第22話 しゃくに触る話




 飛び込んだ、深い蒼ディープブルーの水の中。

 その巨大な生き物は、なまめかしい灰色の背、強そうなヒレ、そして純白の美しい腹よりも、白い歯を携えて、僕らを待ち構えていた。


 彼らの活動領域にやってきた僕らを歓迎するかのように、にっこりと笑うように白い歯を見せているサメを目の前に……


 僕の身体はヘビに睨まれたカエルのように硬直した。

 間違えて水中で息をしてしまわなかったことが、この状況で唯一の幸運だったと回らない頭で考えるのがやっとだった。


 硬直している僕の横でトーズはニヤリと得意げに笑いを浮かべる。トーズの右手がぼわんと青白く光ったかと思うと同時に、こちらに大口をあけてこちらへと向かってきた、大きなサメを――


 文字通り殴り飛ばした。



 水面をはねる魚のように、巨大なサメは水面へと舞い上がり、様子を見ていた商人たちの「おおー!」という歓声と共に、水面へと叩きつけられる。かろうじて生きているのか、先ほどまで僕の命を危険に晒していたサメは、まるで負け犬のようにそそくさと、沖へと泳ぎ去っていった。


 状況をうまく飲み込めず、唖然としている僕にトーズ向き直ると、安心しろと言うようにニッと笑って、ぐっと親指を立てた。


 -トーズと喧嘩はやめよう-


 確実に食われると思われるほど、自分が捕食対象でしかないと本能的に思わされるような、巨大なサメをふっ飛ばし、得意げなトーズを見て僕は誓った。




 息を止めながら、トーズは船の方を指差す。船底にはびっしりと、でこぼこした貝がはり付いている。種類は分からなかったが、まるで小さなツボのようであった。小さなツボ貝の他にも、岩のようなものも船底にこびり付いている。どうなったら木製の船に岩が引っ付くのか分からないが、そぎ落とさなくてはいけない汚れの一部なのだろう。見た目が少しグロテスクだ。


 泳いで近寄ってきたトーズは「見てろ」とでもいうように、コテを顔の前に出すと、身体の魔力をコテへと流れさせる。淡く青白い光を放つ鉄のコテを貝と貝の間にぐっと差し込んだかと思うと、ずるっと、まるで木の皮を剥ぐようにして貝を採って見せた。


 僕もトーズがしているように、魔力をコテへと移し、船底にへばりついた貝の隙間に差し込む。かっかっと岩を鉄で殴りつけるような感覚がするが、なかなかトーズのようには採れない。力を加えてなんとか剥がれた貝を籠に入れれば、上出来だったようで、トーズはぐっと親指を立てた。


 息継ぎのため水面に浮上すると、心配気な顔をしたジェリーが出迎えてくれた。


「大丈夫だったの? さっきサメが飛んでたけど」

「あぁ、まさかあんなにでかいサメがいるとは思わなかったけど、トーズがやっつけてくれたよ」

「トーズはあたしらの中じゃ一番強いからね」


 自分のことのように得意げに言ったジェリーがほほえましくて、僕も微笑んだ。

 トーズが水面から上がってくると、なぜかジェリーは照れるように顔を赤くさせていた。

 トーズか顔にまとわりつく潮水しおみずをぬぐうと、にやりとした笑顔を僕に向けた。水に入って汚れが取れたのか、黒色の髪だと思っていたトーズの髪は海の色に溶けてしまいそうな、深い蒼色をしていた。


「はじめてとは思えねぇほど上手ぇな」

「そうなのかな? トーズがしているようには貝が取れないね。結構硬いや」

「そりゃ俺は長いことやってるからな、それでも魔力をコテに入れれない奴ほとんどだ。

へなちょこだと思ってたけど、さてはお前、結構やるな?」


 いたずらっぽくトーズが言うので、僕も口元を吊り上げて言い返す。


「君を倒すくらいにね」

「あれは油断してただけだ。そんなこと言ったら次サメが来たときにやっつけてやんねぇぞ」

「ごめんごめん」


 笑いながら2人で軽口をたたき合う。

 出会いは最悪であったが、僕らの間に確執のようなものはなさそうだった。少しの息継ぎという名の休憩を終えると、僕たちはまた海中への仕事へと戻っていった。



 サメが2,3度空へ舞い上がり、籠が採取した貝でいっぱいになった頃、僕はへとへとで陸へ上がった。水の中にいるということは思った以上に疲れるらしく、まだ朝だというのに、一日中走り回り訓練に明け暮れたような疲れようであった。


 めいいっぱい籠に入った貝を引き上げると、一切疲れが見えないトーズは太陽の位置を確認すると

「案外早く終わったな」

 なんて海水が染み込んだ服を絞りながら言う。


「すいごいね、いつもは何人かで2時間くらいかかるのに今日は1時間くらいで終わったじゃない」

「あぁ今日は楽だったな、サメも少なかったし。誰も死ななかったし、レオは作業はえーし」


 まだ1時間しかたっていなかったとは正直驚いた。もう夕暮れの頃だと思っていたからだ。


「この仕事の報酬が初心者向けの中でも高い理由がよくわかったよ。こんな仕事、値段を上げなきゃ誰もしないからね」

「あぁだからここに来れば仕事がとりあえずはあるんだ。生きて帰れるかは別だけどな、なはは」

「わらえないって」


 はぁ、とため息をつきながら、貝がいっぱい入った籠を持ち上げる。海の中だと軽く感じたが、地上にでるとなんとも重い。たぶん自分の体重くらいあるなと思いながら担ぎ上げる。

 僕らが終わったのを察知したのか、それとも途中経過を見に来たのか、トニックがやってきた。


「坊主どももう終わったのか」

「はい。今終えた所です。この貝はどうされますか?」

「そこらへんに捨ててくれ。あ、ぜってぇ海には戻すなよ? また船底にひっつかれちゃぁかなわねぇ。カゴはあとで船に持ってきてくれりゃいい」

「わかりました」


 採取した貝はどこに捨てればいいのかは、この仕事になれているトーズがよく知っているだろうし、ゴミに出したら、ジェリーとトーズと一緒に朝食でも食べに行こうかな、なんて思っていたらジェリーの口から耳を疑う言葉が聞こえた。


「ごちそうね!」

「あぁ、チビたちも喜ぶぜ」

「え? コレを食べるの?」

「もちろんだ。捨てるの勿体ねぇし、ガキ共の大好物なんだぜ?」

「ほら、あたし達あんまりお金ないからお肉とか買えないからさ、これがお肉の代わりなんだ」

「でも、この、小さなツボのような貝は、ええっと毒とか、ないのかな?」


 カゴいっぱいの貝を見ながら聞く。

 というのも僕は貝を食べたことがなかったからだ。


 僕が育った都の貴族の間では川のマスやシャケを食べることはあっても、海のものを口にすることはない。鳥や龍のような空を飛ぶ神の近くにいる肉を貴族は好んで食べていたし、市井で飼われている豚でさえも上級貴族は下賎だと言い食べることは、ほとんどない。

 僕も豚を口にしたのは、聖女様の小屋へと移り住んでからのことだ。


 魚はかろうじて冬になると毎回聖女様が作ってくださるフィッシュパイを食べることはあっても、それは川魚。

 海にいる魚は食べたこともないし、ましてや船底にこびり付いていたグロテスクな貝を食べた経験なんてあるはずもない。味も想像がつかない。


「うめぇんだぜ?」

「あたし達のごちそうなんだ」


 自信満々に胸を貼りながら言う二人を真栄、一人だけ拒否をするわけにもいかないし、僕が知らないだけで街の人たちにとってはごちそうなのだ。ここで暮らしていくのなら、二人と食事をともにしない訳にはいかないだろう。


 籠を抱えて三人で、ジェリーとトーズの暮らしているスラムへと向かう。

 ギルドでの仕事ができない子供たちにとっては、船底の貝取りは貴重な仕事であり、同時に食料源でもあったのだ。今は能力のある人間がトーズしかいないせいで、ずいぶんと久しぶりの貝らしかった。


 スラムにつくと、腹を空かせた子供たちがわらわらとやってきた。昨日と変わらず、ガスでぽっこりと妊婦のように膨らんだ腹が痛々しいけれど、きっと今日みたいに普通の仕事をしてお金を稼げれば改善するだろうと思えた。



 そして驚くことに、ジェリーの作ってくれたグロテスクな貝のスープは、すごくすごくおいしかった。



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お読み頂きせんきゅー。

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次回:ぶんぶんはろー地下牢

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