第24話 薬草屋のおばあさん


 地下牢という名の素敵な部屋から出て、ジェリーとトーズを見送ろうとした時、トーズはおもむろに僕の前に握り拳をだして、開いて見せた。


「これやるよ」


 トーズの小さな手のひらには、白くて三角の形をした少しトゲトゲがついている、よくわからないモノがあった。何かの骨だろうか、トーズの首元にも少しく汚れてはいるが、同じような三角の骨が紐にかけられて揺れている。

 訳が分からず首をかしげる。


「なに? なんの骨?」

「あぁ、これはな――」


 自信満々にトーズはふふんと鼻をならす。


「サメの歯だ」

「いらねぇ」


 思わず自分らしくなく口調が乱れてしまう。

 冗談だろう、サメの歯? いらないいらない、いったい何の意味があってあんな恐ろしい生き物の歯なんてものを持ち歩かなきゃいけないのか、魔獣が持つ魔石ならまだしも、サメの歯には魔法は含まれていない。そんなものに興味はなかった。

 いらないといった僕にトーズは頬を膨らませ、隣のジェリーは呆れ顔だ。


「んだと! これはなぁ、悪いモンから守ってくれるんだぞ!」

「僕そういうおまじない? 信じてないんだよねー。ジェリーにあげなよ、喜ぶよ?」

「あたしはもうトーズに貰ったから」


 ジェリーは苦笑いしながらポケットから白いサメの歯を取り出す。

 たしかにトーズなら、お守りなんてものは一番にジェリーにあげているだろう。


「だいたい初耳なんだけど、サメの歯が何かから守ってくれるって」

「母さんから聞いたんだよ。俺が初めて殺したサメの歯はジェリーにあげた。レオは持ってないだろ? だからさ……」


 唇を尖らせながら伏目がちにトーズは首から下げている、少し汚れたサメの歯を触る。汚れというより年季が入っているように見えた。だれかから譲り受けたもの、たぶんトーズは母親から貰ったのだろう。

 好意で僕にサメの歯を渡そうとしてくれていたことは分かっていた。そして僕にとっては眉唾のおまじないでも、トーズは真剣に捉えていることも分かった、ならば無碍には出来ない。


「そんなにいいものなら、自分でサメを殺したときに手に入れたいな。その方が悪いモノを自力で殺せそうだろう?」

「……ふっ、たしかにな。おめーはつえーからな、これはガキ共にあげることにする」


 いらないと思うけどなぁ。なんて本音は言わずに、僕はこくんと頷いた。もう日が暮れてきている、街でちょっとした用事を済ませる僕とは違い、二人はまだまだ忙しい。

 宿に部屋を取れる僕と違い、ジェリーとトーズはこれからスラムへ戻り、子供たちの食事と面倒を見なければいけないのだ。


「じゃあまた明日の朝な」

「じゃあねレオ」

「うん。寝坊しないでね」


 僕は曲がり角で手を振りながら、背を向けて歩く、小さくて細い二人の背中を眺めていた。

 誰も頼る人間なんていない街で、サメの歯なんてものに縋ることくらいしかなかった。たった二人で多くの子供たちの面倒を見ていたのだ、まじないを信じたくなる気持ちもよくわかる。


 二人と、そしてスラムの子供たちのために、なんとか生活を立て直させてやりたいと強く思った。


 僕はギルドへと行き、明日の任務である子供にもできる薬草採取と、そしてまた船掃除の任務を受けた。驚愕しているギルドの受付や冒険者達を無視して受付を済ませて、さっさと建物を出る。


 街は夜になってしまえば真っ暗になり、買い物なんてできないし、お店だって早々に閉まってしまう。店が閉まる前に家具を見て、明日の為に武器を買っておきたい。

 ついでに薬草屋にも寄ろう、なにせ僕は貴族育ち、生の薬草なんてものを今まで一度たりとも見たことがなかったからだ。どういうものに価値があるのかを一度見ておきたい。



「前くらい見て歩けよクソババァ!!」


 武器屋へ行こうとする道すがら、そんな怒号を聞いて声の方向に顔を向けた。そこには怒鳴り声をあげた若い男の前に、転がった杖と、お婆さんが土に膝をついていた。


 道を歩く人は男の声につられるように、その方向を向いたがすぐに興味をなくし歩き出す。

 お婆さんに怒声を浴びせた男はお婆さんの横に唾を吐くと、大股で歩き出した。僕は誰も何もしない周りの群衆たちを見て少し嫌な気分になりながら、お婆さんに駆け寄った。


「大丈夫?立てますか?」

「手を貸してくれると助かるよ」

「はい。大通りは馬車も通るし危ない、送りますよ」


 差し出した手を握り、ゆっくりと立ち上がる老婆、そのか細い手に聖女様のことを思い出す。

 老婆はシワの深く刻まれた顔に綺麗な髪をしていた。まるで黄金に翡翠ひすいを混ぜ込んだような年の割には美しい髪色だった。

 火事にでもあったのだろうか、耳の形が不自然に歪み、耳の上半分にやけどの跡がある。

 落ちていた黒いスカーフをさっと取ると、まるで教会に居る修道女のように耳までかぶり、見えないように覆われてしまった。

 僕は地面に転がっている杖を取るとお婆さんに持たせて、重そうなかごを代わりに持った。


「ここらの子じゃないね」

「はい。引っ越してきました」


 おばあさんは杖を突いていると思えないような、しゃんとした足取りで歩き出す。

 男が声を上げていた事と杖が転がっていたことから、足が不自由なのだと思ったのだが、そうでもないらしい。

 それとも剣の師匠であるゾーダのように、杖はアクセサリーなのかもしれない。ゾーダも普段は杖を突いているくせに走るし、引きずっているはずの足で僕を蹴るので、杖を突いている人達は全員足が悪いという事はないのだろう。


 土煙を舞わせる馬車から距離を取って、僕はお婆さんの自宅というお店の前まで来ていた。

 看板は葉っぱをかたどってあり薬草屋だと書かれていた。


「お婆さん薬草屋なんですね。似合ってますね」

「失礼だよクソガキ」


 おばあさんはケッと悪態をつくと、僕の持っていたかごを奪い取った。


「お礼はこれで十分だろ? 満腹草と水溜コケさ、売ったらお小遣い程度にはなるよ」

「ありがとうございます。ちなみにここらに自生してるものですか」

「そうさ、街から出て頑張って探せばある」

「薬草の種類とかって教えて貰えません?」

「ぼうや、誰も見返りなく人は助けないんだよ。まだ小さくて分からないみたいだけどね」

「それは、さっきのことですか?」


 お婆さんは多分あの男性に、ぶつかられて倒れたのだろう。それを群衆は見て目を逸らした。だれも杖を突いていて、足が悪いであろうこの人を助けようとはしなかった。見返りがないからだ。

 お婆さんは僕の質問には答えなかった。まっすぐ見返したお婆さんは綺麗な薄紫色の目を伏せて、早口で言った。


「……薬草は普段人が入らない森の中に多い、何かの影や水辺を探す。区別がつかないんなら適当に摘んでギルドに持っていきな」

「有難うございます。あ、お勧めの武器屋ってありますか?」

「しつこい子だね、さっさと行きな!」

「わかりました、さようならお婆さん」


 素直じゃ無さげなお婆さんに別れを告げ、速足で武器屋へ向かう。

 もう街の商店は閉まりかけていた。絵柄だけで店を確認して足早に武器屋に向かう。看板を見れば絵柄でどこが何屋かはわかるのだ。文字が読めない人ように、店主たちも色々工夫をしているのだろう。


 少しだけ外観がよさそうな武器屋へ入り、お勧めだというナタを購入した。少し値は張ったが、冒険者が使うものらしいのだ。あとなんかカッコよかったので小刀も買った。そのあといくつか店を回り、宿へ着くころには、僕の1ヵ月分あったであろう財布は、あと2日もつか持たないか程度しか残っていなかった。


 これじゃぁジェリーとトーズを手助けするなんて、どの口が言うんだという話しだ。計画的に使うとは何だったのだろう。地下牢改め僕の部屋で一人、袋状の財布から全財産の銅貨数枚を取り出して、木箱の上に並べ頭を抱えたくなった。


「机を買うお金もない」


 聖女様が使っていた卓上灯の光が僕を照らす。

 僕自身の食費の為にも毎朝の船掃除をした方がいいだろう。すくなくともそれで1食分はまかなえるのだ、あとはランディさんとジーナさんの夕食を、僕の分も安く作ってもらえるらしいので、それでなんとか生活はできるだろう。


 けれどこんなカツカツの生活で、本当にもう一度王都へ行けるのか。

 ちらりと本屋を覗いた限りでは、紙は大変に高い。これじゃぁ木板を100枚買った方が安上がりである。けれど紙を入手できたところで、ここには勉強机ひとつない。

 小さめの机は、文字が書ける人間やお茶を飲むような身分の人の家具なので、安い値段では存在しない。大きい机はこの地下室には運び込めない。どうしたものか……


「そういえば聖女様の書かれた本に、生活の知恵の本があったな」


 木箱を開けて、該当の本を手に持ち、卓上灯の前に持ってきて、文字を読み上げる


「ええっと『君にもできる楽しい でぃーあいわい』? 板や釘や必要なものは、"ほーむ”? ”せんたー"で買う?」


 謎の言葉が沢山ある。分からな過ぎたので、流し読みをして諦め、その日は早々にベッドへもぐりこんだ。





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