第3話 次の聖女は喚(よ)ばせない


 託された遺産とは名ばかりの、本ばかりが詰まった木で作られたトランク。彼女の言った「違う世界からもう誰も招かないで」という言葉よりも、今の僕にとっては大好きな聖女様がもう時期死ぬと言ったことの方が、悲しくて辛かった。

 気持ちを紛らわせるために本を読みふけろうとした。託された箱をあければ中には、手紙が入っていた。


 いつだったか、僕が摘んだ花を、押し花にしたものを添えて、彼女の国の言葉と、この国の言葉で僕への宛名が書かれている。

 なぜわざわざ手紙を? と思いながら、僕は封筒を開き中に入っている紙を手に取る。数枚ある手紙を順番に読んでゆく。



 そこには聖女様が、あの小屋に自由もなにもなく”軟禁”されていたこと、逃げることも出来なかったこと、そして元の世界へ帰りたかった悲しみがつづられていた。

 僕はそれを驚愕しながら、それでも読み進めてゆく。


 聖女様はひどい目にはあったけれど、当事者である僕のお爺様と曽祖父は、もう亡くなってるから復讐は望まない、ただただ自分と同じようにとなる人間を、この国にもう二度とんで欲しくないと書かれていた。手紙には僕らの幸せを望むと、聖女様らしい優しい言葉で書かれている。


 心を痛めながらも読み進める。



 数分後、はらはらと手紙が地面に落下した。


 その紙を拾うこともせずに、僕は口元を手で押さえ、その場に立ち竦み言葉を失った。




***




「レオナルド様、レオナルド様」


 自分の名前を呼ぶ声にはっとした。

 どれだけ固まっていたかも分からない。扉をたたく音と、使用人の声に僕は、あわてて手紙を拾い集め枕の下に隠すと、急いで扉を開いた。使用人が浮かない表情で立っていた。


「お食事の用意が整いました」

「う、うんありがとう、行くよ」


 なるべく笑顔を作り、使用人に答えて食堂に向かった。

 部屋につけば、いつもより豪勢な食事が並んでいて、家族全員がすでに席についていた。


 ブロンドのくせ毛頭が三つ揺れる。

 父のくせ毛は兄・姉・僕に呪いのように遺伝し、母だけが綺麗なまっすぐな茶色ブルネットの髪を揺らしている。


 聖女様の次くらいに美人の姉は、伸ばした緩やかにウェーブがかった髪を、癖で指をクルクルとさせ上機嫌であった。

 貴族の夕食は息が詰まるほど、無言で無表情で執り行われるというのに、なぜか今日だけは家族の雰囲気が柔らかかった。


 普段は僕を見ると舌打ちしてくる兄や、地面の草を見るような顔をする姉が今日は何故かにこやかで、僕を見るたびに眉間にシワを寄せる父ですら、さわやかな表情をしている。

 今日は何か、おめでたい事があったのだろうか、豪勢な料理を見て僕は顔をほころばせた。



 豪勢な料理の数々に、僕はニコニコとしながら舌鼓を打つ。まるでの誕生日のときに食べるご飯と一緒だ。



「急だったからこの程度のものしか用意できなかったな」


 不満を口にしつつも、父の表情はどこか嬉しそうだった。


「次の招き人は扱いやすい者にしたいと思ってな、実年齢より若返らせて召喚させようかと思っているんだ」

「あらあなた、そんな術式があるだなんて初耳だわ」

「そりゃあそうさ、私が考案した術式だからな。

 少し時間をかけ世界の常識を教え養えば、恩も生まれるだろうし、扱いやすくなる。もう私の祖父や父がしたような失敗は起こらないだろうしな」


 談笑する両親を尻目に、僕はお肉を口に運ぶ。おいしい。


「それにしてもお父様、あの方はお婆様より長生きしたのではなくって?」


 桃色の唇の端を上げて姉が父に聞く。


「あぁ、まったく忌々しいよ、アレが私の母より永らえるなんてな……

 生前の母から聞かされていたことを考えれば、とむらいさえしたくない程だが、けどそれももういいさ、終わった事だ。これからは忙しくなるぞ、召喚の準備が大変だからな」


 軽快に笑う父や楽しげに話す他の家族を見て、僕は口に肉を入れたまま首をかしげた。

 聖女様の様子がかんばしくないとは言え、次の召喚の祭事の準備をもうする必要があるのかと。


「父上、召喚が終わったら新しい亜人種を仕入れてくださいね」

「まったくお前は…そのへきはどうにかしなくてはいけないぞ、あまり褒められるようなものではないからな」

「父上の方が珍しいんですよ、俺の周りじゃ今流行はやりなんですから」

「ったく、お兄様はお下品だこと」


 姉が侮蔑を含んだような目つきで兄をにらみつけた。どうやら今後、兄の専属の使用人が増えるらしい。

 何故兄だけ女の人の使用人が多いのか、誰も教えてくれないけれど、それは今貴族社会で流行っているらしかった。兄は友達が多いのでそういうことに敏感なのだろう。


「なんにしろあの役立たずの聖女が居なくなったのはいいことだ、明日陛下に報告したらお喜びになるさ」


 笑いながら葡萄酒ワインを飲み干した父を前に、僕は頬を引きつらせて問いかけた。

 何の冗談だと思ったのだ。背中に変な汗が伝うのを僕は気づかないフリをして父に問いかけた。


「とうさま、とうさま、聖女様はどこか別の場所に引っ越されたんですか? 確かにあの場所じゃ療養には向いてないですもんね」

「あぁ、お前は先ほど食堂に来たから知らなかったのか、亡くなったよ。我が家の居候だった肩書きだけの聖女サマはな。

今夜はそのお祝いだ、これで次の招き人を呼ぶことが出来るからな」


 父はほがらかにははっと笑う。 

 

 言っている意味が、分からなかった。


 だってだって、少し前まではまだ元気そうだった。

 楽しく話していたはずだった、確かに体調は良くなかったかもしれないけれど、それでも早すぎる。


 「ちがう」「まちがいだよ」「そんなわけない」と僕の口からは、なんとか父の言葉を否定しようと言葉を紡ぎ出す。



「間違いなわけないさ、安らかな死に顔だったぞ」


 カランと、持っていたフォークが音を立てて、まだ肉が乗っている上質な陶器の皿の上に落ちる。


 父の言葉に、呆然とし、何を言っているかを理解したあと。くしゃりと顔を歪めて、僕はついに泣き出した。

 うわぁああん、うわぁああんとドボドボと滝のように涙を流して、鼻水を出し、大声で泣き叫ぶ。

 甲高い子供の泣き声に父は眉をひそめた。


「なんて感情的な……おい、ソレを連れ出せ、泣き止むまで置いて置け」


 うわぁああん、うわぁああんと大声を上げる僕を、頭部に耳がついた兄直属の使用人が、手を引き食堂から連れ出した。




***





 小窓から月明かりが差し込む、家族以外は立ち入ることのない部屋の中心には、大きな円の中に数々の幾何学きかがく模様と、呪文の数々が書かれていた。


 その内容は現在の当主でさえ理解におよばない。長年この家の当主たちによって、書き換え付け加えられ、最良の召喚方法であると決められた、呪文の数々であった。

 呪文の文字は月明かりに反射するように魔術特有の青白くぼわっとした光が浮き出ている。


 レオナルドは数分で書かれているだけの呪文をある程度理解すると、その場にしゃがみこんで術者に一目で分からないように、呪文を書き換えた。



 すべては彼女の遺言どおりに、もう二度と彼女と同じような人間をこの世界にばないために――


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