第28話 東の森へ行こう



 街道をごろごろ、と木製の手押し車を引っ張り森へと進む。

 見習い大工から安く買い上げたそれは、多くの材料を街に持って帰るのに大変役立っていた。

 ぬかるんだ道だと使えないので、雨が降った日には役立たずだが、こうして遠出する時に狩ったものが多ければ多いほど、手押し車は役に立つ。


「これのおかげでかなり楽になったぜ、オークを担いで帰らなくていいしなぁ」


 楽しそうにトーズが手押し車を引きながら言う。

 まるでおもちゃを与えられた子供のように、手押し車を離そうとしない。車輪が地面の上をくるくると回るのが楽しいらしい。

 僕も小さなころ聖女様から頂いた、馬がいない赤い馬車のおもちゃが好きだったので、多少気持ちはわかる。


 ちなみにこの手押し車は二代目だ。一代目ははしゃぎすぎたトーズが、手押し車で木に体当たりして粉砕してしまった。

 僕もさすがに怒ったため、以降は手押し車を押すのではなく、引いている。ちなみに手押し車を作った見習い大工は、粉砕された作品を見て少し泣いていた。


「ジェリーほらキイチゴだぞ、食うか?」

「今はお腹すいてないから大丈夫」

「じゃぁ腹が減ったら食うんだぞ?これから行く東の森はな街の奴らからいい狩場があるって聞いたんだ、チビ共に持って帰ろうなァ」


 ジェリーが少し落ち込んでいるのを気づいたのか、いつも以上に明るく振舞っているように見えた。

 そんな二人の横で僕はどうしてジェリーが文字や数字を知りたいということを、トーズに知られたくないのかを考えていた――



 多分トーズはジェリーのことを家族の様に大切に思っている。

 そんなトーズがジェリーの望んでいることに反対するとは思えない。斧を振るったり魔獣との近接戦闘など危険そうなことは、徹底して反対するが、それ以外はジェリーの好きにさせている。


 女の人は嫁に行ってしまうから教育を施すのを無駄だと、考える市民もいるそうだが、トーズがそんな馬鹿な考えを持っているとは思えない。

 ならばどうして秘密にしたいのだろう。反対どころかむしろ応援されそうなものなのに……



「おーい、聞いてっか? んだよレオもツレねぇなァ」

「あぁ、ごめんちょっと考え事してた。なんだっけ、ゴブリンがオークに勝つ方法の話だっけ?」

「んな話してねーわ」


 いつもより元気のない僕たちに気づいてか、トーズは眉をしかめはしたが、特に何かを聞いてくるということはなく「そういや最近魔石の値段さがったよなァ」なんて世間話を始めた。


 しばらく街道を東に進む。街道は商人たちが荷馬車を率いて行き来していて、明るい商人たちは「いい材料があったらギルドなんかじゃなく俺んとこに売ってくれよ」とか「最近森には人間を丸のみする魔物が出るらしいから危ねぇぜ」なんて声をかけて通り過ぎてゆく。


 荷車を引っ張っている僕たちは、お使いで村から街へと素材を売って、帰ってくる子供にでも見えたのだろう。



 最初は頻繁に横を通って行った商人の荷馬車も街道の分かれ道から、めっきり見なくなり、僕らは目的地の東の森へと到着した。


 川のせせらぎと鳥の声と、森の木の匂いで溢れている豊な森だった。

 街道から森の入り口だというのに、あまり人が踏み入れた形跡がなさそうで、たしかにトーズの言う通り中々の穴場かもしれない。春の茸が取り放題だろうし、肉も魔獣も入れ食いで捕れそうだ。




***



 ころころと僕の足元を、豚と人間を掛け合わせたような、オークの首が通り過ぎてゆく。

 自分が殺されたことにも、気づいていなさそうな表情をしたままのオークの頭は、紫がかった血の道を作っていった。

 手に持っている刃物に、べっとりと血をこびり付かせたトーズはハァと深いため息をつく。


「ゴブリンじゃなくてオークが俺様に勝つ方法を考えた方がいいんじゃねぇか?」

「彼らにソレを考えられる頭があれば、人里に近いところには住み着いてないさ」

「あ、オークの皮剥ぐんだよね? あたし水くんでくるよ」

「ありがとうジェリー、頼むよ」


 ジェリーは手押し車から壺を取ると、駆け足で近くの川へと水を汲みに行った。滝の水音がここからも聞こえるので、今日は泥沼の水やじゃなくて綺麗な水でオークの血を洗い流せることだろう。


 トーズと二人で解体作業をしてゆく。

 血の匂いにつられて他の魔物も来る可能性があるので、素早く作業を行う。


 オークの脂身を剥いで手押し車に置いている木箱に入れる。オークの脂身は安いロウソクや燃料になる。

 オークの皮を上手に剥いでゆく、オークの腹の皮は安めの紙になる。 

 オークの心臓の右隣にある魔石を取る。これはそこそこの値段で売れるし、僕も魔法の練習なんかで使うので、上質なものほど嬉しい。



 初めて人型の生き物を手にかけたときは、かなりショックで夢にまで見たが、2、3日……1週間と連続で人型の魔獣を殺してゆけば、案外平気になっていった。人間というのは図太いものである。

 あらかた作業を終えて、取り出した魔石を太陽に透かし、純度を見ながら僕はトーズに問いかける。


「はぐれオークかな、1匹しかいないし、仲間はどうしたのかな」

「いつもは、だいたい3匹くらいはいるよなァ」


 オークは少し強いからか、ゴブリンたちの様に集団で生活はしていない。

 よほど心地のいい場所を見つけた時だけ集落をつくってしまうので、そういう場合は高額な討伐依頼が出されるが、僕らには関係ないことだ。


 3匹程度ならば、ジェリーが後方支援をして、トーズと僕で隙をつき1匹ずつ数を減らしてゆけば結構勝てる。

 ジェリーが火を少し使える様になったおかげで、かなり楽に狩りが出来る。僕らははたからみてもいいチームだと思う。


「最近あんま人が行かねぇって聞いたから大収穫だと思ったんだけど、ろくな鉱石もなけりゃ魔獣もいねぇ、失敗だったな」


 はぁとため息をつきながらトーズは地面を蹴った。


 当初の期待とは違い、キノコも街の近くに生えているものと同じようなものしかなければ、薬草に関しては街の近くの方がマシな部類である。


 鳥の声はしていたのに大きな鳥は見かけず、居たのは小鳥程度、動物だって猪や牛を見かけることもなく、居るのはリスくらい……やっと見つけた魔獣は迷子にでもなったのか、小さめのオーク1匹だけだった。

 他にはなにもない。ゴブリンも居なければスライムも居ない。普通なら森に居るはずの魔獣たちがここには一切いなかった。


 トーズに蹴り上げられた地面が土と共に、雑草がひらひらと舞い上がる。

 よくよく地面を見てみれば、たった1種類だけ規則正しく生えている見覚えのある薬草が目に入った。そしてソレを見た途端、僕の背筋にはツゥっと嫌な汗が伝う。


「ねぇ、トーズこれって魔除草まよけそうだよね」

「あんまり効かねぇで有名で買い取りもやっすい草だな、それでもこんだけ生えてりゃ魔獣も寄り付かなくなるかー! 納得納得!」


「トーズこれ、誰かが植えたものだよ。誰かが意図的にここらに植えたんだ。トーズ、人が寄り付かなくなったのは最近? この近くに何かある?」


 そこまで言うとトーズは、一瞬固まったあと、さっと血の気が引いたように顔を真っ青にさせた。


「ジェリーッ……」


 つぶやくように、ここに居ない少女の名前を呼んだその声は、いつもの粗暴で陽気なトーズの声とは違い、か細く悲痛を含んだような、今にも泣きだしそうな声だった。


 青白い顔のトーズはジェリーが居るであろう水辺へと全力で走り出した。

 僕もすぐにその後を追う。すごく嫌な予感がしたからだ。



 どうして早く気づかなかった。

 水音が聞こえるほど近くに水を汲みに行ったのに、オークを解体し終えるほど時間が経っているのに、帰ってくるのが遅いと、どうして気づけなかったんだ――



 川辺に転がった水くみ用の壺、その周囲には行きしにトーズがジェリーに渡した、食べられることのなかったキイチゴが転がっている。

 水を含んで粘土状になった地面には小さなジェリーの靴跡……

 そして大きな大人の足跡がくっきりと残っていた。



-----

お読み頂き有難うございます。^^

評価や感想ハートお気軽に送ってあげて下さい。とても励みになります^///^


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る