1-015 それぞれの向かう先


 ボーグってやっぱり、記憶喪失になったんじゃなくて、神様の使いになったんじゃないかしら?


 あんな大きな温泉を2日で造っちゃうのもそうだけど、今度は街道の整備をわたしたちがピクニックしてる間に終わらせちゃった。

 休憩用の石造りの建物も整備した街道も、この村では見たことがないくらいにお洒落で、どこからその感性が出てきているのか気になるくらい。

 聞いてみたら「過去に見た物を思い出しながら造ってる」って言ってたけど、記憶喪失の人がそんなものを思い出せるのかしら? それに、記憶が無くなる前も、遠くても領都までしか行ってなかったと思うのだけど……やっぱり神様の使いで、天界でも思い出して造ってるいるんじゃないかというぐらい、神々しさすら感じるキレイさだったわ……

 今回直したのは、街道が崩れていたところと、野営地だけだったけど、あの早さなら麓の町まで1日ぐらいで終わらせちゃうんじゃないかな?

 大きな石板に載って空を飛ぶのも気持ち良かったし、移動も早いし馬車みたいに揺れないし、とっても楽しかったわ。

 空を飛んで、地面を造っていくなんて……まるで天地創造よね?

 それって神様のおこなった事よね?

 ボーグはこのまま世界を造り替えるんじゃないかしら?


 アルバトレ教の言う神様はなんとなく信じられないけど、ボーグが言う神様なら信じられそう。

 そして、ボーグがその神様の使いって言われても信じられる。

 だってボーグは、その力を村のためになることばかりに使っているんだもの。

 そんな人の伴侶で居られることが幸せだわ。

 まだ形だけな気がするけれど……なんでも簡単にやってしまう神様の使いに伴侶が必要だとしたら……それしかないわよね?

 でも、神様の使いに欲があるのかな……?

 だって欲を訴えるような視線を感じることが無いし、ボーグの雰囲気が全然そんな風にならないんだもの。

 いつも優しい笑顔でわたしを見てる。

 わたしの見た目は、ボーグの好きなようにしてもらったから、ボーグにとって魅力的なんだと思うけど……

 そういう欲望的な部分じゃなくて、神の器かどうか測られてて、わたしにはまだ足りないのだったりしたらどうしよう……悪魔の件もあるし……そう思うとちょっと不安になってくるわ……

 ううん、まだボーグに認められないのなら、認められるようになるまでなのよ。

 ボーグは優しいから、きっとわたしのことを大切に思っていてくれて、それまで待ってくれてるのよね。


 そんな、人のことを思うところも、ボーグは凄いと思うの。

 ボーグの凄いところをみんなもっと知って欲しいな。


 領主様が避暑に来られたから、丁度良いと思うわ。

 領主様にもボーグのことを知ってもらって、この村をもっと良くなるようにお話しできたら良いな。

 あ、でも、領主様は昔のボーグとも付き合いがあるからすぐには信じてもらえないかな……わたしだって、すぐには信じられなかったし。

 でも、伝える努力はしないとダメね。


 そんな中、まさかわたしが領主様のお相手をすることになるとは思わなかったわ。

 領主様にはボーグが用意した物をお渡しするだけだったけど、領主夫人のビータ様にはお話相手もするように言われたの。

 村長夫人おかあさんと一緒にビータ様へ、ボーグのことをいろいろお話しして、ビータ様にはボーグのことを分かってもらえたみたいで良かったわ。

 領主様の方はダマリスと村長おとうさんが温泉のお話ししてたし、大丈夫だと思うわ。

 問題はネブン様ね。


 ネブン様がどういう人かわたしは知らないのだけだ……

 温泉ではネブン様はなんだか怒鳴ってばかりだったわ。

 昔のボーグを知ってて、ボーグのことを嫌いなのかしら?


 ネブン様のお相手をしたボーグは、珍しく疲れた顔をしていたの。

 彼もこんな風になるんだってちょっと驚いちゃった。

 でも、それが人間くさくて、少し安心したわ。

 神様の使いでも、どんなに凄くても、相手と自分が似てるって分かったら安心するものなのよ。

 それに、わたしが役に立つかもしれないしね!

 男の人は女性に優しくされると疲れが吹き飛ぶみたいだし、こういうときは膝枕って、ビアンカが言ってたわ。


 だから、膝枕をしたら、ボーグが急に抱き付いてきたの!

 びっくりして変な声を出しちゃった。

 そういえば、温泉でもお湯の中で手を掴まれて変な声を上げちゃったわね……恥ずかしいな。

 でも、ボーグがわたしを求めてくれているのは確かなのね!

 そして、手を握られたときより、遥かにドキドキするの!!

 腰に回されたボーグの腕が……お腹に当たるボーグの鼻が……なんだかゾクゾクするの!

 昔のボーグに触られたときはいやな気持ちしかなかったのに……今は気持ち良くてもっと触って欲しくて……

 背中を上るボーグの手に……なんだか期待してしまうわ!

 今なら、これ以上を求められても差し出せそうだわ……だってわたしも求めているんだもの。

 悪魔事件の恐怖はまだ頭の片隅に残っているけど、きっとボーグが優しくほぐしてくれるわ!


 ボーグ! わたし! わたしは……!


 なんて気持ちが高揚して、身体が火照ってきたのに……

 聞こえてきたのはボーグの寝息なのよ……!


 熱くなってしまった自分が恥ずかしい……

 うぅ……

 気持ちのぶつける先がないわ……

 こうなったら、ボーグに悪戯しちゃおうかしら?


 そう思ってボーグの寝顔を覗き込んだら、わたしはくすりと笑ってしまったの。


 寝顔が可愛いのよ……ずるいのよ……

 ボーグが自分の人相を変えてから、凄く柔らかい雰囲気になったけど……寝顔が一番可愛いかったなんて……

 彼がわたしより早く寝る事なんて殆ど無いし、こんなにじろじろ見ることもなかったから……


 ボーグの寝顔を見ていたら眠くなってきちゃった……


 ネブン様にもボーグのことを分かってもらうために、しっかりお話ししないと。

 明日、村長おとうさんに相談してみましょ。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「おばちゃん、こっちにパンとスープのお代わりを頼む!!」


 そんな注文が、小っちゃくて元気で良く食べる女の子から入ったので、わたしはパンを石窯に入れて焼き始めたのよぉ。


 キャラバンの人たちの一部が、村唯一の宿を利用しているから、わたしはそのお手伝いなのよぉ。

 料理の方でね?

 夜のお相手とか出来る歳じゃないからねぇ、おほほ。

 今年は珍しく、キャラバンの人たちが長い間この村に残っているのよぉ?

 最近は坊ちゃんが忙しく働いてて、わたしは暇だったから丁度良いのだけどねぇ。

 食べてもらうのも楽しいし、おばちゃん嬉しいわぁ〜 楽しすぎて若返っちゃいそうだわぁ〜


 宿の1階にある酒場兼食事処で、坊ちゃんに考えてもらった食事を色々と提供しているのだけど……凄い人気なのよぉ!!

 もう、お客さんだけじゃなくて、村の人も食べに来るぐらいなのぉ!!

 あらあら、忙しくなっちゃってどうしましょう?

 パンも美味しいし、お野菜も美味しいし、お肉も美味しいし、水だって美味しいのだから、みんな食べたくなっても仕方ないわよねぇ……

 坊ちゃんが用意した魔石を使って下処理をした後、坊ちゃんが作ったあの石窯で焼いたら、もうそれだけでほっぺが落ちちゃうぐらいに美味しいんだからぁ。

 ほっぺが落ちて痩せられれば良いんだけど、このままだとみんなふとっちゃいそうだわぁ。

 坊ちゃんが始めた『異世界美容整形医院』なら、すぐに痩せられるそうなのだけど……少しぐらい肥ってる方が余裕があって良いわよねぇ。

 みんな美味しいからっていっぱい食べてたら、冬に食べる物が無くなるかもしれないわぁ。だから今のうちにしっかり蓄えておかないとダメなのよぉ。

 本当に食べる物が無くなってしまっては困るから、美味しい物を食べてみんな元気になって、しっかり小麦や野菜作りをしてもらわないとねぇ〜

 キャラバンの人たちも、美味しい物を食べて気を良くしたのか、キャラバンに常備している保存食を破格で譲ってくれたのよぉ?

 このまま行けば冬も大丈夫よねぇ。

 温泉も出来て冬もあったか、ご飯も美味しかったら、今までに無く過ごしやすい冬になるかもしれないわぁ〜


 更に追加の注文に対応していると、みるみるうちに用意した食べ物が無くなっていったのぉ。


「パンやスープも無くなっちゃったから、今日の朝ご飯はこれで終わりなのよぉ、ごめんねぇ」


 どうやらキャラバンの人たちは、今日この村を出発するみたい。

 だから、最後に美味しいご飯をお腹いっぱい食べたかったみたいねぇ。

 キャラバンは商売しないと生きていけないから、ずっと一所ひとところに留まってられないのよねぇ。

 ここ数日賑やかだったから、寂しくなるわぁ。

 領主様も来られたし、また違った賑やかさになると良いのだけどぉ。

 ここのご飯が美味しいっていう話が伝われば、わたしのパンも領主様に食べて頂けるかもしれないわねぇ。

 普段から美味しい物を食べられている領主様だと、そんなこともないのかしらぁ?

 もし、欲しいって言われても準備できるように、しっかり仕込んでおかないといけないわねぇ〜


 もっと美味しい物を作るために、他にも色んなお野菜もどうにかして作れないかしらぁ?

 調味料も色んな種類があるともっと幅が拡がるんだけどぉ……

 何年もかけて、この村の気候に合ったお野菜を作って、それに畑も合わせていかないとダメだから、簡単にはいかないのよねぇ……

 坊ちゃんなら何か出来るかも知れないし、相談してみようかしらぁ?

 今回のキャラバンの方に振る舞ったから、もしかしたら領内で噂が広まって、たくさんお客さんが来てくれるかも知れないしねぇ〜

 たぶん坊ちゃんの考えている食事処を作る計画にも、色々と必要だと思うし、それが良いわねぇ。

 後は色んな料理を食べてくれる人が居れば、意見も聞けるし良いのだけどぉ。この村の人だけだと意見が偏っちゃうからねぇ〜

 キャラバンの人が一人ぐらい残ってくれたら、色んな意見が聞けて良いんだけどぉ〜




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「では、行ってくる。留守の間はよろしく頼む」


「はい、イオン司教。お気を付けて行ってらっしゃいませ」


 シスターアレシアの見送りを受けて、わたしは旅の荷物を背負って修道院の階段を降りました。

 村の南側へ道を下っていくと、空けた場所にキャラバンが止まっていました。

 今回はキャラバンの馬車に乗せていただくことで話をつけてあります。

 なんでも、今回はキャラバンのルートを変更して、山を越えずに領都へ戻られるとか。その先の予定を聞くと、王都にも行かれると仰るのです。

 しかも、丁度この村に一人残るから、場所が空くと仰るのです!

 これも神の導きでしょうか?

 このタイミングで都合良く、この国の大聖堂がある王都への足が確保できるとは。

 やはり、神に感謝せねばなりません。


「おう、ちょうど良かった。もうすぐ出発するが準備は出来てるか?」


 このキャラバンの主であるルーカス殿が声を掛けて来られた。

 人のためにキャラバンを動かすというこの方に、わたしは良い印象を持っています。

 神は人々を見守っていらっしゃいますが、直接手助けしてくださることはありません。

 我々は我々で助け合わねばならないのです。

 それを体現するこの方は、実に素晴らしいお方だと思います。

 ただ、アルバトレ教ではないのが残念ですが……

 遠い西方の国の出身らしく、別の教えを信じられているとか。


「はい、しっかり準備して参りました。しばらくお世話になります」


「そうか、それなら乗り口にランプの掛かっている馬車に乗っておいてくれ」


 そう言ってルーカス殿は準備に戻って行かれました。

 言われた方向を見れば、確かにこの村で作られたランプが掛かった馬車がありました。

 近づいて中を覗いてみると、所狭しと並ぶ荷物の中に、同じランプが幾つか見えました。

 この村でもしっかり仕入れていらっしゃるようですね。

 匂いからすると他にも野菜や肉がありそうですが、日持ちしないものは自分たちで食べる用でしょう。

 旅に食料は必要不可欠ですから、ここに乗せていただけると言うことは信頼されていると思って良いのでしょう。

 いえ、もしかしたら試されているかもしれません……

 わたしは神に誓って、人の物を盗むようなことは致しませんが、良くあることとは聞きます。

 商品を盗まれるよりは、食料の方が調達しやすいのやもしれませんね。

 さて、出発まで外向きに座らせてもらいましょう。


 今回のわたしの役目はとても重要です。

 道半ばで倒れるわけにはいきません。

 何せ『聖女』と『悪魔』の報告に行かねばなりませんから。

 大司教にお伝えして、もしかすると枢機卿にまでお伝えせねばならないかも知れません。

 それほどに慎重に対応するべき内容です。

 今はまだ羊の皮を被っていますが、わたしの中では、彼が悪魔だと確信しております。

 村長に伺ったところ、彼は村の戦力を上げるように尽力しているとか。

 北方地方から来る狼の件で、不安を抱えられていた村長は喜んでいましたが……どうなのでしょうか?

 村のためを装って、何か良からぬ事を考えている可能性も否定できません。


 村に迷惑を掛けていた人間が、突如村のために様々な事をするようになった。

 ミレルさんという村のことをよく考えていらっしゃる優しい方が関わっているので、彼女のお陰だという方も多いですが……何かがおかしい、そうは思わないのでしょうか?

 変形魔法などと言われる魔法を使って村人を喜ばせているようですが、神の作った世界や人の形を歪めてしまうなど冒涜です。

 そしてその力──温泉造りで見せたあの強大な力を誰も恐れていない。

 その気になればこの村など一晩で消し去られてしまうというのに……


 あれだけの早さでことを進められては、我々は対向するすべを持ちません。

 一刻も早く報告をして、対策を考えねばなりません。

 秋までに結論が出せれば良いですが……枢機卿まで話が上るなら、海を渡らねばなりません。冬になってしまえば、この村は雪に閉ざされ戻ってくるのは容易ではなくなります。

 議論が早く進んでくれれば良いのですが……

 不安になっても仕方がありません。

 まずは無事に着くことを祈りましょう。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「あれ? シシイ?? キャラバンに置いてかれた?」


 キャラバンを見送った後、通りかかったというイリーナにそう声を掛けられた。


「ちげーよ! この村にしばらく残ることにしたんだ」


 そう答えると、まるで幼い子供のように、純粋に不思議そうな表情で首を傾げた。


「傭兵辞めるの?」


「場合によってはな……それより──」


 わたしは、少し視線を強くしてイリーナを睨む。


「お前は分かっていたんだろ?」


「何のことかな?」


 さっきと同じような表情で首を傾げるイリーナ。

 だが、少し違う。

 戦闘において、相手の些細な変化を見逃せば死に繋がる。だからわたしは、相手の機微を感じ取るようにしている。そんなわたしの勘が、彼女の口元が微かに笑っていることを告げていた。


「わたしがこの村に残ることをだ。だから、ここに来たんだろう? 目的はなんだ?」


「……目的なんて無いよ? お別れを告げに探し回ってたら、キャラバンが行ってしまった後に着いて、なぜかシシイが残っているのが見えただけなのよ?」


「白々しい。この村の住民なら、どこにキャラバンが止まってるかぐらい知ってるだろ? 迷うほど広いわけでも複雑なわけでもあるまいし。敢えて、他に誰もいなくなってからここに来たんだろ?」


 イリーナが少し目を細めてこちらを見る。

 少し心がざわざわとしている……何か良くないモノに見られている気がしてくる……この感覚は──


「ふぅん、気付いてるんだね? じゃあ、良いんだよ。折角仲良くなったんだし、本心を伝えておくね」


 幼く見えるイリーナの可愛らしい表情はそのまま。なのに、そこにいるのが別物に見えてくるから不思議だ。

 つい、愛剣のつかを握っちまった。


「警戒しなくて良いよ。あなたとわたしは同じだから。ボーグお兄ちゃんに相談があるから残ったんでしょ?」


 やはり気付かれていた。

 最初見たときから、アナスタシアとイリーナは見た目通りの子供ではないと思っていた。

 明らかに、わたしと同じ、世の中のを見てきた目をしていた。笑顔と無表情で隠しているようだったが。


 そう、彼女らは人間ではない……でも、種族的な外見上の特徴も無い……ということは、


「お前……魔ぞ──」


 言葉は最後まで言えなかった。

 まばたきの間に距離を詰められ、イリーナの掌がわたしの首に添えられていたからだ!

 わたしが!

 つかを握っていたのに、抜くことも出来なかった!

 これでも傭兵だぞ?

 慢心する気はさらさら無いが、それなりに人やモンスターと戦闘をして殺してきたし、『厄嵐やくらん』の二つ名がつく程度には腕もある。

 見た目で侮っていたのは確かだが……全く何も出来ないとは……


「お願いそれは言わないで。あなたと一緒だと言ったでしょ?」


 少し寂しそうな顔をして彼女はお願いをしてきた。

 それはこれまで見た中で、一番彼女らしいと思える表情だった。


 あー……そうなのか……同じなのか……


 わたしは、いつの間にか強張っていた肩や首から力を抜き、柄から手を離した。


「分かった」


「そう、ありがとうね」


 イリーナは二歩下がって、また無邪気な笑顔を浮かべてから口を開いた。


「わたしたちは、あなたがボーグお兄ちゃんに相談した結果を見てから、身の振り方を決めようと思うの」


 わたしの相談事を理解していて、その結果を待つと言うことは……わたしは実験体か?


「先に相談すれば良いじゃねえか?」


「まあまあ、人には人のタイミングがあってね。信頼はしてるつもりなんだけど……長く生きてると経験が止めるんだよ。もうちょっと情報を集めろってね」


「そうか……わたしより年上か……苦労して来たんだな」


 憐れんだり同情したりするつもりはないが、人生の先輩を敬う程度の気持ちはある。わたしより強いしな。

 経験の差で、わたしは相談してみるという判断をした、彼女らはまだだと判断した。

 だから、わたしが先に相談する。

 それだけのことか。


「一つだけ、安心できる情報を教えておくね。キシラには会った?」


「あの温泉の人魚姫か?」


 わたしは頷いた。


「そう、あの子。あの子ね、この村に着いたときは服も鱗もボロボロだったのよ? 信じられる? あれは川人魚なのよ」


 は? あんな豪華なドレスに、傷ひとつ無い眩しく輝く鱗を持つ、まるで川の激流を知らないような人魚が?


「そうなの。それを治したのはボーグお兄ちゃんなんだよ。彼は種族特有の身体的特徴もものともせず、彼女の望み以上の治療──彼風に言うと『美容整形』したんだよ。会ったときのキシラとはまるで別人なんだよ? 彼はきっと種族を越えて、望んだとおりの身体を提供できるんだと思うの」


 なんだそれは……

 確かに治癒魔法は種族に関係なく怪我を治してしまえるが、それは『元の状態』に戻すだけだ。

 『元の状態』は知らなくとも、身体が知ってるから勝手にその通り戻っていく。

 だが、その生まれ持ったものを変えるとなると別だ。

 どこかの宗教では、生まれ持ったものは神の与えたものだから、変えられない言ってやがったが……

 それを思いのままに変えちまうなんて……神の領域じゃねえか。

 いや……この『牙』だってそうだな。

 簡単に治して、望んだとおりの形にしてくれた。

 だからこそ、わたしは生まれながらに持っている悩みを、彼なら解決してくれるんじゃないかと思って、この村に残ったんだ。


「そうか……試すだけの価値はあるってことだな。情報ありがとうよ」


 そう言ってわたしはイリーナに別れを告げた。

 とりあえず、領主が来た今はボグダンも忙しそうだし、しばらく落ち着くのを待つか。

 数日は、暇つぶしに村や周辺の様子でも見て回るか。

 その前に寝る場所の確保をしねえとな……もう一度宿屋にでも行ってみるか。


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