1-029 完全な一より半分二つが良いようで
シシイ以外にも少し変化があった。
研究に没頭したいのだろう。
見送りに行くと、色んな新しい魔法が見られたことにとても感謝されて、また近いうちに来ることになりそうだ、と言い残して帰って行った。
魔法の研究に目処が立ったら、また新しい魔法を見せてもらいに来る、ってことだと思うけど……いつになることやら。
機会があれば、僕の方からエルフの里に行っても良いかも知れない。
エルフの里なんていうファンタジー要素、どんなところなのか、とても気になるし。
村に来ていた異種族達が2人とも帰って、日常が戻ってきたように感じた。
もっとも、人魚のキシラはこの村にずっといるつもりみたいなので、人間だけの村に戻ったわけじゃないけど。
そしてキシラは、相変わらず、温泉で酔っ払っている。『美味しい水』はいくら飲んでも身体に悪影響が無さそうなので、仕事に支障のない範囲でいくらでも飲めるようにしておいた。
どうにも抗酸化作用が高まるみたいなので、むしろ摂取した方が身体には良さそうだ。
ただ、酔っ払っているような状態は、正常な判断が出来るようには見えないので、夜だけにしてもらっている。
本当に何が良いのか、異世界の常識は分からないものだね。
そんな感じで、平和な日々が続き、そろそろ夏の終わりがやって来た頃に、ようやく変化が訪れた。
領主の使いを名乗る、今まで見たことの無い若い男性が、医院に訪れた。
「ボグダン様、お久し振りです。先日は父が大変お世話になりました」
さわやかな声に真面目な表情で、彼は深く頭を下げてきま。
僕はこの人を知らないけど、この人は僕を知ってるようで……こういうとき対応に困る。
「申し訳ございません、ボグダン様のお噂を聞き及んでおりまして、お会いした気になっておりました。プラホヴァ家家令コンセルトの息子で、ストワードと申します。以後お見知りおき下されば幸いです」
僕がまごまごしている内に、ストワードさんが気付いて、物凄く丁寧に自己紹介してくれた。
しかし、勘違いするほどの噂って、どんな噂だよ……というか、僕なのか『こいつ』なのか、どっちの噂なんだ。
「ご丁寧にありがとうございます。ボグダンです。こちらこそよろしくお願いいたします」
僕が同じように頭を下げて挨拶を返すと──なぜか驚いた表情を一瞬見せるストワードさん。
すぐに元の表情に戻ったけど、これって……『こいつ』を知ってる態度だ。
ということは、さっきの行動は、僕が忘れてしまっていることを気付かせないために、自分が勘違いしていたことにしたんだ。恥を掻かせないために。
さすが、
気遣いの嘘に僕は気付いたものの、その後も、とても気分良くストワードさんと話が出来た。
優秀な人は、相手を気分良くさせながら話すことが出来るのかな?
そして、ストワードさんの案内で、お屋敷へと馬車に乗って移動した。
この距離で馬車とか、まるで貴族みたいな扱いに、正直戸惑ってしまった。
いや、まあ、村長も貴族の端くれだから、僕も末端にいるらしいんだけどね……
しかも、僕にとっては歩いた方が早いし、乗り心地も悪いから、決して良いものでは無かったけど。
今後、馬車に乗る機会があるなら、乗り心地だけは何とかしないとダメだな……長距離乗ったら、絶対酔う。
屋敷に到着して、領主の部屋に通されると、人払いがされて、僕と領主とストワードさんの3人だけが部屋に残った。
コンセルトさんは他の用事かな?
「城に戻って代官をしてもらっているよ。避暑の間、最近はこのストワードが代官を務めていたのだがな……今は変わってもらっている」
なんだか深刻そうな表情になる領主。今日呼ばれたことと関係がありそうだ。
つまり、ネブン関連だろう。
領主は一度言葉を切って、ストワードさんの煎れた紅茶で舌を湿らせた後、もう一度重そうに口を開いた。
「ボグダン君。ネブンのことでもう一度確認したいのだが、息子はもう生き返ることはないのか?」
これか……
また、ビータ夫人の気分が落ち込んできたのだろうか?
「はい。目を覚ますことはありません。わたしに出来る範囲ですと、どれだけ頑張っても、ネブン様の身体を使って、ゴーレムのような単純な命令を聞く人形を作るのが限界です」
これが、事前に聞いていた、「目を覚ましたような状況を作り出すことが出来ないか?」という問いに対する、僕の答えだ。
最近の魔法研究で見付けたナノマシンを利用すれば、僕のランクなら単純命令を聞く程度まで組むことが出来る。
彼の意思の代わりにナノマシンを使えば、半自律で動くことは可能になると思う。
でも、それは決して、以前の彼ではないし、人と言えるものでも無い。
ランクが高ければ、人のように振る舞う人形を、作れたかも知れないけど……
魔法の限界を感じて、苦々しい思いをしている僕に対して、領主とストワードさんは、あり得ないものを見る表情で僕を見てきた。
「そんなことが可能なのか……」
「本当に……父の思っている通りだ……」
また自分で聞いてきておいて、驚いてる人たちがいる……
ということは、さっきの質問は、ただ単純に生き返らないことの確認だけだったのか。
「いや……人形になってしまうなら意味は無い。やはり、
「やはり、父の策が最善かと具申します」
「しかし……本当によいのか?」
「覚悟は出来ております」
あのー……? その確認だけなら、帰って良いかな?
何だか深刻そうに話してるけど、内容が全然見えてこないんだけど?
僕の戸惑いに気付いたのか、ストワードさんが慌ててこちらを向いた。
「ボグダン様、気を悪くされたなら大変申し訳御座いません! しかし、これから行おうとしていることはボグダン様のお力が必要でして、どうかご協力願えないでしょうか?」
変わらず腰の低い態度で、僕に頭を下げてくるストワードさん。
そう言われても、何をするのかを聞かせて貰えないと、協力も出来ないんだけど……?
「言いにくいことだからと、躊躇っていては無駄に時間を取らせてしまうな……すまん」
これには僕が驚かされた。
僕の時間を使うことに対して、領主が謝ってくるなんて。
立場的にはそんなこと考えなくても良いはずなのに。
そんなに依頼しにくいことなのかな?
「とりあえず、依頼をお聞きしないことには出来る出来ないの判断も出来ませんから、何をされたいのかはお教えください」
僕は領主に向けて、なるべくやんわりとお願いした。
ストワードさんぐらい有能だったら、これだけ目の前で話をされたら、気付くのかも知れないけど。
「そうだな…………簡単に言うと、このストワードをネブンにしてもらいたい」
え? 身体を入れ替えるってこと?
ぶつかった衝撃で中身が入れ替わってしまった!?なんて、そんな漫画みたいなことは起こり得ないよ?
「僭越ながら補足致しますと、わたしの容姿と声をネブン様に合わせていただければ」
ああ、そういうことか。
つまり、有名人と同じ顔になりたい!っていう整形の依頼と同じか。
いや、どちらかというと、高額な報酬を要求する黒い医者が依頼されそうな、犯罪まがいの内容だね。
「そうなると、ネブン様もストワードさんの見た目にしたら良いと言うことですか?」
権力者の入れ替わりって……いつの間にか領主の跡取り息子が別人に変わってた、なんて乗っ取りとしか考えられないけど、この場合、ご本人の希望なので、さすがに問題無いのだろう。
見ず知らずの人を整形して、傀儡にするわけでもないし。
「…………そういうことになる」
何で答えに間があったの……? やりたいことから考えたら、ネブンが二人になったら不味いでしょうに。
ネブン事件の幕引きに、領主が出した答えがこれか。
正しくは、領主と家令とその息子だけど。
確かに、この方法なら、色んな問題を一気に解決できる。
ただ……
「ビータ夫人はこのことをご存知なのですか?」
「いや。話していない」
「それだと、夫人がお気付きになられたときに、酷では御座いませんか?」
ビータ夫人が気付かないなら良いのだけど……母親が気付かないなんてあり得ないと思う。
夫人は新しいネブンに対し、諸処に違和感を感じるだろう。
自分の信じているものが、偽物だと分かってしまったら、嫌悪の対象になりかねない。追い出そうとするかもしれない。最悪、殺そうとするかもしれない。
領主夫妻間や親子間に確執を生むなら、止めた方が良い気がする……
「ストワードが成り代わってることは話さないが……別人のようになることは伝えておく。あれも、今まで通りでなくても良いから、目を覚まして欲しいと言っておった」
そこに、別人が成り代わることが、含まれてるとは思えないけど……
「ネブンと共に育ってきたストワードのことを、実の息子のように思っているのも、また確かなのだ」
それなら尚のこと、ストワードさんが居なくなってもツラいような?
「ボグダン様。わたしは、ネブン様と奥様のことも良く見てきました。わたしが奥様を不安にさせないように努力します。ですので、どうかお願い致します」
そう言って、ストワードさんは深く頭を下げてくる。
とても必至な雰囲気だ。
ストワードさんはプラホヴァ家のことを、そこまで考えている──つまり、心配をしているように伝わってくる。
領主も、この家令親子をとても信頼している。
あまり関係のない僕が、そこまで気にすることではないのかも知れない。
でも少しだけ、本心を聞いておきたい。
「ビータ夫人、ストワードさん、それぞれ一対一でお話しさせてください。もちろん、夫人へ具体的に何をするのか伝えることは致しません。気持ちをお聞きしたいだけです」
領主とストワードさんが顔を見合わせた後、領主が頷いた。
「分かった。わたしたちは、ボグダン君を頼るしか道が無い。君の思うようにしてくれたら良い」
僕が断るなら、強制もしないし、入れ替わりが出来なくて良いということか。
僕の答えは、二人の気持ち次第なのだから、許可を貰えたのだから、とにかく聞いてみよう。
◇◆
ビータ夫人の部屋に通してもらい、今は人払いをして2人だけが部屋に残っている。
「ボグダンさん、改まってどうしましたの?」
夫人は首を傾げて僕を見つめてくるが、どうにもいつもと雰囲気が違う。
夫人の経過観察に来ていたときは、もっとふんわりとした雰囲気だった。
それが今は、目に力が入っている気がする。
何と言うのが適切か分からないけど、覚悟を決めたような、そんな雰囲気がある。
僕がわざわざ一対一で話をするということで、何か思うところがあるのかも知れない。
それなら、遠回しに言ってもしょうが無いだろう。
「ネブン様のことです」
僕が単刀直入にそう言っても、夫人には変化が無かった。
「やはりそうですか……息子はどうなるのですか?」
やはり薄々気付いていたようで、少し緊張感はあるものの、動揺はないようだった。
「目を覚ます方法はありました。しかしながら、犠牲が必要となります」
この言葉に、動揺が生まれた。
「つまり、生贄でしょうか……?」
悪魔という存在が普通に出て来る世界なのだから、命に関わる犠牲となると、そういう発想になるのか。
「そうですね……仮に、死に瀕している者を助けるのに、代わりに誰か大切な人の命を差し出せば助けられるとしたら、夫人はどうされますか? そして、どんな結果を望みますか?」
「結果ですか……? 息子が生き返る以外に結果があるのですか?」
そう、そこだ。
普通に考えたら、一つの望んだ結果を得るために犠牲を捧げる。
でも、大抵、なぜか望んだ結果ではないことが多いように思う。
それは、盲目的に一つのことを望んでしまって、検証が出来なくなっているからだ。
誰かに「欲しい物が手に入りますよ」と言われたとき、本当にそれが自分の望んだものと同じか、失うものは無いか、他の不利益を押し付けられないか、などの慎重な検証を行えない心理状態になってしまう。
そういう心理状態は、往々にして詐欺に利用される。
正常に判断できるなら、詐欺に引っ掛かったりしない。
僕の場合は詐欺をしたいわけじゃないけど、だからこそ、盲目的になってしまう思考を、ここでリセットしたいと思う。
遺恨が残らないように。
「可能性は色々考えることが出来ます。犠牲となる人は死に、ネブン様は目を覚ましてけど悪魔が乗り移ったまま。これでも、目を覚ますことを望みますか?」
「そんな……」
夫人は顔を青くして息を飲んだ。
例えが悪すぎたかな……
「例えの話です。僕はそんな残念な結果になる魔法は使いません」
「そうですか。今言われた結果ですと、もちろん、わたしは望みませんわ」
少し冷静に考える事が出来るようになったかな。
「では、2人とも助から無いとしたら、どこまで許容出来ますか? その大切な1人を犠牲にして、元のネブン様を取り戻しますか?」
「うーん……それも何だか違う気がしますわ。大切な人2人を天秤に掛けるようなこと、わたしには出来そうにないですわ」
誰かを犠牲にしてまで、自分の息子を取り戻したいわけではないようだ。
日が経って、すでにそれなりに心の整理が出来ているのかもしれない。
「そうですわね。わたしは、完全に1人を亡くしてしまうより、半分ずつでも良いから、2人とも残って欲しいと思いますわ。それで、2人とも生きているように感じられたら、なお良いなと思いますの」
そう言って、ビータ夫人は僕へにっこりと微笑んだ。
何とも我が儘な答えだね。
それで出来上がるのは全くの別人なのに。
でも、夫人が2人の面影を追えるのなら、最適な答えだ。
そして、その方法なら、死んだはずのネブンも、この人の中では生き続けることが出来るわけだ。
完全にいなくなってしまうよりは、優しい世界なのかもしれない。
「素敵な考えですね。夫人のお考えは理解致しました」
その後、軽く会話をした後、僕は夫人の部屋を後にした。
ビータ夫人は、今回の入れ替わりで問題は無さそうだ。誰が『犠牲』になったのかは、しっかり伝える必要はありそうだけど。
後は、ストワードさんが本当はどう思っているのかだけだ。
僕はストワードさんを連れて、医院へ戻ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます