1-005 人魚は魚で釣れるようで



「こんなに鱗が剥がれてたら素敵な男子マーマンを迎えられないケ!!」


 キシラは涙目になって、剥がれた自分の鱗を片手に嘆いていた。

 大げさだなぁ……


「キシラちゃん、多少剥がれてるけどキレイなことには変わらないわよ? そんなに泣かないで?」


「ダメなのケー……鱗が剥がれてたら子供を産んだところだと思われるケー……」


 え? どういうこと?

 子供を産むと鱗が剥がれるの?


「オーケータ族の人魚は海で相手を見付けて、安全な山の湖で子供を産むケ。子供を産む時に湖の底に新しい家族だけの家を作るのケ。その時に鱗が傷むケ……だから、鱗が傷んでいると子供を産んだところだと思われるケー!」


 そんな理由があるのか……なんか鮭っぽいね?

 身体が赤くなりやすいのも関係があるのかな……?


「鱗は治るの?」


「そのうち治るケど、長い時間がかかるケ……」


 しょんぼりと寝風呂に項垂れるキシラ。


「まだ純潔なのにケ……何故か水も美味しくなくなったケ……」


 その水が原因で傷だらけになったのに、まだ水を求めるのか。悪魔の水と良いながらも全然忌避してないよね? ただの酔っぱらいだよね?


 そんなキシラを見かねたミレルは、僕の耳元に口を寄せてくる。


「ボーグ、この子の鱗を治療できない?」


 僕が原因なんだろうし、そんな事情があるなら治したいところなんだけど。


「たぶん出来ると思うんだけど……村長おとうさんと外の人には簡単に魔法を使わない約束をしたところだから……」


 とミレルに伝えてみるも、彼女は不満そうに口を尖らせている。


「でも、何だかしょんぼりしている姿があまりにも可哀想よ」


 ミレルは優しいね。

 分かってます、治した方が良いと僕も思っています。


「とりあえず、温泉もほとんど完成したし、その報告がてらキシラのことを村長に相談してみるよ」


 村長を呼んで来るとミレルに言い残して、僕は村長の家へと急いだ。

 ミレルにはキシラを慰めておいて貰おう。



◇◇◇◇



 街道から温泉は目立って仕方がないので、村長も完成報告を心待ちにしていたらしく、すぐに捕まえることが出来た。

 先に話したいことがあると言って、村長を温泉の救護室に連れて行くと、きらきらした瞳のキシラが出迎えてくれた。


「ボーグ、早くキレイにしてケ!!」


 ミレルさんキシラに何を言ったのかな?


 ミレルに視線を送ると、僕の動きに合わせて視線を逸らしていく。

 その動きも可愛いから許します。


「ちょっと待ってね……」


 目を見開いて固まっている村長を揺すって正気に戻す。


「ボグダン! これは一体どういうことだ!! 何故ここに人魚がいるんだ!?」


 と、めちゃくちゃ驚かれたので、キシラから聞いた内容をそのまま村長に説明した。

 ついでに、温泉の排水が原因であることも付け足しておいた。


「海に住んでいるというのは聞いたことがあったが……わしも実際に見るのは初めてだ。人魚というのは本当に美しいものなのだな」


 ひたすらにキシラを眺めて感心しきっている村長。


 そう言えば船乗りが人魚に魅入られて、船から海に引きずり込まれるという物語も聞いたことがある。

 人間の男性としてはチャームされたりするのかな? そんな魔法が遺伝子に組み込まれているとか?


「ありがとうケ!」


 キシラは単純に、褒められたことを喜んで、嬉しそうに水面を尾ヒレで叩いている。


 村長が我に返って、何かに気付いたのか勢い良く僕の方を向いた。


「ボグダン! またお前は村を発展させる者を呼び込んだぞ!!」


 ばしぃっと村長に肩を叩かれてしまった。

 そして僕が蹌踉めいている内に、村長はキシラに向かって宣言していた。


「治療の条件を変えるつもりは無い。キレイにするなら、キシラにはこの村に最低3年は住んでもらう」


 キシラの上がっていた尾ヒレが、垂れて水の中に沈んでいく。


「わたしは素敵な男子マーマンを探しに行けないケ?」


 悲しそうにキシラが村長と僕を交互に見てくる。

 僕は何も言ってないんだけど?


「そうだな、すぐに見付けて帰ってこれるというなら出しても良いが、そうでないなら探しに行くことは許可できん」


 キシラがしゅんと頭を下げて水の中に半分浸かった。そして水の中でぷくぷくと息を吐き出している。


「村長、厳しすぎませんか?」


 村長は糾弾するミレルを手を挙げて制し、キシラと話を続ける。


「しかし、他の者を呼び込むことを制限する気は無い。この水が旨いと言うのであれば、いずれ他の人魚がこの村にやってくるのではないか? その者も我が村は受け入れよう」


 村長の言葉にキシラは顔を上げて目を瞬かせる。

 意味が分からないわけじゃないよね……?


 とりあえずミレルは村長の提案に納得したのか、口を挟まずやり取りを見守っている。


「そんなに旨い水なら住む魚は更に旨いと思わんか? そうだな、我が村の為に働くというのであれば、その魚をボグダンが考えた料理で提供しよう。こいつは旨い料理を作るぞ? キシラも同じ物を旨いと言える人魚と一緒になりたいだろう?」


 同じ味覚を持つ人魚なら勝手にこの村にやって来るだろう?

 村長はそう言いたいのだ。

 しかし、村長は是が非でもキシラをこの村の住民にしたようだ。何となく理由は察しが付いたけど。


 ということは、排水の成分はこのままにした方が良いということか。それなら生態系への影響も定期的に確認しないとダメだな。やることが増えるね……食べるために魚は釣るし、その時に調べることにしよう。


 仕事が増えてげんなりとする僕とは反対に、キシラは目をきらきらと眩しいぐらいに輝かせて、尾ヒレを振って喜んでいる。


 なんとなく子供をお菓子で釣っている罪悪感を感じるんだけど……成人済だと本人は言ってたし、つがい探しをしてるぐらいなんだから、子供っぽく見えるだけで成人済で間違いないんだろう。


「毎日美味しい水が飲めて、美味しい魚が食べられるのケ!? それならこの村に住むケ!!」


 食べる話しか残ってないし!! つがい探しはどうなった!?

 やっぱりただの食いしん坊じゃん……


 ……ウィンウィンの関係になるなら良いか。


「よしよし、契約成立だな」


 村長は首を縦に振りながら嬉しそうに笑って僕の方を向いた。


「ボグダン。キシラには、この温泉を管理してもらおう」


 そう言うと思った。

 つまり、キシラを看板娘にしたいのだろう。

 人魚が管理する温泉、なんて宣伝したら確かに人がたくさん来そうだ。

 仕事としては、キシラがここに居てさえしてくれれば良いだけだろうから、好きに過ごしてて良いわけだ。それで美味しい物が提供されるなら、食いしん坊なキシラにとって悪い話では無いと思う。

 人間と付き合いが無かったなら、文字やお金を扱う受付は厳しいだろうし、そこは誰か別の人にやってもらおう。


「温泉の水質や衛生管理は魔法が受け持つので、キシラには温泉内を回ってもらって、トラブルがないか見てもらいましょう。受付はダマリスでどうですか?」


 つまり、キシラは単純に泳ぎ回ってれば良いということだ。

 彼女の遺伝子には、筋力強化系の魔法が組み込まれていたし、同じく水流制御の魔法もあった。そんな人魚に対して、水場で人間が勝てるとは思えないから、彼女にとって危険はないだろう。

 ダマリスの方は引き籠もってたから定職もないし、新しい仕事をしてもらう分には問題ないと思う。彼女の経験を考えると、トラブルにはトラウマがあるかもしれないので、何かケアをして上げた方が良いだろう。防衛に使えそうな魔法を付与した魔石でも作って、仕事の話をするときに一緒に渡すことにしよう。


「おお! 説明も無しにそこまで提案するとはさすがだな!! 管理に関してもお前に任せて問題無さそうだな。温泉の価値を引き出せるように頼んだぞ」


 良い笑顔で村長が僕の肩を叩く。


 それは、仕事を丸投げされただけに聞こえるんだけど……信頼の証だし、困る内容でもないからまあ良いか。何か勘違いされてる気がしないでもないけど。


 そうなると、キシラが全ての温泉を回れるように水路を増設しないといけないな。

 ん? キシラはどこに住むんだ? 住むところまで水路を繋がないとね。


「この村の中に住むなら、キシラは湖が良いのかな?」


 キシラに問いかけると、なぜか彼女は身を震わせて嫌そうな顔をした。


「あの湖はなんか怖いからイヤなのケ。ここに住みたいケ〜 美味しい水に浸かって寝たいケ〜」


 新しい寝床を想像してとろけた顔をするキシラ。ころころと良く表情が変わるのことで。

 酒風呂ならぬ酒ベッドか……それを望むとか飲兵衛過ぎるだろ。

 健康に害が無いようにしっかり薄めておこう。それでも定期検診はした方が良いよね。最初の内は3日に一回ぐらい確認して、徐々に間隔を延ばしていこう。問題なければ本人が望んでるんだし、美味しい水もそのままにしよう。


 そうなると、住居として温泉の中央に深い円筒の水槽を作るか。ダイビングの練習に使うようなヤツを。

 各エリアに繋ぐ水路も含めて壁を透明にしておけば、温泉をしっかり監視できて仕事もしやすいだろう。アクアリウムみたいでお客さんも見て楽しめるだろうし。

 とは言え、プライバシーもあるだろうし……水槽の底の方は周りから見えないようにしておけば良いかな? その辺は本人に確認しながら作ろう。


「じゃあ、僕はキシラが使いやすいように温泉を改造しますので、温泉の説明は明日でも良いですか?」


「うむ、そうだな。完成してから聞くことにしよう。楽しみにしているぞ」


 そう言い残して、小躍りしそうな雰囲気の村長が帰っていった。


「えーっと、とりあえず、ご飯かな?」


 その言葉に目を光らせるキシラと、静かに頷くミレル。


「キシラは魚介類以外に何か食べているものはあるの?」


「湖ではほとんど魚ばかりケ。海に出ると海藻も食べるケ」


 内臓はほぼ人間と同じっぽいんだけど、炭水化物は食べないのかな? 腰の付近から魚化しているから少し腸は短いかもしれない。そうなると穀物系は消化しきれない可能性があるか。

 水中生活だと火が使えないし、料理自体が難しいかったかもしれないね。

 健康のために必要な栄養素はたくさんあるけど……料理としては今まで通りの魚料理だけが良いかな。摂取した方が良さそうな栄養素は、サプリメントや飲み物で補助するようにしよう。


「とりあえず魚釣ってくるね?」


 やっぱりキシラの相手はミレルに任せて、僕はすぐ近くの川まで行って3尾ほど魚を取ってきた。もちろん手早く済ませる為に魔法を使って。

 釣った魚はこいに似た見た目で、この村では良く食べられている種類だ。


「キシラは海の魚と川や湖の魚とどっちが好き?」


「海の方が好きケ! 海の魚の方が美味しいケ!」


「違いがあるの?」


 キシラは力一杯断言をして、海を知らないミレルは不思議そうに首を傾げて尋ねている。

 僕としては海の魚の方が締まってる感じがして好きだけど──


「海の魚の方が味が濃いのケ! 初めて食べたときは驚いたケ〜」


 口元を緩めながらキシラが味の違いを語っている。

 海水が付いてて塩味がするからとかそんな理由じゃないよね? あくまでも魚の身の味だよね?

 なんとなくキシラが言うと不安になってくる。


「濃い味が良いなら軽く干物にしてから焼いてみようか」


 干物が分からないキシラは不思議そうに僕を見ているだけだったけど、ミレルは激しく頷いている。ミレルは数日前に食べているから、干物が気に入ったようだ。

 キシラに内臓を食べるか聞いてみたけど、味が好きじゃないから食べないらしい。それ以外にも問題があるから、生では食べない方が良いだろう。

 ということで、3尾の魚の内臓を取り出してから、干物にする魔法を発動した。

 干し椎茸みたいに旨味成分を凝縮させる目的なので、塩分は控えめにしておいた。キシラがどんな味付けが好みかまだ分からないからね。

 数分と経たずに思った通りの干物が出来上がった。

 魔法で料理をするメリットは、早く簡単に美味しくなることだと思う。

 忙しい主婦もしくは主夫のための家事時短テクニックに、是非とも魔法調理を取り入れて欲しいと思う。魔法が使えればだけど。


 ミレルが涎を垂らしそうなぐらい口元を緩めている横で、キシラは対照的に悲しそうな顔をしている。


「干からびた魚は美味しくないケー……」


 何やら干物に良い思い出が無いらしい。

 確かに、自然界で干からびるほどに誰も手を付けていない魚を考えたら、危険だからか美味しくないからだろう。普通なら干からびる前に鳥か獣が持っていく。


「そんなことないのよ、これは普通に食べるより美味しいのよ。食べてみないと想像できないぐらいに美味しいのよ」


 ミレルがキシラの頭を撫でながら教えているけど、食べないと想像できないぐらいなんだったら、キシラにはまだ分からないと思う。

 というか、ミレルも初めて魚の干物を作ったときは勿体なさそうな顔してたもんね。肉の燻製は良いのに魚がダメなのはなぜだったのだろう……燻しの問題か? 魚も燻製なら良いのか?


 どちらにせよ、美味しく食べてくれるなら何でも良いので、調理を続けよう。

 焼きはいつもの過熱水蒸気調理ヘルシオクックで仕上げる。

 調理終了を知らせる軽快な音がした途端に、魚の焼けたジューシーな匂いが漂ってくる。


「急にいい匂いがしてきたのケ!!」


 キシラは驚きの表情で感想伝え、涎を垂らして魚を見ている。普段は水中だから涎が垂れるという感覚は無いのかも知れない。

 でも、いい匂いってことは、匂いの感覚はやっぱり人間に近いみたいだね。


「熱いから気を付けてね」


 先に精製しておいた耐熱樹脂の深皿へ、焼いた魚を移してから、キシラへとお皿ごと手渡した。

 そしてすぐにキシラは魚を掴もうとして──


「あっつぃケ!!」


 慌てて水の中に手を引っ込めた。それを見たミレルはおろおろとしている。


 ですよねー お約束的にやりますよねー

 水中生活で熱い物なんて食べないだろうし、今使った調理魔法は火も出ず熱も伝わってこないから余計に分からないよね。


 キシラは魚を載せた深皿を水に浮かべて、僕の持ったフォークとナイフには目もくれずに、ジッと魚の様子を観察している。

 カトラリーを渡そうと思ったけど……と悩んでいたら、ミレルが僕の手からカトラリーを抜き取っていった。


「こうやるとすぐに食べられるのよ」


 ミレルは優しく諭しながら、キシラの魚をほぐし始める。


 ミレルはやっぱり優しい子だね。

 そう言えばミレルには妹がいると言っていたし、妹が小さいときに同じように世話をしてあげていたのかも知れない。

 忙しくてミレルの家族にまだ会ってないから、今度ちゃんと挨拶に行こう。


「何これケ!! すごいのケ!! 美味しいのケ〜!!」


 ほぐしてもらった焼き魚を食べたキシラが、服を脱いでしまいそうなほどに感動している。目が星形に輝いていそうだ。


「海の魚より味が濃いのケ! 何なのケ!?」


 化学的な話を伝えてもたぶん分からないよね……簡単に水分が飛んで味が濃縮されたってだけ言っても、良く分からないよね。

 そうなると。


「それが魔法だよ。食べ物を美味しくする魔法なんだよ」


 統術『干物化ほすほす』も『燻製化ぶすぶす』も食材専用の魔法だったし、正しくはないけど間違ってもいない。

 それよりも、この魔法のネーミングセンスが間違っていると思う。


「これが魔法なのケ?! ボーグは魔法が使えるケ!」


 え? うん? それ最初に言ったよね?


「ボーグと一緒に居ると美味しいものが食べられるケ! だから、これからわたしはボーグと一緒に居るケ!!」


 いや、うん、そうですか……満面の笑顔でそう言われても。

 人魚はみんなこんなに食いしん坊なのか?

 キシラが村に居たい理由が出来て何よりだけど。


「そうか、じゃあキシラの住むところをすぐに造らないとな」


 つられ笑顔でキシラの頭を撫でながらそう答えておいた。

 そう言えば、あんまりキシラの髪の毛濡れてないな。なんでだ? これも遺伝子特性なのかな?


 なんて考えながらキシラの頭を撫でていると、ミレルが何やら悩ましげに複雑な表情を作って僕を見ている。


「わ、わたしも……美味しいもの好き……だから、ボーグと一緒にいるケ……」


 赤くなりながら対抗しなくて良いから!

 ああ、もう、可愛いなあっ!!

 ミレルは、ストレートに感情を伝えてくるキシラに、僕が取られるとでも思ったのかな?


 僕は意気揚々とミレルの頭も同じように撫でた。


 僕が気に入ってるように見えたら、すぐにミレルは自分に取り入れようとするよね。

 健気で可愛い過ぎるよ。

 他の女にデレデレしてって怒らないところがホントに凄いと思う。僕だったらミレルが他の男を見てたら怒ってしまうと思うし。

 こんな可愛い嫁さんから離れたりしないから安心して欲しいな。


 可愛いミレルも見れたしキシラには感謝だな。


 なのでお昼ご飯を食べ終わったら、全力でキシラの治療と住居兼仕事場造りをしよう。

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