第7話 剣術は堅実に
以前まで僕の剣術教師をしていたゾーダ先生は、蛇のように鋭い目つきで、僕の素振りを黙って見ている。
僕の家庭教師はすべて解雇されたはずなのに、なぜ剣術の教師だけ僕にわざわざ会いに来たのか、さっぱり分からなかった。
僕はあまりゾーダ先生が好きではない。はっきり言って怖い。
無理は言うし、他の家庭教師と違って拳骨が飛んでくるし、杖を突いて足を引きずっているはずなのに走れるのだ。
わけが分からない。
「集中力落ちてきてんぞ! 集中しろ!」
「はっはい」
汗だくになりながら木の棒を振るう。
この人はいつもこうだ。
僕が少しでも気を逸らしたりすると、目ざとく気づいて注意するのだ。見透かされているようで少し怖い。
そんなことを考えていたら案の定、彼の怒号と共に様々な注文が飛んできた。
「常に目の前に敵がいることを想像しろ!!」だとか
「そんなに大きく振り上げて隙を作ってどうする!!」だとか
「目の前の敵が一人とは限らない!!」だとか
たくさん怒られて怖かったが、なんとなく言おうとしていることは分かる。
たぶん貴族が決闘などで使う他者に見せるための剣ではなく、軍や実践で使える方法を教えてくれているのだろう。
以前までは沢山怒られる
ゾーダ先生の言いつけをきちんと守り、訓練を終えたあとは、まるで雨にでも打たれたように、全身が汗でずぶ濡れになっていた。
重い木の棒を素手で持っていたせいで、僕の手の皮はべろんべろんに
聖女様から習った治癒魔法を手にかけてやれば、青白い魔力発光をしながら、剥がれかけの手の皮膚がぽろぽろと地面に落下してゆき、それと入れ替わるようにして新しい皮膚が作られてゆく。
それを隣で見ていたゾーダは、何かを考えるように、自身の無精ヒゲを触っていた。
「その程度の怪我なら完全に治療せずに、自分の治ってゆくイメージを常に持って生活すれば治癒が早くなるから、これからはそうしろ」
「……はぁい」
先生への返事は「はい」か「わかりました」以外は存在しない。
練習が終わってからも、どうやら涼んでから帰るようで、小屋の中に勝手に入るとティーテーブルの小さな椅子にドカッと腰を下ろした。
茶でも出したほうがいいのだろうか、ちょっとずうずうしいので帰って欲しい。
僕だって聖女様の部屋を訪れるときは、いい子にしていたのになぁ……大人なのにゾーダ先生ときたら遠慮というものを知らない。いい子にするという事も知らない。
花瓶に差してある枯れた野花を、つんつんと指でつつきながらゾーダ先生は聞いてくる。
「そういやレオナルドさま、聖女とも親しかったろ?」
「はい、そうですよ」
「彼女の最期はどのような様子だったか教えてくれないか」
その言葉僕は、お茶を淹れようと準備していたポットをカタンとテーブルの上に置き、目の前の男を眉間にシワを寄せながら見た。
「聖女様について、関係のない人間に話すことは何もない。」
今まで聖女様を気にもしてこなかった人間に、彼女の最期を話す気なんてない。たとえそれが怖くて言う事を聞いてしまう剣術の教師であってもだ。
死後になってから、初めて興味を示した人間になんて、僕は聖女様との大切な思い出を、欠片だって分け与えたくはなかった。
***
帰る道すがら、ゾーダは馬車を使うこともなく、杖を突きながら煉瓦で舗装された道を歩く。
ヒゲの生えかけているあごを、傷だらけの大きな手でさすりながら物思いにふけっていた。
あの子はああいう子だったか……?と。
どちらかといえば、レオナルドは気が弱い方であった。
聖女と親しいのはたまに本人からの話で聞いてはいたが、聖女の最期の詳細を聞いたとたん、いきなり発した殺気に正直驚いた。
そもそも魔法はまだ使えないと、他の家庭教師から聞いていたのだが、詠唱もろくにせず治療魔法を使ったことにも驚いた。
けれどそれはギリギリ聖女
わけが分からなかったのは、レオナルドの今の情況についてだ。
有力貴族の次男という立場からしてみれば、ありえない質素な小屋、農村の庶民の家をむりやりもって来たような、貴族の家の敷地内にあるものとは思えない小さな小屋、内装も質素きわまりなく、不釣合いに高価な本がある以外は、まるで庶民の生活空間であった。
顔には出さなかったが、正直言って困惑した。
どうして気が強くもないあの子が、あんな使用人以下の部屋に住まわされ、使用人からですら、存在を無視されているというのに、平気な顔で木の棒を一人黙々と振っていたのか。
どうして形だけでも反省の態度を示して許しを
自分にも子がいる。子は案外ずる賢いもので、自分が悪くないと内心思っていても、父の怒りを収めるためだったり、罰を回避するためならば、簡単に謝ったりするものだ。
そこまで意固地になりたいほど、貫きたい何かがレオナルドにはあって、そしてその理由は十中八九、つい最近亡くなられた聖女が原因だと思われるのだ。
「いったい何があったんだ」
小さく呟く。
聖女とは今まで会ったこともないが、あの貴族の屋敷で幸せに暮らしていると思っていた。
レオナルド越しにたまに聞いていた聖女は、それなりに元気で幸せな余生を過ごしていたようにゾーダは感じていたのだ。
だからこそ、現在、戦に出ている親友に、せめて恩人である聖女の死の詳細を伝えようとしていた。
お前の恩人はみんなに見送られ幸せだったと、一筆手紙を書くつもりだったのだ。
聖女が今現在のレオナルドが住んでいる小屋の中で、使用人以下の生活をしていたことなんて、ゾーダにも想像のつかないことだった。
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