

「光石って高いやつだろ? 売れんじゃねぇか?」

「うーん僕が貰おうかな、地下室が暗いから明るくしたいし」

「いい、それいい! はやく明るい部屋にしてよ、遊びに行くから」


 ジェリーも大賛成していることだし、照明も欲しいのでこの小石は僕が貰おう。買うと高いし、見つけるにはどこを探せばいいのかもわからない。

 食糧やなんかはジェリーとトーズが喜々として盗っていた。今夜は子供たちもなかなか豪華な食事をとれることだろう。


 収穫物をギルドへもっていけば、使えない雑草の多さに驚かれたが、薬草やキノコはちゃんと買い取ってもらえた。指紋が溶けるキノコは特に高かったみたいだ。素手でとったと言ったら、少々引かれた。



 街の外はいいなと、掴み取りしたウサギを手土産に宿へと帰る。ちょっと宿代か飯代をマケてくれるかもしれない。ギルドからの報酬を地道に貯めていかなくてはいけない。王都へ行くのも結構旅費と宿泊費がかかるのだ。


 暗くなってきた街は酒の匂いと楽しそうな、大人たちの声があふれていてまた昼と違った賑わいだ。明るい時間には仕事と色々忙しかった人たちも騒ぎ出す。

 そのついでに今、僕の後ろをつけている人もやってきたのだろう。


「少しお金は残してたと思うんだけど、足りなかった?」

「……お前に恨みはねぇが、トーズには痛い目を見てもらわなきゃならねぇ」


 ゲススだ。なかなかに元気そうだった。


 僕は喋りながら、腰にさげている買いたての小刀を触る。ウサギに使っただけでまだ綺麗なものだ。切れ味はよく、値段分のいい働きはしてくれている。

 こんな暗い道でやりあうならば、きっと命をはった戦いだ。ゲススは手加減する気はないだろう。僕だって手加減なんて今までしたことがないのでわからない。


「トーズに勝てないけど、僕になら勝てると思ったのかな?

あぁそうだ……あなたと戦う前にちゃんと答えて貰わないとね、さっきはトーズに邪魔されちゃったから」


「なんだ?」


 いぶかし気に眉をひそめるゲススに、僕は笑顔を向けた。



「聖女様のこと、好きか嫌いか、どっちかな」



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次回:助けた子供とジェリーの夢

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