2-006 南の領は不正が横行しているようで
ネブン様と部屋で話をしては、2人を起こしてしまいそうなので、近くの応接室に移動してもらった。
そして、夜も遅いので、温かい飲み物──ホットチョコレートを魔法で用意してから、ネブン様の話に臨んだ。
「ありがとうございます。本当に、ボグダン殿の魔法は本当にスゴいですね」
魔法を見て、感動しているような眼差しを向けてくるネブン様。
プラホヴァ家の人達には魔法を使いまくってるから、まだそう言う反応されると意外に思う。
あれ? ネブン様の前では、整形魔法ぐらいしか使ってなかったんだっけ?
「明日の早朝に発たれると聞きましたので、今日中に話しておいた方が良いと思いまして……」
と前置きしてから、ネブン様は話を始めた。
◆◇
確かに、話してもらった内容は、出発する前に聞いておいた方が良いものだった。
要約すると、ヤミツロ領はプラホヴァ領とは違って、危険なので油断せぬように、ということを、ヤミツロ領の説明と共に教えてくれた。
ヤミツロ領は東西に長い領地を持っているが、そのほとんどで農業を行っているとか。
王都の食糧庫と言われるほどに、王都近郊では大事な役割を担っているのだけど、当代の領主はそれを良しとしていないらしい。
隣のプラホヴァ領が、昔から魔石産業で栄えて金銭面で潤っているため、かなり羨んでいたみたい。
なので、通過税を取って商人からお金を巻き上げて、資金を得ようとしているんだとか。
「街道沿いの領境には必ず関所が設けられていまして、そこで身分の確認や持ち物の検査を受けて、商売目的の物には課税がされると説明されていますが、実際は何かと理由を付けて金銭を巻き上げているとか。それ以外にも良くない噂は沢山聞きます」
それはざっくり言うと、領に仕える役人達は信用できないってことかな?
「商人としては、ヤミツロ領を避けて遠回りしては、ムダに日程と旅費がかさむため、賄賂や裏取引をしていることが多いとか。そのため、役人の中には私腹を肥やしている者も多いようです」
自分の裁量で人やお金を動かせるようになってしまったから、間違った正義を持ってしまったんだね。
転生前も、輸入検査の厳しい国に対して輸出するときは、大企業の持つルートを使う方が税関も通してくれやすい、なぜなら彼らは黙らせるための金を積んでいるからだ、なんて言われてたし。往々にして起こり得ることなんだろうね。
「お金だけなら良いんですが……人を要求される場合もあります」
なるほど。
「コンセルトさんが、お金を多く渡してくれた理由がここにもあったんだね」
ミレルやスヴェトラーナの身を案じてくれたのか。
長話や間違った気の回し方をしたりもするけど、やっぱり優秀な家令さんだね。
ネブン様もどこか誇らしげだ。
でも、どのぐらい渡せば納得してくれるのか……そこは交渉次第だろうね。
「ボグダン殿は国王からの書状をお持ちですから、先を考えられる人なら、すんなり通してくれるはずです」
まず、国王からの呼び出されていると言うことは、商売目的ではないということ。
もう一つは、下手に邪魔して国王にチクられると、甘い汁が吸えなくなるから。
ってところかな。
たいてい、甘い汁を吸っている人は頭が回るから、大丈夫なんじゃないかな。
「人通りの多い時間帯を狙うのも手です。一人一人にあまり長い時間かけていられませんから、既に幾ばくか握っていれば、わざわざ危険な賭には出ないでしょう」
続いて、ネブン様は一般的な関所を通る時間について教えてくれた。
関所近くには町があるので、朝と夕方が一番多く、夜は全く通らないらしい。
だいたい、元から夜道は危険なのだから、出歩く人は少ないので、関所も開ける用意をしていないとか。
そんな役人の不正が横行しているからか、関所意外でも領内の治安はあまり良くない、という追加情報でネブン様は話を締めくくった。
ただでさえ、花火の件で怪しまれているのに、他のトラブルは避けたい……大人しくしておこう。
「それで、ボグダン様は……わたしにこんな飲み物を飲ませてどうしたいのですか……?」
何を言ってるのこの人は?
リラックスした気持ちで寝てもらおうと、甘めの身体が温まる飲み物を用意したんだけど??
何となくネブン様の顔が赤いような……?
「ですが……この飲物を頂いたら、身体がアツくなって、ウズいてきたのですが?」
どうしてこうなった?!
チョコレートに媚薬効果があるのは、迷信レベルに低いんじゃなかったの??
テオブロミンとか、そんなに効果高くないでしょ!?
「いえ、単純に、夜は冷えますので、身体の温まる飲物を用意しただけです。他意はありません、決して」
僕の言葉になぜか残念そうにするネブン様。
いや、そこはホッとするところでしょ、ホットチョコレートなだけに!
なんて残念なギャグが脳裏によぎるほど、僕も動転しているようだ。
ミレルで大丈夫だったから気にしてなかったけど、ホットチョコレートを男性に提供するのは、まだ早かったか……
折角温まったお身体を冷やさぬようにと、ネブン様の身体を気遣ってのことであることを強調してから、僕は部屋に戻った。
◇◆◇◆◇◆
翌日、周知していたように、みんなが起きてきた頃に、軽く挨拶に回ってからプラホヴァ城を発った。
出掛けに、コンセルトさんが、花火の件は情報がまとまり次第連絡をくれると言っていた。
それは有難いので、是非にとお願いしておいたけど、携帯電話もないのにどうやって連絡してくるのだろう? 王都での滞在場所は分かってるから、郵便かな?
歩いて地上からの景色を見て回りたい思いはあるけど、旅慣れない僕が予定通りの日数で移動できるとは思わないので、行きは浮上船での移動を続けることにした。
領都に入ったときと同じ北門から出て、川に停泊させた船で再び空へ舞い上がった。
さて、いよいよ問題のヤミツロ領へ出発だ。
最悪、問題が発生して手に負えないようであれば、逃げることに決めている。
人通りの多いと言われる朝の内に着くため、朝食を摂りながら、空を鳥と同程度の速度で進む。
天気も問題なく、朝日が実に気持ちが良い。
今の間にヤミツロ領の話を、掻い摘まんで2人に説明した。
「今のボーグなら大丈夫だと思うわ。誰も悪い人だなんて思わないもの。信用してすぐに通してくれるわよ」
どこか嬉しげにミレルがそう言ってくれる。
うん、それ自体は良いし、彼女にそう思って貰えてるのが分かって僕も安心できる。
でも、ここでは、僕が良い人に見えたら、悪い人達は逆に鴨だと思うよね。
考えすぎかな??
「大丈夫ですよ。ボグダンさん……御主人様は貴族なんですから、下手に手を出したくないって思いますって」
と、わざわざ名前を言い直したのはスヴェトラーナ。
コンセルトさんに、指導されてから直しているところだ。
結局指導されるなら、ネブン様に相談されたときに教育してもらえば良かったかな? なんて若干の後悔を感じなくもない。
コンセルトさん曰く、使用人も使用人らしく振る舞って初めて貴族は貴族になるのだ、だとか。
果たして、使用人になめられている貴族が、周りから貴族と思われるか? 外から見ても、正しく目上の者だと実感させるぐらいに、使用人も敬っていることが一目で分かるのが、貴族社会では重要なのだとか。
ネブンや『こいつ』もこの教えを間違って解釈して、とにかく尊大に振る舞うようにしてしまったのかな……
僕としては間違った解釈をするつもりは無いけど、一社会人だった僕が、正しく貴族然とした態度を取るのもやっぱり難しい。
やっぱり問題が発生したら逃げるしか!
そんなわけで逃げる手段を考えながら、彼女たちと眼下の景色を見ていると、線のように横に長く引かれた、長い長い柵が視界に入った。
長い柵は、鉛筆のように先端を尖らせた太い丸太を並べたものだった。
どこまで続いているのか、端は森の中へと消えていっている。
柵を反対方向に視線で追っていくと、大きな関所が構えていて、関所の近くには極小さな村が広がっていた。
村と言うよりは、一次中継場所という程度で、簡易な宿と食事できるところがあるだけっぽい。
高度を下げていくと、関所の前に人が集まっているのが確認できた。
どうやら、丁度良い時間に辿り着けたみたい。
生活水の確保のためか、やはり関所は川の近くに作られていたので、浮上船を川に降ろして関所の近くに上陸した。
関所を越えると浮上船を取りに戻って来られなさそうなので、魔石だけ取り外して、後は土に戻しておいた。
準備も整ったので、僕たちは少し緊張した気持ちで関所に向かった。
今度こそ、たぶん異世界転生あるあるの、門前の行列に並ぶことが出来た。
目の前に並んでいるのは、大きなキャラバンが一つと小さなキャラバンが2つみたいで、人数は多いけどそれほど順番は待たなくて良さそうだ。
荷物の検査が長引かなければだけど……
そう思って、一番先頭にいる大きなキャラバンの馬車を見ると、ほとんど荷物が載っていないように見える。
通過税が取られることを考慮して、他で商品を売り払ってきた後なのだろう。
この後、ヤミツロ領内で何かを仕入れて、王都にでも売りに行くのか? それとも、領を出る際の課税も免れるため、王都まで行ってから仕入れて、また地方に売りに行くのか?
いずれにせよ、この関所にいる役人達には、課税対象がほとんどないわけで──
「キャラバンなのにそんな商品が無いわけなかろう! お前ら隠し持ってるんじゃないだろうな!」
そんな役人の怒声がキャラバンを貫く。
役人に相対している隊長らしき人物は、その怒声にも動じることなく、両手を挙げて役人を落ち着かせるように手を動かした。
「分かってます分かってますって」
そう言いながら、隊長は役人に耳打ちする。
《管理者設定により自動でプリセット閃術『
うぁ!? 久し振りの自動発動!!
さすがにびっくりした……
突然身体を硬くした僕を、ミレルが心配そうに見上げてくる。
大丈夫と返して頭を撫でた後、また2人のやり取りに意識を集中する。
「いつものを用意してますんで、これでお願いします。お互い余計な時間はかけたくないでしょう?」
隊長はそう言って、チラリと後ろに並ぶキャラバンへ目を向けた後、小さな袋を役人の手元に落とした。
「おっと、物を落とすとは危ないな」
役人は態とらしくそう言って、素早く袋を掴み取って、中身ごとしっかりと握り込んだ。
役人の口元が少しゆるんだ。
「他の街で全て売ってきてしまったなら、仕方がないな。通って良いぞ」
怒声を上げたのが同じ人物かと疑いたくなるぐらい静かに、役人はキャラバンへ通る許可を出した。
袋の上から、中身の硬貨が確認できるとか、手慣れている感がすごいね。
大きなキャラバンの人達もこの関所を良く通るのか、答えを聞く頃には門に向けて既に動き出していた。
賄賂が横行してるのは間違いないみたいだね。
それに、兵士も役人も通行する人をチェックしていない。
怪しい人間を通さない為の関所ではなく、完全にお金を得るための物だね。
動向を見守っている内に、僕たちの後ろにも、次のキャラバンが並んでいた。
確かに、これだけ引っ切りなしに次が来ていては、ひと組をあまり長い間止めてられないか──
「そんなに払えませんよ!」
僕の思考を遮って、前に並んでいた商人が叫び声を上げた。
「それならここは通せんだけだ」
いつの間にか、前の馬車まで役人が来ていて、物品の確認をしていたようだ。
幌も無い馬車なので、ここからでも積んである物が見えている。
ありふれた雑貨に、日持ちのする食料、後は武器防具がいくつかあるように見える。
「先月通ったときはそんなに高くなかったじゃないですか!!」
「おや? 聞いてないのかな? 最近上がったんだよ」
武器防具の通過税が上がったことをここで言われて、思ったより税額が高かったってところかな……
役人の視線が、御者台に座る女性に向かう。
もしかしたら、一般の商人には、態と通達していないのかも知れない。
その方が色々と都合が良いから。
案の定、役人が商人に耳打ちをした。
商人の表情が曇り、剣呑な雰囲気を纏う。
それを役人が愉快そうに見下している。
何とも不穏な空気だ。
僕としても、趣味が悪いと思うし、あまり良い気分ではないよ。
スタンフォードの監獄実験から言えば、ロールにハマってしまってるだけで、まともな環境に置けばまともな判断を下す人なのかもしれないけれど。
「ボーグ……」
何か言いたげにミレルが服の裾を引っ張ってくる。
「分かってるよ。何とかしたいと思うのは僕も同じだから。でも、どういう解決の仕方が良いと思う?」
「カボチャを投げた方が良い?」
違います!
「じゃあ、フォークですか?」
それも違います!
なんで
平和的に解決できる案で、一番妥当なのは、僕が税額を立て替えることだよね? ね??
お金を持ってることをバラしても、通ってしまえば問題ない。
「お困りみたいですね?」
僕は商人にはそう声をかけた。
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