第9話 聖女様の本は大人気?
せわしなく働いている図書館員たちの横を通り過ぎ、図書館の本棚から目当ての本を何冊か手に取ると、一階の端にある、受付近くのテーブルの一つに陣取りった。
机の側面に立てかけられている板を「使用中」の面に変える。これで昼を食べに外に出ても机が横取りされることはないのだ。
机の上に持ってきたものを置いてゆく。
聖女様の部屋に残っていた羊皮紙で、頑張って作ったお手製のノートとペン、そしてインク。紙やインクは家から貰う量がほぼ無いので、あまり贅沢には使えない。
しばらく気になる項目を書き写したりしていると、入り口の方に騒がしさを感じた。
僕と同じように調べ物をしている人たちも「なんだなんだ」といった風に視線だけを入り口へと向けると、そこには老人が子供たちを引き連れてやってきていた。
「この子達にこの国のすばらしい文化を紹介したいんだ、少しばかり館内での会話を許してくれないか?」
「はっはい、もちろんでございます」
職員は必死に顔に笑顔を張り付かせているが、ガチガチに緊張している様子であった。
「司祭」と呼ばれた、初老の男性はふくよかで優し気に笑顔を浮かべている、その膝元には、数人の教会の服を着た僕と同じくらいの年頃の子供たちが居た。
質素な麻の布を着て、教会のシンボルが刻まれているお揃いの低い円柱状の帽子を揺らしながら、いろんな髪色や肌の色をした子供たちは熱心に司祭に付き添っている。
教会へはあまり行った記憶もなく、司祭というのがどれほどまで偉いかは分からなかったが、職員や司祭たちの様子を気にしている人たちの反応から、司祭が相当偉い人物だということは分かった。
「ここは建国より集められたさまざまな図書が保管されていて、当時の教皇様も
子供たちは大人しく、この後延々と続く司祭の恐ろしく長い説明を聞いていた。
教会の子達も大変だなぁと思いつつ、その説明を
***
長い話が終わったのか、司祭が好きな本を選ぶように行ったのか子供たちが散ってゆく。僕も読み終わった本を返却用の台へと置くと、次の本を読もうと、生前聖女様が書かれた本を探しに行く。
聖女様は歴代の勇者や聖女が、この世界に
聖女という肩書ではなく本名での翻訳をされているので、一般には凄腕翻訳士として知られている。
翻訳士としての聖女様には、なかなかにファンが多いらしく、翻訳された小説コーナーなんていつも人で賑わっている。
数々の異世界の本の中でも、ツインライトという吸血鬼が登場する異世界で有名だった恋愛本は、1巻だけしかなく続きがないにも関わらず、読者に大うけした結果、勝手に皆が続きを書いていて、数十年前に一大ブームを引き起こしたとかなんとか。
興味が全然ないので、聖女様の書かれた小説コーナーはスルーして、他の本棚へ行く。
実用書のコーナーにたどり着くと、僕はあれ?と少し立ち止まった。
日もあまり差し込まず、少しじめっとしていて、立ち入る人間も今まで僕くらいしか見なかった場所に一人、僕よりも小さな女の子がいたのだ。
その子は教会の衣服に身を包み、黒い瞳で静かに本棚を見上げていた。
珍しいな、なんて思いながら僕は次の本を手に取る。
「あの…」
女の子は僕に声を掛けてきた。
「何?」
「アノ、ここは
「そうだけど」
初めての図書館に緊張しているのか、少女の言葉は少したどたどしかった。
僕は聖女様のことを前聖女と呼ばれたことに少しイラっとした。僕にとってこの先何があったって、聖女はたったひとり、あの人だからだ。
「前聖女様の、
「伝記?あぁ人生を
そんなものがあるなら僕が読み込んでるし、最期は外出すらできなかったのだから、書かれていたなら僕の手元にあるはずだ。それがないということは、存在しないのだろう。
そもそもこんな子供が、聖女様の人生を知りたいという理由も分からない。
「なんでそんな事を知りたがるの?
特に教会なら聖女様に対してあまりいい印象は持ってないだろ、まさか好きだとかファンだとか?」
そんなわけないだろう?という意味もこめて言う。
彼女を好きでいるのは僕だけだ。僕以外にはいない、彼女を好きでもない人間に割く時間なんて今の僕にはない。
女の子は目を泳がせながら、少し戸惑ったように口にした。
「えっと……前聖女さまのこと、すっ、すきです……ヨ……?」
その言葉を聞いた瞬間、久しぶりに僕の固くなった表情筋が、無意識に綻ぶのを感じた。
初めてだったのだ、今まで生きてきて、聖女様に対して、好印象な言葉を言われたのは、小屋に押し込まれて生活していた聖女様に対して、悪い言葉しか聞いたことがなかった。だから、初めて僕以外が言った聖女様に対する好意の言葉に、僕はなんだか照れくさくてうれしくなってしまったのだ。
目の前の女の子は口元をふにゃけさせた僕に、目を大きく開いて驚いているようだった。
よくよく見れば、少女は整った顔をしており、黒い瞳に綺麗なまっすぐの黒髪だ。
この国で黒い目なんて結構珍しいなぁ、なんて思いながら、笑顔で小さな女の子に合いそうな、聖女様が書かれた大人気の本を選んであげた。
帰りの馬車の中、上機嫌だった僕に、これまた酒でも飲んだのか同じく上機嫌な御者が声を掛けてきた。
「なんかいいことありましたか?」
「うん、まぁね」
この世界中の人間が、家族と同じように彼女を敵視しているのだと思っていた。けれど、少なくとも、僕以外に一人だけだけど、聖女様のことを好意的に見ている人間がいたということが、今の僕にはすごく嬉しかった。
--あとがき--
よろしければ
明日も更新します。ここまで読んでくださってありがとう^^
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