第10話 懇意じゃない婚姻
追い出される期間が近づいてきている今も、相変わらずの日々が続いている。
食事時にだけ食べ物を持ってくる無口な使用人たち、2週間に一度、外に出れる日々
たまにくる剣術のゾーダ先生も相変わらずで、散々僕をヘトヘトにした後、お茶を飲んで帰ってゆく。
羊皮紙もなくなった。
聖女様が遺してくれた本と同じように、同じ本内にまったく別の内容を書き込む魔法を習得したかったが、いまだに習得には至っておらず、くすねた薪にメモを取る毎日だ。
家族が今何しているのかも分からない。兄だけはたまに僕の様子を見に来て鼻で笑ったり、僕を噴水に投げ込んだり、拳骨を浴びせて帰ってゆく。
姉は何をしているのか分からない。使用人たちの話から去年から王立学園に通っているらしい、という事だけは分かった。
いつものように僕は木剣を振るう、吐く息は真っ白になり僕の口元から湯気のようにあふれ、汗をかいている肌からは蒸気が見える。
足を踏み込めばギシギシと雪のつぶれる音が聞こえた。
季節は冬になっていた。
遠くからギュッギュと降りたての雪を踏みしめる音が聞こえた。ゾーダ先生かと思ったのだが、近づいてくるまでが遅い、足の悪いはずの教師は、雪でも僕より早く進むので、ゾーダではないと気づき顔を上げ、音の方向を見れば、姉であった。
僕に話しかけることを父からは禁止されているのに、わざわざ会いに来たことと、姉の表情が、あまりにも強張っていたことから、何かがあったのかは分かった。
姉は僕の前まで来ると、腕を振り上げた。
あ、殴られる。と瞬間的に思った、腕を掴んで振り下ろされる手を止めることなんて、ゾーダ先生に何年も訓練を付けられた僕にとっては簡単なことだった。
けれど、そう出来なかったのは、姉が、
「あなたのせいだわッ!!」
ゾーダ先生かの拳骨からすれば、遥かに弱く頬が少しだけヒリヒリする程度の、弱い平手打ちと共に、発せられた声は、まるで悲鳴のようであった。
普段の気丈なふるまいをする姉からしてみればありえない行動、表情、声色、それらすべてが僕を硬直させた。
「あなたが召喚を台無しにしてから、家はめちゃくちゃよっ!
今朝っ、お父様に言われたわ、お金にまみれて肥えた商家の男に嫁ぐか、商家あがりの成金貴族に嫁ぐか……っ」
そこまで言って姉は言葉を詰まらせたが、皺をよせた眉を震わせ、真珠のような大粒の涙をこぼしながら言う。
「あの人の、もと婚約者の、妾にですって…… 妾よっ、妾、この
この家にはもう戻ってこれないわ、何をされても、どこにもっ、逃げることはできないわ……」
顔を両手で覆って、わぁっと泣き崩れる姉を前に、僕は何も言えなかった。
女中たちがあわてて駆け寄ってきて、
女中たちは姉を想う気持ちからか、僕を憎しみのこもった瞳で見つめる。
女中たちに連れて行かれながら、姉は最後に泣き腫らした顔で振り返った。
「最後まで、あやまらないのね」
「ねえさま、ぼく、あの」
「さようなら、レオナルド」
使用人に背中を支えられ、姉は来た道を戻ってゆく、寒さからではない寒気が僕の体を襲った。
一人だけその場に残った女中は僕を射殺さんばかりの目線で、怒りを含んだ声色で言葉を発した。
「レオナルド様が、この場所に移られてから、何があったのかをお話します。
お嬢様の言っていることが理解できなくては、このお寒い中、お嬢様が出向かれたことの意味が無くなってしまうので」
姉に長年勤めていたはずの、女中の言った言葉に僕は小さく頷いた。
事実僕が小屋に隔離されてからというもの家の事情にはとんと
寒い屋外だということで、小屋の中に入るよう勧めたが、女中は
「最初の召喚が失敗した時に、歴代引き継いできた魔術式の一部が欠けたことが災いしてか、いまだに新たな招き人は現れては居ません。
当初は王室からの援助金がありましたが、それでも今までよりは格段に少ない援助金であり、当主様は家財を売り、召喚に必要なものを買い揃えました。
ところで、レオナルド様は王立学園に貴族がどれだけ寄付金を出しているのかご存知で?」
僕は首を横に振る。
「私のような下級の家の出からみれば、それはそれは膨大な額でございます。
けれど貴族社会で生きてゆくのならば、学園への入学は必須にございます。
有名な言葉があります、『初代勇者の作られた学園を卒業できないものは貴族にあらず』……当主様はお決めになられました。お嬢様の幸せよりモリス家の存続と再興を、と……」
苦々しい顔で女中は握った拳は小さく振るわせる。
僕にだけ怒っているのではない。言葉や態度に表立って出せないが、父に対しても腹を立てているのだ。
「お嬢様は幼少期から、教養を磨かれ、それはそれは美しいご令嬢になられました。引く手
けれどそれは
女中は、静かに僕の瞳を見つめた。
僕のせいだ―― そう言いたいのだ。そしてそれは全くその通りだった。
儀式を邪魔して、二度と召喚の術式を使えなくしたことについては、後悔などしていない。むしろ誇りにさえ思っている。
けれどそれは別に、家族の誰かを苦しめるためにした事なんかじゃなかった。そんな弁解すら、言い訳にしか聞こえなさそうで、僕は唇をかみしめた。
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