1-SP3 ゴーレム達の庭園
近くに無料で利用できる巨大な温泉施設があるとしたら、家の小さなお風呂など使わず、毎日温泉を利用するだろう。
利用客も少なく広々と使えて、常に清潔な温泉なら尚のことだろう。
更に綺麗好きな人なら、その利用率は高くなると思う。
少なくとも僕はそう思っていた。
「ボーグ?」
背後から声が聞こえたことに、僕は物凄く驚き、慌てて振り向いた。
そこには、頬をほんのり赤くして実に血行が良さそうな、湯上がりだと一目で分かるミレルとスヴェトラーナが立っていた。
「ごめんなさい。驚かせるつもりは無かったんだけど……スヴェトラーナにお風呂の案内をするついでに、久し振りに利用していたのよ。そうしたら、なんだか知らない道が増えてるし、こっちから音が聞こえたからつい気になって来てしまったの……」
そう言って申し訳なさそうに、ミレルは僕を見ている。
その横では、キョロキョロと物珍しそうに辺りを見回しているスヴェトラーナ。その視線は、最終的に僕の前にある物で止まった。
人より少し小さい、人のような形だが、明らかに人で無い物に。
「いや……これは、その……」
どこから説明しようかと僕が言葉を濁していると、ミレルは困り顔でもう一度口を開いた。
「ボーグが
僕が見られたことに困っているから、忘れようというのだろう。
なんでこんなに物分かりの良い嫁さんなんだ?
ミレルには全て話しても良いと思うし、少し聞いてきてくれても興味を感じられて嬉しいんだけど……
自分が言ってないのに相手に望むのは、ただの我が儘だよね。素直な嫁さんを責めるのはお門違いだ。
受動的とは言え良い機会だ。
いつかは連れて来る予定だったし、緊急時のことも考えて、ミレルには話しておこう。
「いや、いつか話そうと思っていたんだ。聞いてくれるかな?」
僕の問い掛けに、ミレルは顔を輝かせてとても嬉しそうに頷いてくれた。
何、そのカワイイ笑顔!
抱き締めて良いかな?
本心では聞きたかったみたいだね。
「わたしも聞きたいですよー?」
スヴェトラーナが、控えめに挙手して言っている。
少し入りにくい空気を出してしまったかな?
嫁さんが可愛いから諦めてもらおう。
僕は周りを見回して一つ頷くと、ミレル達が来た方向とは逆──この地下室の奥を指差して告げた。
「奥に
僕は先ほどまで手入れしていたゴーレムに、仕事へ戻るように命令を出してから歩き出した。
すると、すぐにミレルとスヴェトラーナが左右に寄ってきて、辺りを見回しながら同じことを言った。
『ここはどこなんですか?』
そりゃそうだろう。
彼女たちは地下室にやって来た。
ミレルが記憶している地下室は、僕がこの世界に来てすぐ魔法研究の為に作った、暗くて重苦しい雰囲気の狭い部屋だろう。
でも今、彼女たちの目に映っているのは、外と同じように太陽光が溢れていてとても明るい、草木が生い茂る広大な空間なのだから。
そして、人を模したゴーレムが、色んなところで作業をしている。
彼女らが、どこか別の村に来てしまったのかと思ってもおかしくない。
「ここは、僕が時間のあるときに作っていた地下庭園なんだ。間違いなくシエナ村の地下だよ。ずっと奥には物置だったり、魔法の実験場とかもあるよ」
ここからでは見えないけど、施設の有る場所を指差しながら簡単に説明する。
驚いた様子で二人は、僕と回りの景色を見比べる。
「でも、どうやって? どう見ても、外と同じように見えるわよ?」
ミレルが、眩しそうに上を見上げて聞いてくる。
本来見えるはずの天井が見えず、まるで空が広がっているかのように見えるから、疑問に思ったのだろう。
でも、どう説明したものか……
ゲーム的に表現するなら、テクスチャーが貼ってある状態なんだけど。
現実的には光学迷彩の一種と言えるかな?
シエナ村の上空の景色を、常に天井へ投影しているから……プロジェクションマッピングと言った方が分かりやすいか。
この説明どれかで、転生前の日本なら分かってくれそうだけど……この世界なら──
「あの空は魔法で作り出した幻影だよ。実際には天井があって、触ることも出来るよ」
かなり深く掘って天井を高くしてあるから、魔法が使えないと触りに行くことも難しいんだけどね。
「この光はどこから来てるのですか?」
今度は、スヴェトラーナが掌を上に翳して聞いてくる。
そのタイミングでガゼボに着いたので、暑い陽射しを避けられるガゼボの中に入って、お茶の用意をしながら話を続けた。
「これも魔法で作りだした物だよ。天井に太陽に似たものを並べてあるんだ。『
高ランクの極術『
何が違うかというと、『
多分、この世界の人には、まだ可視光以外の認識が持てないから、『
なので、『
『
「相変わらず、スゴい魔法使いですよね」
スヴェトラーナが感動したように、目を輝かせている横で、ミレルも首をコクコクと縦に振っている。
そこへ、1体のゴーレムがティーセットをトレイに乗せて運んできた。
僕らの前にティーセットを置いて、ゴーレムがまた元の作業に戻っていった。
「い、今のはなんですか?」
スヴェトラーナがちょっと怯えながら、ゴーレムから視線を外さずに聞いてくる。
僕がミレルへ視線を送ると、彼女も首を左右に振って分からないというジェスチャーを返してきた。
「ゴーレムって言う自動で動く人形だよ? 見たこと無い……よね?」
「そんなの見たこと無いですよ! ゴーレムなんて、お伽噺で出てくる程度ですよ!」
「お伽噺だって、岩や土で出来た人形って言われるから、大体ゴツゴツして不格好な岩を思い浮かべるのだけど……」
2人とも驚いた後、まじまじと仕事をしているゴーレムを目で追っている。
どうやら話では聞いたことがあるけど、彼女らのイメージと一致しなかったようだ。
自動生成されたゴーレムは、確かに彼女らが想像するような茶色っぽいゴツゴツしたゴーレムだったけど、仮にも僕は美容整形医を名乗っているんだから、見た目を改造してもっとスマートな人型にした。
そして、スマートにした結果、強度が下がってしまう問題が発生したので、耐蝕性と強度を上げるために表層に添加剤を混ぜた。
そうすると、元々茶色だったのが、白っぽくなって黄色人種の肌色みたいになってしまい、より一層人っぽさが上がったんだ。
だから、彼女らが想像するようなゴーレムから、かけ離れてしまったわけだ。
この素材が、魔法を使わないと出来ない化合物だったので、興味本位でやってしまったけど、これなら、ファインセラミックにした方が偽物っぽくて、そこまでイメージが離れなかったような……
いや、でも、高耐蝕性は化学オタクとしてロマンだ。王水でも溶けない金属とか、ロマンを感じるでしょ?
そんなロマンを求めて作ってしまったわけだけど──
「ああやっぱり、ボーグはああいうつるりとしたのが好みなのね」
なんて、ミレルさんが何か独り言を仰ってますよ!
感心するところが違うね!!
確かにこのゴーレム達は、中性的なボディにしたから、
「いや、僕は、ただの人形だから極力特別な想いを感じないように、人形らしく作っただけだよ? 目や鼻や口も模式的にしか表してないしね??」
「でも、顔のバランスが幼い子供っぽいわよ……?」
ああしまった……
「自分で作ったわけだし、子供みたいなものだからね……」
く、苦しい言い訳だ……でも、目をそらさなければ、分かってもらえるはず!
ジーッとウェットな視線を送ってくるミレルに、僕は負けじとドライな視線を返し続ける。
そんな理由で少し視線を交わしていると、ミレルが先に、視線をスヴェトラーナへ逸らしてくれた。
「そ、それより、
スヴェトラーナが話を振られたと思ったのか、慌てて質問をしてきた。
若いのに、気を遣わせてしまってすまない……
「ああ、あのゴーレム達には食べ物を作ってもらっているんだ」
『食べ物?』
2人とも腑に落ちないのか、同じ質問をしてきた。
「そうだよ。野菜だったり小麦だったり……他にも色々あるよ」
「えーっと……何のために?」
控えめだけど、すぐに質問をするスヴェトラーナ。
それに対して、ミレルは少し考えてから口を開いた。
「備蓄するため……かな?」
さすがミレルさん。村の現状が良く分かっているからかな。
「うん、正解だよ。他にももう少し先のことと、僕の趣味が入ってるよ」
そう、僕の趣味。
魔法で何が出来るのか調べてるついでに、食糧事情も改善しようとしているだけ。
備蓄で言えば、ぶっちゃけ、僕が魔法を使うなら、栄養バランスの考えられたカロリーバーを大量に作ってしまえば、食料は困らない。
でも、本当に栄養面で問題無かったとしても、作れなくなってしまえば終わりだから。たとえ魔石登録したとしても、その魔石が壊れれば終わりで、僕が居なくなってしまうと続けられない。
逆に、カロリーバーの魔石を作ってしまうと、それに頼ってしまって農業が続けられなくなるリスクがある。
ならばやっぱり、村の人達が自分たちで作れる物を増やして、それらが安定して作れるようになることだと思う。
一旦僕が大量に作って保管しておいて、徐々に村の人達にも作ってもらうようにすれば良い。
小麦とキャベツとカボチャは作ってるんだから、成長が早くて単位収穫量も高くて天候不順にも害虫にも強い種を渡して上げれば、環境に左右されずに安定して作れるようになって、食糧問題は解決するはずだ。
この世界の便利すぎる魔法は、そういった植物の
でも、それだけ繁殖力が強いということは、環境を壊しかねないから、外界に出さない方法を考えておかないといけない。
風で飛んでいった一つのタネが、知らないところで開花して、生態系を破壊しながら増えまくる、なんてことが起こり得ちゃうからね。
なので、例えば、この土地なら強く繁殖できるけど、外に持ち出すと枯れてしまうようにするとかしておきたい。
そういえば、遺伝子の未使用領域に魔法が書き込めるんだから、発育地域限定とかできそうだな。
完全な遺伝子改良品になるけど……ある意味それと同じ異種族が暮らしてる世界なんだから、問題が無い気がする。
そんなことを考えていると、ミレルは当たったことが嬉しいのか、ニコニコと微笑みながらお茶を飲んでいた。
スヴェトラーナは、意外なのか驚いた表情で僕を見ていた。彼女は『こいつ』のことを知らないのに、意外に思う要素があったかな……?
そして、スヴェトラーナは何やら考え事を始めて、ころころと表情を変え始めた。
「どうしたの?」
そんなスヴェトラーナにミレルが問いかけると──
「わたし、ここで仕事します!」
ん? 何を望んでいるのかな……?
彼女を見ても分かるわけでも無く。
農業がしたいのかな? それなら、村のことを手伝ってもらった方が良いような……
考えていると業を煮やしたのか、スヴェトラーナが勢い良く立ち上がって頭を下げてきた。
「ここで働かせてください!!」
えーっと……これは「今日からお前の名前はスーだよ!」とか言わないといけないシーン??
「スヴェトラーナが良いなら、ここで作業してもらっても良いんだけど……」
やることあるかな?
殆どゴーレムがやってしまうから……
「良いんです! 彼女たちからボグダンさんの好みを学びます!」
学ぶとこそれなの!?
そして『彼女達』という認識なのか……っていうか、彼女らには感情もなければ喋ることもないよ?
まあ、彼女らを地上に出すわけにはいかないし、できた作物を地上に出して、料理にでも使ってもらおうかな。
「分かった。そうなると、いくつか準備が必要だから、明日からお願いするよ」
「はい! 分かりました! 寝る間を惜しんででも、ボグダンさんのお役に立てたらと思います!」
いや、そんなに張り切らなくても良いよ。
っていうか、そこまでしてもらう理由がないし……
斯くして、スヴェトラーナの仕事が決まった。
してもらうことも無かったから、それなら、彼女がやりたいと思える仕事に就いてもらうのが一番だろう。
社畜になんてならずに、楽しくやってくれたら、良いなと思う。
頑張りすぎたら死んでしまうからね、僕みたいに。
さて、そうと決まれば、やることはやってしまいたい。
なので、2人を連れて、地下施設を全てを案内することにした。
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