第4話 王と潰された儀式
国王は苦々しい顔で、つい最近亡くなった聖女から、人伝いに渡された遺書を読んでいた。
こっそりと渡されたならば、なかったことにしたかもしれないが、数人に聖女の最期の言葉が王に渡ったことを、見られてしまっていた。
この国の、特に貴族や王族にとって、遺書というものは絶対だ。先代の最期の言葉を、意思を汲み取ることは
彼女の王に当てた遺書の内容はただ1つ。
【モリス家の次男であるレオナルドに生涯にわたる王立図書館の使用権及び、全図書の閲覧を許可すること】
であった。
この世界に召喚されてから50年近く、結局かつての王にした無礼を一言も詫びる事がなかったどころか、要求を突きつけてくる態度に
そして王という立場上、"聖女"という肩書きを持った人物の最期の要求を
いっそ金品でも要求されようものなら、無礼という理由で断ることも出来たのだが、王にとってしてみれば、ほんの
「まったく最期まで忌々しい、次はマシな者を呼んで欲しいものだ」
苦々しく言ったその言葉を、そばで積み木と音の鳴る鈴のオモチャで遊んでいた、王と同じ黒に近い深い蒼色の瞳をした、小さな子供がキョトンとした表情で見上げている。
その子を見て王は思う。
-次が女ならば、この子の妃に。男ならばこの子の友人にすえ、生まれた子は孫の妃に-
聖女や勇者を殺すことは基本的には禁じ手とされており、一度召喚されればどれだけ先に、次が呼ばれるか分からない。貴族同士の婚姻が定められているこの国において、王族の婚姻相手には必ず招き人の血筋を入れる決まりがあった。
-あの役立たずの聖女も先王に逆らわなければ、きっと身内にでもなったはずなのにな-
愛しい初めての
子供はキラキラとした目で、積み上げた積み木の家を、手を振り上げ潰すと、とても楽しそうにキャッキャと笑っていた。
笑う子供のひざ元には、赤子用の音のなる鈴の連なったおもちゃが千切られ、花瓶から引きちぎった花と共に散乱していた。
***
その夜は慌しかった。
召還を行う部屋からは、強い青白い光が扉の隙間からあふれ出ており、外で待機しているものも、召還に関わっている者たちも、皆その眩い光から召喚は成功したと確信した。
部屋の中の呪文の上では青白い光がゆっくりと人型を作ってゆく。召還に携わっていたこの家の主の顔も綻ぶ、青白く人型を形成してゆく光からは膨大な魔力を感じ、その場に居るもの全員が、ごくりと生唾を呑んだ。
素晴らしい者が
だがそれは叶わなかった。
青白い光は大きな音と共に、月明りが差し込む窓を割り、術式が描かれていた床をえぐり、月明りに誘われるように消滅していた。
使用人や家族の慌てるような声が屋敷のあちこちで聞こえる。その音を聞きながら僕は自室で窓辺に座り、まんまるの月を見上げながら、ほくそ笑んだ。
ざまあみろ、ざまあみろ。
廊下からは騒がしい使用人たちの声に混じって、姉のヒステリーを含んだ甲高い声が聞こえる。
「いったい何があったのよー!」
当主と次期当主以外は儀式に参加することは出来ない。
この家から他の家に行く人間に召喚の秘密を知られ、技術と知識が流出されることを恐れてのことだ。
召喚についての詳細は父から長男へ語り継がれるものだった。
今の今までは。
父が兄に別室で儀式についての説明やいろいろなことを教えてもらっていることを、聖女様は詳しく書き出していた。
門外不出であろうその情報を聖女様はどうやら、あの小屋の中から魔法を使い、長年情報を集めていたらしい。
そして召喚の儀式を失敗させるために、僕は術式に手を加えた。術式に手を加える方法は、以前聖女様に教えてもらっていた。
まるで僕にこうさせるために、今まで教えてくれたみたいだと思ったが、それが彼女の意思であるのならば、僕は笑顔で意思を継ごうとさえ思える。
僕はかつてない、いいことをした気分で、窓際で聖女の遺した本のページを
「それにしても、向こうの歴史ってものはこちらより面白いな。こんなに詳しく書いては、さぞ検閲が大変だろうね」
たっぷりの皮肉を利かせ、家庭教師より学ばされていた、この国を作った初代勇者のスバラシイ建国の歴史や、建国以前の暗黒の歴史が書かれている本がつまった本棚を、鼻で笑った。
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