第25話 役割を終えた村のようで



 1時間半ほど仮眠を取って村長の家に再び出掛けた。

 出るときにミレルの調子が悪そうに見えたのが心配だけど、今日も畑へと出掛けていったのでまだ大丈夫だと判断してるのだろう。帰ったら少し診た方が良いかも知れない。

 そして──


「息子とは言え礼儀は通したい。住民の救出と延焼する前に火事を止めてくれたこと、加えて問題を解決する案を提示してくれたことに感謝する」


 村長から玄関で開口一番にそう言われた。


 今日は先に僕が驚いてしまった。

 村長が慕われる理由が良く分かる一言だ。

 おかげで眠気が覚めてくれた。


 お礼のぎこちなさは仕方がない。悪いことばかりする息子に対する態度というものが、村長の身体に染み付いてしまってるだろう。

 それは『こいつ』のせいだと思うから村長が尊大なわけでは無いと思う。


「この村のためになることをしていこうと思っているので、気にしないで下さい」


 我ながらぎこちない会話だと思う。親子の会話には思えないね。

 過去の関係性からこの溝は中々埋まらないだろうけど、でも、残念ながら村長を親とは思えない僕としては有難かったりする。

 例え親と思えていたとしても、転生する前は父親と仲が悪かったし、ぶっちゃけどう接して良いか分からないから。


「それで、話というのは?」


 僕の余計な思考を打ち切るように、村長が問い掛けてくる。


「僕がこれからやることを決めようと思って、そのために村の方向性や計画を聞いておこうと思いまして」


 村長が目をパチパチと瞬かせている。

 これでおあいこだね。


「まずは村の役割から教えて頂きたく。この村はプラホヴァ領にとってどんな役割があるのか? と言ったところです」


「……それがお前のやることに関係があるのか……?」


 村長は関係性が見いだせないようで不思議そうに首を傾げている。


「余りにも優秀なアーティファクトを得て、色んなことが魔法で出来るようになってしまって、何をするべきか考えあぐねていまして……上位方針に従って行動指針を決めたいからです」


 嘘が色々混じっているけど、最後のは本当。

 元社畜だからね。方針がないと決めにくいというのが本音。


「領としてこの村をどうしたいかがあって、次に村長の方針があって、それが各産業の方針になって、最終的に個人の仕事の方針となるのです」


 村長がちょっと放心気味だ……方針だけに。

 寒いギャグは置いておいて、実際のところは自由にやってた息子が突然従うと言いだしたから、理解が追い付いていないだけかな?


「ということで、まずは村の歴史から始めましょう。何のためにこの村は出来たのか?からです」


 なんて始め方をしたから村長の独り語りが始まるかと思ったんだけど……意外に、僕の質問に村長が答えていくというスタイルで話は進んでいった。やりやすくて助かる。


◇◇


 ここに来たのが午前中の遅い時間だったのもあって、歴史の話から村の役割が分かったところで一旦お昼休憩を取ることになった。今日は出るのが微妙な時間だったのでデボラおばさんのお弁当も無しにしてもらっている。

 なので、村長の家じっかで昼食をご一緒させてもらうことにした。


 キッチンに顔を出してみると黒髪黒目で冷たい雰囲気のメイドさん──エレクシアさんが食材を前に格闘していた。

 一人増えた分いつもより大変なんだろう。

 僕としてはただ頂くだけなのも悪いので、みんなに美味しいと評判の焼き料理を両親にも食べてもらおう。

 と思ったけど──


「お昼からこんな量食べるんだ……」


 肉も魚も野菜も、種類は少ないけど量が多い。

 しかもキノコや山菜も混じっている。これらはデボラおばさんの作る料理ではあまりお目に掛からない物だ。

 朝からわざわざ取ってきたのかな……?


「あなたですか……何か嬉しいことがあったからと旦那様から豪華な料理を依頼されたので量が多いのです。ですので作るものが多く大変なのです。邪魔だから出て行ってもらえますか? それともまさか手伝ってくれるとでも言うのですか?」


 エレクシアさんの棘のある声が飛んでくる。


 丁寧な口ぶりだけど明らかに蔑んでいる感じがするのは……過去に『こいつ』がしてきたことの結果だろうね。

 ならここは焼き料理をだけじゃなく他も手伝おうかな。独り暮らしが長かったから料理には慣れてるし。


「分かった、僕も手伝うよ」


 腕まくりをしながら近付くと、エレクシアさんは一歩下がった。


「これは失礼しました、言葉が余計でした。邪魔だから出て行ってもらえますか?」


 わざわざ言い直して完全に拒否された!

 溝が深い……

 冷気を纏いそうな視線が痛いです。

 友人なら踏んで下さいって言いそうなメイドさんだな……

 うーん……無理強いは良くないし。それなら──


「じゃあ外でやるから、いくつか食材をもらって良いかな?」


 どっちにしても魔法での調理は外の方が気が楽だ。

 もう何度も使って安全は確認済みだけど、何かあったときに外の方が被害が少ないし。


「食材をダメにされてはわたしが困りますので……嫌です!」


 言葉に迷ったけど結局はっきり言った!

 絶対友人なら喜んで悶えるよこれ……躊躇いからのギャップが素晴らしい!とか言いそうだよ。断じて僕がではない。


「まあまあ、そう言わないで。これでもミレルとデボラおばさんには好評なんだよ?」


 野菜を焼いただけでも「ものすごく美味しい」と言われてしまうぐらいに。

 魔法で作った調味料が喜ばれたから、原因はそっちかも知れないけど。

 とにかく美味しいと言わせる自信はある。


 僕は近くにあった量の多いキノコを少しだけ頂いて、魔法ですぐに調理する。


「な、何を勝手に!」


 エレクシアさんの言葉はスルーして、出来上がったただのキノコ焼きを、これまた適当に近くのお皿に載せて手渡す。


 お腹の減ったこの時間にこんな匂いしたら、人は抗えないと思うんだ、僕は。

 うん、僕が食べたいぐらいに良い匂い。


「両親に焼き物を振る舞いたくてね。食べてみて美味しかったら食材を分けてよ」


 エレクシアさんは器用に片方の眉を上げて、キノコに興味を示している。

 必死に抵抗しているものの、段々匂いにつられて顔が緩んできてしまっている。


「そこまで言うのなら……」


 料理を作る身としては、美味しそうなものへの好奇心に勝てないのかも知れない。

 エレクシアさんは近くにあったフォークでキノコを刺してゆっくりと口へと運ぶ。

 近くで匂いを嗅いだから抗えなくなったのか、口元が更に緩んでいく。

 そこからは我慢できなくなった彼女は、一息にキノコを口へと放り込んだ。


「ふぁ……おい……ぃ……」


 反射的に感想が漏れてしまったようだ。必死にキノコと一緒に言葉を飲み込んだけど、僕は聞き逃してはいない。


 ジーッとエレクシアさんを見つめて答えを待つ。


 彼女は僕の視線にさらされながら葛藤している。


 食べたい! でも、あれはボグダンだし! でも食べたい! でも、こんなやつに任せては危険が危ない! でもでも、食べたい!!


 みたいな葛藤がその表情から読み取れる。

 その容貌から冷たい印象を受ける女性だけど、比較的表情には出てしまうタイプらしい。


 コホンと態とらしく咳払いしてから彼女は口を開いた。


「分かりました。わたしが味見をしますので、まず味見分を作って下さい。問題なければ旦那様と奥様の分も作って下さい」


 少し顔が赤いですよ?

 とは彼女のメンツのために言わず、僕は使用する食材を選んで早速調理に取りかかった。


 結果は推して知るべし。

 アレクシアさんもお父さんもお母さんも良い笑顔だったとだけ言っておこう。


◇◇


 村長おとうさんとの後半戦は、村の計画の話しから始まった。

 と言っても、計画と言えるほどのものはなく、対処的な方針があるだけだった。

 でも、それもこんな山奥の村だと無理のない話で、計画を立てられるほど安定した環境ではないからだし、歴史から言うと役目を終えた村だからとも言えた。

 聞けば聞くほどに課題や問題や障害が多かった。

 寝不足の頭には少々つらいけど、日が暮れるまで話し込んでようやく一段落出来た。


 今後のためにも整理しておかないとね。

 シエナこの村はレムス王国として4つの地域がまとまる前に出来た村で、南東のジャブロード地域側が北西のヴァルニア地域からの侵入を警戒するための斥候的な役割があったけど、1つの国になったのでその必要がなくなった。そして、1つになったところで2つの地域はアルパリト山脈で隔てられているので、街道の危険性もあってそれほど交流が増えることもなく、街道の中継地点として残ってはいるが手を入れるほどの重要性もないと判断されている。国が手を入れれば街道の安全を確保することも出来るが、ここを通らずとも他の街道があるようで重要性が低いらしい。この村には自力で街道の安全を確保してそれを謳えるほどの人員も装備も無く、利のある街道としてのアピールも出来ない状態なのだ。住む人が居るから残っているだけで、寂れて行っている途中と言っても過言ではない。領主の避暑地としての意味があるので今のところまだ無くなりはしないけれど、時間の問題かもしれない。

 天候不順や狼頻出のような課題も色々と詳しく聞けた。そして、ヴァルニア地域の怪しげな情勢も。

 どうやら狼はヴァルニア地域側から溢れてきているらしい。本来はヴァルニア地域内で対処して抑えられるべきなのだけど、それがなされていないのがきな臭い。対処できないような状況に陥っているのか、敢えてジャブロード地域側へ放逐しているのか。後者だった場合は内乱の危険すらある。

 いずれにしても村長は村として安全を確保するために兵力の増強はしたいと思っていて、その手段が全くないので頭を抱えていた。狼の侵入を防ぐというのも案としてはあるが、この村の人数で広い山に罠を仕掛けるなど到底不可能なことなので現実的ではなく、対処的にならざるを得ないようだ。かと言って戦える人員を揃える余裕も無いし、ハンターのような専門職に来てもらえるようなメリットが村には無い。お金もなければ装備も無いし人員もなく、内乱の尻尾が掴めてるわけでもないので国や領のバックアップも望めない。

 その上で天候不順。環境までもが村を追い込んでいってるようだ。

 僕の感想としては、まるで潰れかけの中小企業。大企業の庇護下にもなく、長々と続く不況で徐々に首が絞められている感じだ。

 保っているのは村長の人柄のお陰かもしれない。これでトップが悪ければすぐに人材が流出しているところだ。行く先もないから残っているという面もあるとは思うけど。

 この状況だけでただでさえ暗くなりそうなのに、『こいつ』のことがあればなおさら頭が痛かっただろうね。


 『こいつ』が苦労を掛けた分は償いの内だと思うし、関わった人たちが幸せになるのは望むべくもない。

 僕がここにこのまま住めるかどうかは分からないけど、段々知り合いも増えて関係も改善出来ていってるので住めるならこのまま住んでいたいかな。ミレルやみんなの意見が優先だけど。

 そういう意味でも課題は少しずつ解決していきたい。


 村長にとって今一番の不安は外敵なようなので、まずは狼が来たときに対処できるようにすることが最優先かな。

 それがダビドやビアンカのためにもなるだろうし、僕も積極的に協力したい。

 作物も心配っぽいけど、僕が魔法で水遣りをしたことは村長も知っていたので、何とか出来る目処があるから少し優先順位が落ちたらしい。日照不足側でなくて良かった。まあ、そっちでも魔法で何とか出来るんだけど。


 そろそろ本格的に疲労を感じ始めたので、少し遅くなってしまったけど晩御飯は家でミレルと食べるからと言ってお暇させてもらった。


 村長はなぜかすごく満たされた顔をしていたけど……まだ課題は解決していないと思うんだけど良いの?



◇◇◇◇



 家に帰って玄関を開けると、ミレルが突進してきそうな勢いで迎えてくれた。

 頼まれたことでもあったかな?

 特に何か督促してくるわけでもなかったから違うのかも知れない。

 顔はまだ少し青いけど元気そうで良かった。


 デボラおばさんの用意してくれた晩御飯を食べながら、ミレルが積極的に村長家での話を聞いてきた。村長との会話だけでなく、僕がどうしようとしているのかも含めて、少し喰い気味に。

 やっぱりミレルは村のことがとても気になるみたいだね。

 村を良くしていくことは一番のミレルへの償いになるのかも知れない。


 今日は僕が魔法を使わなくてもホクホクの焼き魚が提供された。昨日ビアンカが来る前に作った過熱水蒸気調理器を、朝のうちにデボラおばさんに渡しておいたからだ。

 自分で焼くより美味しく感じるんだけど、それはやっぱり長年料理を作ってきた人の勘があるのかな? 調理器をデボラおばさんに使ってもらって良かったと深く思える。

 デボラおばさんもしきりに褒めてくれたし大変喜んでくれた。毎日料理を作るのも大変だし、積極的に使ってくれたら良いなと思う。


 今日は思考力もかなり落ちているし、地下実験室には籠もらずに早く寝よう。


 そう思ってデボラおばさんが入れてくれたお茶を、だらしなくソファに座って飲んでいると、ソファの端にミレルがちょこんと座った。

 この時間に僕のそばに来るなんて珍しい。

 何か用事があるのかな?と思って見てみても別に他愛のない会話をするだけで、何かお願いがあるとかではないみたいだ。

 ミレルも少し寝不足なのか少し肌が荒れてるようだし、朝から体調が悪そうに見えたし、何か疲れの取れてリラックス効果のある飲み物でもいれてみようかな?

 軽く辞書さんサーチディクショナリーで調べてみると、製薬会社から発売されていた女性向けの清涼飲料水に似た名前の精製魔法が見つかった。肌荒れを治す効果や安眠効果があったりと女性に嬉しい飲み物だ。なぜか飲料精製系の中ではやけにランクが高かったけど……

 肌荒れだけなら魔法で治しても良いんだけど、睡眠不足を解消する魔法は強制的に眠らせる魔法ぐらいしか思い付かないので、自主的にぐっすり眠ってもらった方が良いという判断だ。


 飲み物を作るためにコップを取りに行くと、なぜかミレルの視線が追ってくる。

 監視されてる……という視線でもないような。

 不思議に思いながら精製したドリンクをミレルに渡す。

 柑橘系の甘い飲み物なので口当たりも良いはずだ。


 思った通りミレルは美味しいと言って笑顔で飲んでくれた。


 デボラおばさんも帰り、そんなゆったりした時間を過ごしているところで、それはやって来た。


「ボグダン! ちょっと来てくれ! ダマリスが大変なんだ!! 頼む!!」


 激しくドアを叩く音と共にマリウスの焦った声が飛び込んできた。


 どうやら簡単には寝かせてくれないらしい。


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