2-069-2 水が合えば新しい環境もすぐに受け入れられるようで②


 中央水槽へサラを移すにあたって、本人の意思確認をもう一度しておきたいと思う。


「サラ、この温泉に住んでもらうことになるわけだけど、ここにはもう一人人魚がいるんだ。キシラという元気いっぱいの人魚だよ。一緒に暮らすことになるけど、他の人魚がダメとかないかな? ダメだったら他の場所を考えるから」


「何族キ……?」


 おお?

 気になる種族があるのかな?

 もしかして仲が悪い種族とかも……


「確か……オーケータ族だったと思う」


「……?」


 サラが首を捻って考えているけど……記憶に思い当たる名前はないようだ。


「分からないキ……イクロプテラス族でないなら大丈夫キ……」


 人魚の中でも色んな種族がいるみたいだね。

 部族かもしれないけど……どちらかというと、人種とか犬種みたいに魚種と言えば良いのかな?

 キシラとサラでは尻尾の形が全然違うし。

 そうなると、イクロプテラスはどんな尻尾なんだろうか……気になるね。


「そのイクロプテラス族は何がダメなの?」


「すぐに噛みついてくるキ……」


 それは危険な魚種だね……

 物理的なのか会話的なのかにも寄るけど、いずれにしても面倒そうな魚種みたい。

 キシラは噛みついてくることはないから、たぶん大丈夫だろう。


「会って確認すれば良いよ。キシラは噛まないし良い子だから」


 周りを見回しながら、僕も一緒にサラの水槽ごと中央水槽に潜った。

 残念ながらキシラが見当たらないところを見ると、まだ一般浴場にいるのだろう。


 それにしても、久しぶりに水槽に潜ったけど、変わった様子は無さそうだ。

 魔法のおかげで、水が汚れることもなければ、透明樹脂の壁が苔むしたり劣化することもカビが繁殖することもない。

 清潔な環境が保たれているのは、健康に良いことだね。


 サラの水槽が底に着いた。

 さあ、狭い水槽から解き放たれ、広い水槽に移ると良いよ。

 と言ったものの、サラが出てこようとしない。


「どうしたの? 広いところに出たら良いよ?」


「狭いとこ……好きキ……」


 サラが少し恥ずかしそうに、口に手を当てそっぽを向いた。

 あ、そうでしたか。

 あんまり動かないと思ったら、広い場所が必要なかったのね。

 キシラは泳ぎ回るから広い方が好きそうだったけど、人魚がみんなそうではないんだね。


「僕はキシラを探してくるけど、何か必要なものはある?」


 何も興味がなさそうなサラは、必要としているものが無さそうだけど……

 サラは水面をぼーっと眺めて、ややあってから口を開いた。


「座れる石が欲しいキ……」


 お? 珍しく要望を、と思ったけど、椅子もないなんてそもそもレバンテ様のお屋敷でも住環境が整っていなかったようだ。

 椅子がいるならベッドもいるのでは?

 魔法で幾つか候補を創り出しながら、サラに座り心地や寝心地を確認してもらった。

 キシラは人間をダメにする系ビーズクッションを気に入ってたけど、サラには不評だった。

 椅子もベッドも、硬い材質をベースに薄いクッション材を貼ったものが良いらしい。

 好みは人それぞれだね。

 そして、この四角い水槽をそのまま部屋にするのはカワイ気がなかったので、床は平らで天井が花咲くように開いている球形にして、半透明に変えた。

 これで、浴場側から中央水槽を見たときに水中花のようで可愛いし、中身が見えずにプライベートも保たれる。

 人感知センサーの魔石を付けて、外から人が近付いてきたことが分かるようにと、中にサラが居ることが分かるようにしておいた。

 サラが居れば水中花の外面が淡いグラデーションしながら光り、人が近付けば入口部分が円形に光る。

 最後に出入口に円形の扉を付ければ完成。

 扉はナーヴフェルマーサ号にならって、必要が無いときは水槽の一部になるようにした。

 これで外が広くても、サラが安心して眠れるだろう。


 サラの部屋を整えたところで、水面が騒がしくなっていることに気が付いた。

 スヴェトラーナとクタレが到着したみたいだ。


「じゃあ、僕は行ってくるね」


 椅子に座ったサラがコクリと頷いた。

 静かに微笑んでいるサラは、水面から降り注ぐ光の帯を受け、昨日までの雰囲気と違って生命を感じた。

 レバンテ様のお屋敷で見たときは、絶望系無関心少女という感じがしたのだけど。

 格好と光で変わるものだね。

 半和装にしたからか、その落ち着いた雰囲気が妙にしっくりくるし、これが本来のサラの魅力なのかもしれない。

 自己満足ではあるけど、連れて来て良かったと思い自然と微笑んでしまった。

 すると、サラの笑みが少し深くなった。

 彼女も何か嬉しいようだ。

 ここに来たことを喜んでくれている、と思うことにして、僕は水面へ向かった。

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