1-014 嫁さんの癒やし効果は凄いようで
オレはネブン・ウレイ・プラホヴァ。つまりこのプラホヴァ領の次期領主だ。
暑くなってきて、今年もこの季節がやってきたと感じる。
避暑でど田舎のシエナ村というところへ行く時期だ。
普段から退屈で、同じように暇な侍従や下人に命令を出していないと死んでしまいそうだが、この避暑に行く期間は少し面白い男が供回りにつくので退屈しのぎにはなる。
ボグダンとか言う、避暑に行く村の村長の息子だとか。
だが、そんな肩書きはどうでも良い。どうせオレより偉いやつじゃない。オレの命令を聞く側だ。
そんな田舎村の男をオレがわざわざ目に掛けているのは、オレの下につくやつの中で、唯一、無抵抗の人間をオレの要望通りに殺せる男だったからだ。
避暑に行く時はいつも途中の町で、なるべく奴隷に成り立ての、まだ現実を分かっていない若い女奴隷を買っていく。
そしてそいつで一夏遊んだら、帰るときには棄てる。
連れて帰ったところで面倒だし、避暑の間の遊び道具として買っただけなのだから、処分して帰るだけだ。
だいたい奴隷として命を買ったのだから、オレの好きにして良いだろう。
現実を分からせて、嬲って、犯して、最後に棄てる。
それでどうなろうがオレには関係の無いことだ。
そして、ここ数年は、その『棄てる』が『殺す』に変わっていた。
それは実に良いことだ。
生き物として、たまには殺すことをしておかないと、本能が鈍ってしまうからな。
だと言うのにオヤジは止めろという。
全くオヤジは分かっていないな!
奴隷を容赦なく殺すということは、
もちろん侍従達の信頼も得られている。立場関係も分からせられる。侍女も素直に身体を預けてくる。
良いことばかりの最高の手段だというのに。
そんな殺すという大役をボグダンという男に任せていた。
奴隷をやるから好きにして良いと初めて言ったときに、あの男はあっさりと殺したからだ。
それを見てオレは、オレが思う程度にしっかり仕事をするやつだ、と最初は褒めたはずだ。あまり憶えていないが。
自分で殺して来なかったのは、服を汚したくないからだな。
決してオレが殺せなかったからではない。
オレが本気になれば、あの男以上に残忍に殺せるだろうが、ただの不要品の処分に本気になることもないだろう。
そうだな、あの男は本気度が高かったのだ。
だから、ボグダンという男は、オレの退屈しのぎには丁度良い、そう考えていたが……
どういうことか?
一年ぶりに会ったあいつは、人の言うことを従者のように
オヤジは大層気に入っていたが、あんなやつの何が良いんだ!?
それなら、むかつく家令と同じではないか!
あいつはダメだ!!
去年まであった獰猛な野獣の気配が、今年は道端の草と同じぐらい気配を感じさせなくなっていた。
決して、期待していたわけじゃないが、あのモンスターのような男を従わせることが、少し楽しみだったところはあった。
オレは誰でも従えることが出来る証明のようなものだったからな。
だが、今のこいつを従えたところで、他の侍従以下の気持ちしか得られない。
いけ好かない家令やその息子と同じように、バカにしている雰囲気を感じる!!
人を見透かすような反抗的な意思だ!
そんな意思を持ってるやつに──ただ上辺だけで命令を
オレが言ったことを言葉以上に理解して働く者こそ、オレがそいつを従えるに値する。
だからこそ、少ない言葉で命令を下し、育ててやっているのだ。
理解できない愚か者ばかりだから、身体に教え込ませていることもたくさんある。特に女にはしっかり教え込んでいる。
オレに奉仕することこそ仕える者の役目だからな。
そうして、少しずつ育てていっているのだ、感謝されて当然だろう。
だと言うのに、あいつには他の侍従以上にそれが無かった! 全くなかった!!
何を命令しても、なんの表情も変えること無く対応しやがる。
冷たい水と言えば、冷やしただけの水を持ってくる。こんなものではないと言えば、氷を入れた水を持ってくる。まだ足りないと言えば、コップまで氷にして持ってくる。持つ手が冷たいと言えば、温度を感じさせないコップに、氷より冷たい水を入れて持ってくる。冷たすぎて逆に火傷するかと思ったぐらいだ。
何を言っても用意しやがる。
そんなことを何度も繰り返しいるうちに、どんどん苛立ちが溜まっていった。
何でも用意できるなら、オレが言う前に、オレの気持ちを察して持ってこい!
全く出来ないやつばかりだ!!
こんなことでは、この村での退屈しのぎが無くなってしまうではないか。
だったら、こんな村、存在価値がないだろう。
いや……まだ、少しはあるな。
今日見た女共はなかなかだった。
領都でもそうそう見るものじゃないレベルだ。
ダマリスやミレルとか言ったか……名前はどうでも良いが。
理由は知らんが、最近、この村には美人が多くなったとか言っていたな。
この時期にわざわざ美人が増えた?
ん? そう言うことか?
このオレを楽しませるために、この村に美人が多くなったということか。
神も良い計らいをするではないか。
やはり、オレは神に選ばれているということだな。
つまり、オレは人を従えるべき人間だということだ。
今日はこの奴隷で我慢するが、明日からは毎日誰か村の女を呼ぶことにしよう。
それなら、少しは楽しめるだろう。
女もこのオレを楽しませる役に立てるなら喜ぶだろうし、これは丁度良いな。
神に選ばれるオレのような従えるべき人間に従う、それが人間の正しい姿だ。
そうだな、その女を呼んでくる役を、あの使えなくなった男に任せてみるか。
この村の者だし丁度良いだろう。
そんな風に明日のことを考えて女奴隷を嬲っていたが、オレの苛立ちは消えることなく、女の悲鳴が途切れた頃に朝を迎えた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
自宅に帰ってきて、ソファにぐったりと脱力して横たわる。
疲れた……ひたすらに疲れた。
今日何を言ったか?何をしたか?を、全部思い出すのも難しいぐらい色々した。
でも、思い返さずにはいられない。
なんなの、あれ?
領主やその夫人は良識のある人物で、色んな要望はされたけどまともな範囲だった。
でも、あれはダメだ。
予感していたように、問題はあのネブンとか言う残念な息子だった。
もはや『様』をつける気にはなれない。
簡潔に表現するなら、選民思想にとらわれた哀れな貴族の良い例だった。
あれが欲しいこれが欲しいと欲求を端的な言葉で押し付けてきて、それに対応すれば、これはダメだとダメ出しする。
自分の言ったものが、自分の気持ちや意図をくみ取って、当然のように用意されると思っているし、用意できない物を態と言って失態を責めようとしている節もあった。
従う者へ命令を出し、失敗させて、その者を怒ることで、間違いなく自分が上位者だと認識しているのだろう。
とにかく自分の立場が上だと認識したくて、「下にいる者を従えている」と実感できないと、安心できない類いだ。
その安心を崩すと、すぐに癇癪を起こして拗ねる。そして、下の者が謝ってくるのを待ち、また立場が上だと安心し、その上で罰を与える。
体罰はもちろん、更にイヤな仕事を与えたり、辱めを与えたり、最悪、貴族特権で殺すこともあり得る。
僕より年下だけど、成人を迎えてからそれなりに年は取ってるらしい。
なのに、まるで子供だ。
命令を下せるから大人になった気でいるだけで、自立した考えを持てていない。
仕事で言えば、絶対に上司にしたくないタイプ、上司になったら精神が病むこと間違いなし、もし下に付いたら、身体にも心にも傷が残り社会復帰が難しくなってしまいそう。
上位者か第三者機関に即ハラスメント報告をして、降格か辞職に追い込まないと、被害者が増える一方だ。
しかしネブンの場合、上位者が親で第三者機関が無いから、歯止めがきいてないし、同じ事を続けていられるという最悪のパターン。
これでネブン付きのチンピラが居たら、最悪の場合、完全な自由を得るために、親でも殺しそうだ。
ネブン自身は、絶対に抵抗できない下位の者にしか手を出さないようだから、まだ助かってる感じがする。
親もさすがにヤバいと思って、身の回りの世話をする者以外は遠ざけているのかも知れないな。
もっと他にやることがあるだろうに……
そして、その唯一のチンピラ役が、この季節──避暑の時だけ『こいつ』という形を得ていたのだろう。
それがひしひしと感じられた。逆の感情となって僕にぶつけられたから。
今年は『こいつ』が僕になってしまった。
期待外れすぎてイライラマックスだった事だろうよ。
だからなのか、要望が多過ぎた。
その度に魔法を使って対応した。
この世界に魔力やMPの概念があったら、とっくに底を突いていただろう。
なるべく、不完全なものを提供するように対応した……本来この世界で作れないものだったら困るから。あと、あの態度が昔の上司を思い出してムカついたし。
それがまた、相手をイライラさせたんじゃないかと思う。
しょうも無い話だ……
本当につまらない話だけど……まだ1日終わっただけだ。
彼はまだまだこの村に居る。
避暑と言うんだから、一季節分ネブンの相手をしないといけないことになる……気が重すぎる。
丸っきりさっき思った通り、僕が病んでしまう。
彼が居なくなっても誰も悲しまないから、いっそのこと消してしまおうか? その方がみんな幸せだよね? などと思ってしまうのは人として仕方がない。
……魔法が使えるようになって、それが簡単に実行できてしまうのが怖いところ……
と言いながらも、転生前はどうだったか思い返してみれば、イヤな上司の下に付いたときだって、実験室に置いてあるナイフ一本で殺すことは出来ただろうけど、それを実行することはなかった。
これが倫理観というものかな?
『出来ること』と『実際にすること』は全く違うものだから、魔法が使えようが使えまいが関係ない。
だから、きっと僕は、どれだけ自分が不愉快に思おうが、ネブンを殺すことはないだろう。
何かよほど恨むような事態になれば、その可能性も出てくるかもしれないけど。
そして、きっと彼を見殺しにもしない。
彼が怪我をしたら、医者として治す方を選ぶだろう。
殺すのが怖いから。
死を見るのが怖いから。
だから、『しない』のではなく『出来ない』と言うのが正しい。
これがゲームであれば、明らかな悪者やモンスターは躊躇いなく殺し、それが良い事だと思うんだろうけど……
魔法というゲームのような力が使えても、異種族が居る非現実な世界でも、僕の触覚はこれがリアルだと伝えてくる。
感覚が現実だと訴えてくる。
そんな世界では、僕は結局、人殺しなど出来ないと思うし、社畜的な働きを止めることは出来ないと思う。
変わらない……転生して、チートな魔法をもらっても、この考え方は変わらない。
チートな能力で異世界を変えていくような人間ではないのに、神様はなぜこんな僕を選んだのだろうか……? 人の可能性って何だろう……
今日を振り返っていただけなのに、そんなところまで疑問が及んでしまった。
かなり疲れているようだ。
頭を左右に振って思考を振り払い、目を開けると、ソファを覗き込んでいるミレルと目が合った。
心配そうに揺れる双眸を一瞬見つめてしまった。
領主夫妻の相手をして彼女も疲れただろうし、今日はもう寝る旨を告げよう。
そう思ってソファに身体を起こすと、その横──ソファの端にミレルがちょこんと座った。
「ボーグ疲れてる……?」
珍しくそんなことをミレルが聞いてきた。
疲れてる。
この家で、ミレルとギスギスした空気の下で過ごしていたときより、遙かに精神的に疲れてる。
あの時はあの時で疲れてたんだけど……ミレルが悪かったわけじゃ無いし、状況を変えたい思いがあったから、前向きだったんだろう。
今は耐え忍ぶしかないと後ろ向きに思ってるから、あの時よりストレスが強いのだと思われる。
うん、だから、疲れてる。
相手は嫁さんなんだし、隠しても仕方がないよね。
余計な心配を掛けてるんだから素直に言っておくことにした。
「そうなの……どんなに凄いことをしても、ボーグは笑ってたから、なんだか新鮮だわ」
ミレルにくすりと笑われてしまった。
どうやら動作だけではなく、しっかり顔に出ていたらしい。
こういうときは、愚痴でも言えば楽になるのかな?
「でも、不思議とわたしは安心したわ」
そう言ってミレルは、僕の頭を両手で挟み込んで、笑顔を見せてくれる。
それだけでも癒される。
そして、そのまま僕の顔を引っ張ってきた。
言葉の意味も、何がしたいのかも分からないから、少し抵抗してみたけど、少しずつ力が強くなり、口がへの字に曲がっていった。
どうやら彼女が望んでいるのはそうじゃないみたい。
だから、抵抗するのを止めて力を抜いてみると、僕の頭はミレルの太ももの上に誘導された。
柔らかい……
自分の口元が、勝手に緩んでいくのが分かる。
その安心感に、気に病んでいたことがどうでも良くなっていく。
嫁さんの膝枕すげー
視界のほとんどが彼女で埋まっている。
彼女の優しい笑顔と、彼女のキレイな髪の毛と、彼女の魅力的な上半身。
思わず抱き付きたくなる。
今日の僕はどうやら、かなり安心を求めていたらしい。
思ったときには膝枕されたまま、彼女の腰に抱き付いていた。
「ひゃ!?」
いつも通り、予想外な僕の行動に、変な声を上げるミレル。
カワイイ……
柔らかい……
腰細い……
カワイイ……
柔らかい……
気持ちいい……
カワイイ…………
柔らかい…………
温かい…………
カワイイ…………
柔らかい…………
良い匂い………………
カワイイ………………
柔らかい………………
頭の下の太ももから感じる温かさと、頭の上に置かれた手から感じる優しさ。
口の中いっぱいに安心が満たされて、筋肉も思考もじんわりと
そして僕の意識は、幸せな夢の淵へ落ちていった。
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