1-030 それが異世界美容整形医のようで
僕とストワードさんは、医院の診察室に戻ってきていた。
戻ってきた僕たちに、ミレルがお茶を煎れて持ってきてくれたけど、すぐに察して席を外してくれた。
優秀な奥さんだ。
「お屋敷にいたら仕事モードが抜けないと思ってね、こっちに来てもらったんだ。ストワードさんの本心を、包み隠さず聞いておきたくて」
務めて砕けた口調で、僕は話を切り出した。
でも、この部屋の内装が気になるのか、ストワードさんの視線が、机や診察台だけでなく、壁や天井まで走り回っている。
受付で話していたときはそうでもなかったのに、この部屋に何か特殊なものでも置いていたかな?
ただの診察室なんだけどな……
「はっ……! 大変失礼致しました。ボグダン様にお時間を取っていただいているのに、お待たせしてしまうなど愚かなことをしてしまい、本当に申し訳御座いません!」
ただの村長の息子に、そんなに気を遣わなくても……普段相手にしているのは領主なんだから、それより目下の者と話をするんだから、もっと気楽にしてくれたら良いのに。
これでは本心が聞き出せない。対等だと思ってもらわないと、上辺の言葉だけ返ってきそうだ。
少し丁寧な言葉に引き上げよう。
「そんな恐縮しないで下さい。次期領主という立場だったら、領内の村の者に頭を下げるなんて事を、そんな簡単にしますか?」
ストワードさんは、ハッとした表情をして、また頭を下げた。
「すでに試されていたのですね……わたしがネブン様として相応しいか……」
いや、全然そんなことは試していないし、求めていないよ!
完全にネブンになっちゃったら、もう一回悪魔(仮)を祓わないといけなくなっちゃうよ……
そこは軽く否定しておいて──
「あなたがネブン様になるなら、ストワードさんは死ぬことになります。それで本当に良いのですか?」
「それは問題ありません。ストワードと言う男は代官を務めることもありましたが、次期領主にそれが出来るなら、ストワードは必要なくなります」
ストワードさんは、きっぱりとそう言い切ってしまった。
んー……まだ仕事モードなの……?
「仲の良い使用人はいませんか? もっと言えば恋人とか。ストワードさんが死んだら、その人達はどう思いますか?」
「悲しむ方が居ないとは申しません。ですが、プラホヴァ家の為なら、その程度のこと問題ではありません」
貴族家のことをとても大事にしているけど、この世界の貴族に仕える人はこんなものなのかな?
もっと本音がないのかな……
「見ようによっては、あなたがプラホヴァ家を乗っ取るためにしている、と考えることが出来ますけど?」
「そんな! 心外です! 父共々プラホヴァ家に仕える者として、常々プラホヴァ家の繁栄を願っています!!」
ストワードさんは立ち上がって、激情を
自分を否定されたから怒ったのか、図星を突かれて怒ったのか……今までのストワードさんを見てると、前者にしか見えないよね。
どうでも良いけど、面接官になった気分を僕が感じているのはなぜだろう……感情を揺さぶって本性を見ることに、余り意味は感じなかったものだけど。
でも、今は、本音が知りたいので、少し感情が出るようになってくれて良かったと思う。
僕はストワードさんが落ち着くのを待ってから続けた。
「僕はこれから、プラホヴァ家の重大な秘密に関わることになります。ネブン様が死んでいることを秘匿するのですから。そんな僕に隠し事は無用ですよ。本心をすべて話して貰えませんか?」
ストワードさんの瞳が揺れている。
この人はきっと、生まれたときから家令の息子として、プラホヴァ家に仕えてきたのだろう。だから、本心を封じることを子供の時からしてきたんだと思う。
特に、
「やはり、ボグダン様はお見通しですか……」
……なんか間違った解釈してないよね?
ストワードさんって優秀な人だから、僕が思ってることより多く考えてるでしょ……
「父が、ボグダン様には逆らうな、絶対に不快にさせるなと申しておりました……隠し立てして申し訳御座いません」
今日何度目か分からない、ストワードさんの謝罪が返ってきた。
っていうか、コンセルトさんは息子に何を吹き込んだの!?
そこまで言われる意味が分からないよ!
「わたしも先ほどの主様の質問──ネブン様を生き返らせることが可能か?に対するボグダン様の回答で、ボグタン様のお力は理解は出来ていました。ですが、もしかしたら、慈悲をかけて貰えるかもしれない、という思いが邪魔をしました」
頭を下げたままストワードさんが続けた。
僕のあの回答に何か問題があった??
魔法の限界を晒しただけのはずなんだけど?
「あの回答が示すところは2つあったと思っています。一つは死者を操れるような魔法が使えること。もう一つはわたしの想像ですが、その未知の魔法を生者に掛けた場合、傀儡に出来るのでは無いかということです。父は、悪魔も操れるかも知れないと、申しておりました」
なにそれ!? それって、僕がネブンを操ってたかもしれない、ってコンセルトさんに疑われてるって事?!
コンセルトさんは『こいつ』のことを知っていたみたいだし、『こいつ』が魔法を自在に操れるようになったなら、やりかねないと思ったのかも知れない。
「誤解です。それなら、使用人達の治療をしたり、衣服を用意したりしないでしょう? 恩を売るより操った方が早いじゃないですか? 僕は人に恩を売る気も無かったですけど」
僕の回答に、ストワードさんは、安心したような表情をしてくれた。
「わたしは思っておりませんのでご安心ください。わたしは、悪しき者を退治して下さったのだと思っています」
今度は、悪しき者、と来ましたか……ネブンのことだよね?
「一切隠さずお話しします」
ストワードさんはそう前置きしてから、自分の考えや思い、自分の過去のことなどを話し始めた。
その大半はネブンに対する怒りで、領主夫妻のことやコンセルトさんのこと、プラホヴァ家の未来やその懸念、そして今回のネブンの事件へと繋がった。
ストワードさんの語りは、穏やかかつ真摯な態度で、手を組んでいれば、まるで祈りや懺悔のように見えたかも知れない。
簡単に言うと、ネブンをこれ以上ないぐらいクズだと思っていたけど、一人っ子なので次期領主は確実だから、プラホヴァ家の未来を憂いていたと。
「ですので、神様がチャンスを下さったのだと思い、ネブン様になることを決意しました。ネブン様はまだお眠りされているだけで、生き続けていらっしゃる。まるで誰かが入れ替わるのを待っているかのようではないですか!」
ストワードさんが、なんか意味ありげな視線を送ってくるけど…… 都合の良い解釈だよね。
でも、確かに、何かしら打てる手があるなら打つために、僕は『
「ネブン様をあんな風に育ててしまった領主夫妻に、憤りを感じたりはしなかったのですか?」
「滅相もないです。主様は領主として素晴らしいお方です。他領の領主がしているような無駄な贅沢はされず領民想いですし、堅実な統治をされています。奥様もいつまでもお綺麗でお優しいですし、領民の出身ですから、同じ領民から絶大な人気なのです。そんな素晴らしいご両親ですのに、なぜあんな風に育ってしまったのか……なぜあんなに素晴らしいご両親を苦しるのか……自分であれば……と思ったことも無いとは申しません」
教育に関する考え方は不明だけど、ストワードさんが領主夫妻を尊敬していて、とても好きなことは分かった。
それなら、ストワードさんの負の感情が、期待外れなネブンにほとんど流れていたとしてもおかしくない。
そして、自分が彼らの息子であれば、もっと期待に応えられただろうと思っていたようだ。
だったら、今回の入れ替わりは、ストワードさんが本当に心から望んでいることみたいだね。
ネブンより遥かに領主に向いてる考え方だし。
なら、ストワードさんの気持ちはクリアだ。
「ところで、自分に恋愛感情を持っている人に心当たりはありませんか? 憧れの感情を抱いていた人とか。そんな人達から、今度は害意を向けられるようになりますけど、大丈夫ですか?」
最後に、ストワードさんがネブンになったとき、恐らく一番問題となることを聞いてみた。
優秀な彼のことだから、憧れや恋愛の対象になっていてもおかしくない。
その人間が死んだときに、負の感情が流れる先は……きっとネブンに向くだろう。
どれだけ隠したところで、この事件を知っている使用人達は、ネブンの復活とストワードさんの死に、関連性を感じると思う。
当然、その予想の終着点は、まるでストワードさんがネブンの代わりに死んだと見られると思う。
そうなると、ストワードさんに対して良い感情を持っていた人達から、ネブンは責められることになるだろう。
でも、そのネブンは入れ替わったストワードさんだ。
ストワードさんは、自分への好意が逆転した悪意に
真実は答えることが出来ないし、苦悩すること間違いない。
「仕方のないことで、受け入れるつもりです。ですが、わたしのなるネブン様は、プラホヴァ家の為に働くネブン様です。その働きを見て、皆いつか分かってくれる日が来ると信じています」
そんなことをみんなに理解してもらう前に、刺されて死んでしまったら終わりなんだけどな……現に、使用人の一人は、ネブンを殺そうとしていたみたいだし。
ただ、ストワードさんは、自分に害意を向けられることを想定していることは分かった。
毒を食らわば皿までってことかな。
どちらかというと、良薬口に苦しってところか。
元製薬会社社員としては、良い薬なら味も良くしたいところだけどね。
「そうですか。覚悟は分かりました」
僕の答えに、ストワードさんが表情を明るくする。
「ありがとうございます!」
ネブンという嫌われ者になる過酷な道を、選んでしまうことを止めたかっただけで、止められなかった以上、感謝されることではないのだけど……お礼を言われてしまっては、少しぐらい悪いことが起こらないようにしてあげたいな。
「ストワードさんがいつも身に付けている物って何かありますか?」
ストワードさんは突然の質問に、一瞬不思議そうにした後口を開いた。
「お気に入りのカフスボタンがありまして、仕事着にいつも付けています」
何ともお洒落な回答だね。
って言っても、いわゆる執事服を身に付けてるストワードさんが、私物を持ち歩ける隙は殆どないから、当然なんだけど。
万年筆や時計が存在するなら持ってそうな物だけど、残念ながらまだ見掛けていない。
「ネブン様になってしまうと、それは今までのようには、身に付けられなくなりますよね?」
「え、ええ、そうなります」
僕が何をしたいか分からないようで、ストワードさんが困惑しながら答えを返してきた。
魔法を使える人が少ないんだから、当然だろうけど。
「分かりました。では、お屋敷に戻る前に、準備をしましょう」
不思議そうにしているストワードさんを連れて、ある場所へ向かった。
◇◆
さて、ここで問題になるのが、2人を完全に入れ替えないといけないということ。
誰かにネブンが2人いる瞬間を見られてはいけない。
ストワードさんをネブンにしたら、ネブンをストワードさんにしないといけない。
とりあえず、先にストワードさんをネブンにするつもりなので、寝ているネブンをサンプルにすれば良い。
でも、ネブンをストワードさんにする時には、ストワードさんの参考となる身体はもう無くなってしまっている。
だから、ストワードさんの容姿を記録した何かが必要になる。
立体物をコピーする魔法はあるったんだけど……統術ランクが足りないので使えなかった。
することはコピーだけなのに、やけにランクが高かったのは、きっとこれも、魔法による犯罪防止の為なんだろうね。
魔法による整形も充分犯罪に使えそうなんだけど……魔法で自動的に行われるコピーとは違って、整形で完璧に同一のものにするには、卓越した技術が必要なので、問題が起きなかったのかも知れない。
ということで、やって来たのは、ランプ工房。
もちろん、イリーナのお絵描き技術を頼るためだ。
僕が燻製肉を持っていくと、喜んで対応してくれた。なんとなく子供を騙してる気がするけど……気にしてはいけない。
また今度、医院に来たいと言われたので、その時にはしっかり相手をすることを約束しておいた。
医院には珍しい物がいっぱい置いてあるし、遊びに来たいんだろう。
とりあえず、ストワードさんには肌着姿になってもらって、一応全方向から描いてもらった。
なぜか1枚だけ、バストアップで肖像画風に描かれた絵があった。やけにかっこ良く描かれていたのは、イリーナの趣味だろうか……それ以外は完全な模写なのに。
全身図を手に入れた僕とストワードさんは、イリーナとラズバン氏にお礼を言って、工房を後にしてそのままお屋敷へと向かった。
◇◆
そして、ネブンの部屋。
窓には遮光カーテンを引き、入口の扉は固く閉ざしてある。
誰も入ってこられないし、窓から中を覗くことも出来ない。
灯りがなければ真っ暗になってしまうぐらいの部屋だけど、僕手製の
ネブンのベッドの横にもう一つベッドを作り、ストワードさんにそこへ寝てもらった。
ベッド脇には姿見も用意した。
すぐに次の作業に入れるように、眠るネブンの横にはストワードさんの全身図も準備した。
「さて、手術を始めようと思いますが、最終確認です。今はまだ引き返せますが、どうしますか?」
ストワードさんは、一度目を閉じて深く呼吸をしてから答えた。
「いえ、大丈夫です。よろしくお願いします」
これから、ストワードさんは自分を捨て、他の人間として生きていく。
彼の見知った人間とは言え、彼自身ではないのだから、本来の彼は死ぬことになる。
でも、彼が望んでいた者になるのも確かだ。
彼は死に、望んだ者として生き返る。
その先に、多少過酷な人生が待っていたとしても……
ふと、どこかで同じ境遇を見たような気がして、僕は天井を見上げた。
天の先、もっと遠くの、この世ではない場所を見るように。
「ああ、転生……」
僕自身じゃん。
僕も他人になったんだった。
そして、今こうして、ボグタンとして生きている。
色々変わったのは確かだけど……僕自身、僕のあり方は変わっていない。
ストワードさんも同じだ。
完全なネブンになるわけじゃない。
彼のあり方は持ったままだ。
そして、それがあるから、プラホヴァ領の未来は明るくなる。
つまり、彼のあり方は無くしてはいけないものだ。
「ストワードさん、例え魔法で姿形が変わり、環境や身分が変わっても、あなたはあなたのままです。困難はあると思いますけど、それを忘れなければ、きっと全て上手く行きます」
先輩としてのアドバイス。
彼には神様アシストが無いのだから、少しぐらい僕がアシストするべきだろう。
補助する魔石を作って渡すのもそうだ。
それが、異世界美容整形医としての責任だ。
「ありがたきお言葉、決して忘れぬようにします」
ストワードさんはなぜか、目を潤ませるほどに感動して、礼を伝えてきた。
そんな大層な言葉でもないのに……
「では、始めましょう」
そして、僕は、手術をおこなった。
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