第19話 最初は男の人のようで


「それ、鏡なの!?」


 朝起きてきたミレルが開口一番に聞いてきた。


「ふぁ……おはよう。そうだよ、鏡だよ。『水鏡』って言葉があるでしょ? それをイメージして魔法を使ったら作れたんだ。元はただの木の板だよ」


 余計なことを聞かれる前に説明しておく。もちろん本当は鏡製作用の魔法を使って作ったものだ。

 昨日の夜は色々とやり過ぎたので、流石の僕も寝不足気味。今日はあくびが止まらなさそうだ。


「……ふぅん……そうなの……」


 興味のなさそうに返事が返ってきたけど、どことなく楽しそうな声だ。

 そう思ってこっそりミレルを見てみると、鏡の前で姿勢を変えながら熱心に鏡に映る自分を観察していた。かわいい。

 やっぱり女の子は気になるみたいだね。


 僕も自分の顔を見てみたかったから作ったんだけど、もう一つ理由がある。


 机にやって来たミレルが僕の顔を見て──ジーッと見て首を傾げる。起き抜けでまだ三つ編みにしていない髪の毛がミレルの背中でサラリと流れる。


「ボーグ? 何か雰囲気が……」


 やっぱり気付いたか。実は少し僕の人相が変わってしまっている。

 魔法の実験と……趣味の問題で。


 だってこいつ人相悪かったんだもん!


 なんて駄々をこねたくなるぐらいに『こいつ』が犯罪者顔をしていたので、今後必要になりそうな魔法を色々と自分の顔で実験していた。

 傷跡やシミを消したり、骨の変形を直したりが出来ないか探していて見つけた魔法だ。

 『こいつ』の被害者を治療するためにと思って。

 罪の痕跡は無くしてしまわないと遺恨が残るからね。決して完全犯罪のためじゃない。

 そして、治療した人に治ったことを確認してもらうためというのが鏡を作ったもう一つの理由。


 それで見つけた魔法は、ほぼ人を形作る全てを作り直せるほどの魔法が見つかった。無数の魔法に分かれていたけど……オンラインゲームのアバター製作を思い出してしまうぐらいに細かく設定が出来るようだ。


 で、つい、自分の人相も治してしまったわけだ。

 大きく変わらないように注意したんだけど……さすがにミレルにはバレたみたい。


 はしばみ色の瞳を持つ細剣使いの横にいる時の黒衣の剣士ぐらい優しい顔にしたかったんだけど、『こいつ』とは全然違う系統だからこれでも自重した方だ。


「昨日の夜は魔法の勉強であんまり寝てないからちょっと疲れ目なんだ……外に出るには見苦しい顔かな?」


 むしろこの言い訳が見苦しい。


「そう言うことでは無いけど……」


 ミレルは一度口篭もったものの、なぜかすぐにクスリと笑った。細められた目に優しさが見えるような……


「誰も気にしないと思うわ」


 そう言ってミレルは顔を洗いに行ってしまった。

 何か言いたそうだったんだけど、気にしてないならいいか。


 ただ、こうやって顔をいじると、嫌でも実家のことを思い出してしまう。


 見目麗しい女性たちが更なる美しさを求めて父親を頼ってきていたことを。それを金になるからと受けていた父親を。

 確かにすごい額だった。

 だから僕は不自由なく暮らしていたと思う。


 でも、何か違う。

 医者というのはもっと人を救うために……と父親の仕事を手伝いながら思っていた。

 だから、父親から後を継ぐように言われたとき、反発して家を出て行ってしまった。


 医者になる勉強はずっとしていた。

 親にするようにも言われていたし、自分もそれが良いことだと思っていた。

 でも、美容整形医を選ぶためとは思っていなかった。


 だから、僕は薬学を選んだ。

 薬で多くの人を助けるのが良いと思って。より多くの人が助けられるだろうと思って。


 結局薬剤師にはなれず、ブラックな製薬会社に就職して、人を救うこともなく死んでしまったわけだけど。


 今度こそは魔法で人を救える。

 そのことは有難いと思う。

 ただ、少し力が大きすぎるのでどうして良いのか分からなくなっているけど。


 でもそんな理想の話をする前に、今の僕はまず村の皆にまともな人間であることを知ってもらわないといけない。

 もう『こいつ』とは違うと分かってもらわないと。

 そのためには『こいつ』の被害者に対して贖罪する。だから、僕は遺恨を無くすために被害者の治療をしなければならない。


 そう思っていたんだけど……



◇◇



 今日の畑仕事も昨日と同じ、脱穀作業を一日中して帰ってきた。

 良く動かした身体が心地良い疲れを伝えてきている。そして、良く動いた後のレモン水が程良い甘味と酸味が美味しい。

 転生前がデスクワークだったからか、身体を動かす仕事が楽しく思える。これはこれで大変だろうけど。


 今日の晩御飯にはお肉を焼いてみた。

 最近増えているという狼が一匹捕まったから、その肉をわけてもらえたらしい。

 昨日使った統術『過熱水蒸気調理ヘルシオクック』とは別の烈術『肉魚焼グリル』という魔法を使った。炎が出るわけではないので見た目は昨日とほとんど変わらない。

 でもこっちは単純に周りの空気を加熱する方法なのか、匂いが漏れてきていた。

 それと、たぶん乾き具合が違うんだと思う。今日の方が表面がパリッとしていて実に香ばしかった。その点が2人にも好評だった。

 どう仕上げたいかで使い分けした方が良いのかも知れない。今度同じ食材で試してみよう。


 気持ち良く疲れるまで仕事して美味しい御飯を食べれる。これだけで転生して良かったと思えてくる。

 殺されるのも罪を責められるのも勘弁だけど。


 村の人たちの見る目も少しずつ変わってきていると思う。

 まだ睨むような視線とか怯えるような視線を感じるけど、普通に接する人も出てきた。特に一緒に作業した人たちだ。

 今日は脱穀作業中に昨日ほど揶揄されることもなく、適当な会話をしながら作業をしていた。

 そして、やっぱり魔法のことが話題に上がった。

 デボラおばさんの噂は広まるのが早いのか、こんな田舎だから新しい話に飢えているのか。


 まだまだ修業中だという答えだけして、魔法の披露はしなかった。今日はキャベツの水遣りも必要なかったし、小麦はこれから乾燥させるのに近くで使うわけにもいかなかったから。


 ただ、癒やしの力があるかも知れないというのがやけに早く広まっている気がした。

 何か治療を必要としている人がいるのだろうか?

 晩御飯を食べたあと、デボラおばさんの煎れてくれたお茶を飲みながらミレルに聞いてみた。


「ミレル、この村に医者っていないのかな?」


 目をパチパチさせながらミレルがこちらをジーッと見てくる。

 これは常識を聞いたヤツだ。


「ボーグの言う医者というのが何を指すのか答えに悩むところだけど、医者と呼べる人はいないわ」


 ミレルが自分の顎をつつきながら答えてくれる。可愛いけどなんだか回りくどい答えだね。


「あまり医者という言葉を使わないのよ。普通は治療魔法士か魔女のどちらかを使うと思うわ。魔法で治すか薬で治すかの違いね」


 そうなると魔法の無い地球における医者は魔女の方が近いわけだ。歴史的に見てもそんな気がするし。

 ミレルが軟膏を使っていたところを考えると──


「治療魔法士の方が少ないって事かな?」


「そうね、治療魔法士は王様や上級貴族のお抱えであることが多いわ。昨日話した第三王子みたいにね。まずこの2つは効き目が違い過ぎるのよ。治療魔法はすぐに効いてすぐに治るけど、魔女の薬では時間がかかるわ。だから偉い人たちは治療魔法士を抱えるの」


 だから、治療魔法が使える人が居ると村人としても嬉しいわけだ。


「魔法薬って言うのは無いのかな?」


「ボーグに入れてもらった水みたいな物? だったら魔女の薬みたいな感じがするけど……治療魔法士が薬を作るかどうかは良く知らないの……」


「いや、気にしないで。治療魔法士は数が少なくて、貴族相手しかしてないからあまり良く知られていないんだね」


 ミレルが悪いわけではないから、そんな申し訳なさそうな顔をしないで欲しい。

 というか、僕に対して申し訳ないという感情を持ってくれるようになったんだ……意外に打ち解けられているのかも知れない。


 なんていう会話をしながら晩御飯後のひとときを過 ごした。御茶が終わる頃にデボラおばさんが帰ったので、僕は今日も実験室に行くことにした。



◇◇



 魔法の実験をしていると母屋の方から扉を叩く音が聞こえた。

 実験室に居るときは周囲の音を閃術『集音サウンドコレクション』で良く聞こえるようにしてある。


「こんな時間に誰か来たようだ、ってやつか?」


 良くあるネタフラグを思い出しながら母屋の方へ行こうとしたら、先にミレルが母屋の扉を開いたようだ。


「誰?」


「ちっ……ミレルか……」


「マリウス……何の用? ボーグなら居ないわよ」


 視覚強化してカモフラ小屋の入口からこっそり二人を眺める。


「ボーグか……ミレルがそんな呼び方をする日が来るとはな……」


 マリウスと呼ばれた男の声は、口をしっかり開いていないのか少し聞き取りにくい。

 脳内補完しないと会話もしづらそうだ。


「別に良いじゃない……それより、昔はあなたとボーグが一緒に居ると村の中から何かが無くなると言われてたぐらいよ? 久しぶりに悪いことの相談しに来たのなら帰った方が良いわ。今のボーグは……」


 『こいつ』の悪仲間と言うことかな?


「はんっ! あいつと今さらそんなことするわけねぇだろ! お前と一緒になって腐抜けたとか聞いたから一言言いに来たんだ!」


 おぉぅ……このまま隠れていたい衝動に駆られるけど──


「ミレル。お前はあいつに何をしたんだ? あいつはお前と一緒になるようなヤツじゃなかっただろ? あいつは根っからの悪人だっただろ?! 良い子ちゃんのお前と一緒に居られるわけがねぇ! でなきゃオレの腹の虫がおさまらねぇ!!」


 ミレルに掴みかからん勢いで迫るマリウス。

 ミレルが怯えてるじゃないか……こうなっては出ないわけにはいかないな。


 僕はマリウスの背後へ近寄り、肩に手を置いた。


「その辺にしてくれないかな?」


 マリウスが飛び上がって驚き、横へと飛び退る。


「ボ、ボグダン! いつの間に!」


 閃術『静音化サイレンス』のおかげで全く気付かれていなかったようだ。

 この魔法は実験室からの音が漏れないように使っている魔法だ。静音と集音に矛盾があるような気がするけど、それは魔法だから気にしてはいけない。

 静音化の効果のほどは自分では分からなかったけど、彼のお陰でどのぐらい効果があるのか少し分かった。


「僕を探していたようだけど、こんな夜遅くに何の用?」


「んだぁ? 外からってことはパリンカんとことで酒でも飲んできたのか?ってぇ、酒の匂いがしねぇ……お前!」


 突然マリウスが僕に僕に掴みかかってきた! しかも怒りの形相で。

 会話の流れから全く予想できない行動。精神的に不安定な状態なのかと思うぐらいに急激な変化だった。


 だから、僕は咄嗟にマリウスを振り払ってしまった。


「ぅぐはぁっ!」


 マリウスが嘘のように軽々と飛んで地面を転がっていく。


 そうなるよねー


 いつものように自動発動した身体化学強化ケミカルブーストが原因だ。


「ボーグ!」


 ミレルさん怖いです、責めるような視線が痛いです。僕が悪いんだけど不可抗力だと主張したい。


「へっへっへっ……やっぱりお前はそういうヤツじゃねぇと」


 ミレルの批難とは反対に、マリウスは寝転がったまま笑って勝手に納得しようとしている。


「そうだ、お前はいつだって容赦ねぇ。オレがダマリスのことを問い詰めたときだって容赦なく殴ってきた、お前が悪いのによぉ」


 何かしら因縁のありそうなヤツで恨みを買ってそうだけど、言葉からはそれが伝わってこない。むしろ喜んでいる感じがする。


 でも、そう勝手に僕を決めつけてもらっては僕が納得できない。

 関係改善を進めるには悪行を消していかないと。


 だから、僕は寝転がっているマリウスに手を差し出した。


「ただ僕は驚いただけで、突き飛ばすつもりは無かったんだ。ごめん」


 マリウスは首だけ起こして僕を見ながら、しばらくぽかんと口を開いたままだった。

 そして我に返ると、僕の手を叩くように払い除けて勢い良く立ち上がった。


「どういうことだ! オレはお前が悪だから許したんだ! 謝るとかそんな腐抜けたこと言うヤツを許した覚えはねぇ!!」


 そう言いながら僕に再び掴みかかってくるマリウス。


 どういうことだ!と僕が聞きたい……言ってることの意味が分からない。


 が、ひとつ分かったことがあった。

 近付いたことでハッキリ見えた彼の顔。


 彼の顔は右頬の辺りが少し変形しているようで、顔の左右のバランスがおかしかった。

 その所為で口の開き方がおかしく、少し聞き取りにくい声になっていたようだ。

 開いた口から覗く歯も少し足りない気がする。


 ついに来たか……

 『こいつ』の悪行の結果が目の前にあるのかと。


 恐らくこれは頬骨の骨折を放置した結果、頬骨の変形が残り口の開閉に障害が出てしまったのだろう。

 歯も少ないことから考えられるのは、顔面への殴打だと思われる。


 こういうことが何となく分かってしまうことを少し憂鬱に思いながらも、念のためマリウスに聞いてみる。


「その怪我は──」


「忘れたとは言わせねぇぜ。お前と本気で殴り合ったときに付いたもんだ。お前はかすり傷程度だったのが今でも悔しいぜ……」


 被せるように答えるマリウス。言葉の割にはどことなく誇らしげに見える。


 ヤンキーなの? ヤンキーな友情なの?? 殴り合いをすることで友情が深まる系のそういうお友達なの?


 そんなお友達は持ちたくないけど、彼はまだ言いたいことがあるはずだ。でなければこんな時間にここには来ない。


「お前、魔法が使えるようになったんだってな? を村のために使っていくとか?? 巫山戯んなよ!! お前はそんなヤツじゃねえ!! お前は……お前は!!」


 感情的になり過ぎて言葉が出て来ないようだ。


 でも、言いたいことは分かってきた。

 友達が変わって行ってしまうことに苛立ちを覚えている、それも自分が認めた相手の特徴が失われて行っている。

 その特徴があったからこそ悔しい思いも呑み込んだのに、それが無くなってしまっては納得できない。


 そんなところかな。ヤンキーな雰囲気は間違いないみたい。

 でも、そんな付き合い方を僕が続けられることは無い。断固として遠慮したい。

 なぜなら──その友情はBLネタにされるから!

 というのは冗談で、人と深い付き合いをしたことがない僕には到底無理だと思う。


 だから、僕が変わっていくことに納得してもらうしか無い。


「だったら、傷跡を治せよ! その魔法で!! そんなこと出来るわけ無いよな!! そんなちょっと魔法が使えるようになったからって良い子ちゃんぶるようなお前にはな!!」


 勲章のような傷を無くすことで忘れてやるということかな?


「マリウス、そんな無茶なことを言っても仕方ないじゃない。怪我した時に魔法を掛ければ治るかも知れないけど、その魔法だって簡単には使えないのに……その上、過去の傷跡を消すような魔法なんて聞いたことがないわ。第三王子の話聞いたことないの……?」


 確かに、ミレルが言ったことは辞書さんサーチディクショナリーにも書かれていた。時間が経ってしまうと治療ヒーリングでは治せないらしく、傷跡も残るし欠損部位は断端になるとか。

 予想だけど、たぶん自己治癒によって塞がれてしまった傷口は、わざわざ開いて治すような魔法じゃないんだと思う。

 上のランクの魔法なら欠損部位を修復できるし、クローンを作れるレベルの魔法まである。この世界では余りにも非常識だろうけど……


「知ってるさ、無理なことぐらい。でもよ、そのぐらい出来ねぇとオレは認めねぇ。お前が善人気取りなのをオレは許さねぇ!」


 罪を犯した人間は善人になることも許されないのか……いや、違うか。

 彼の言っていることを実現出来れば認めてもらえると彼自身が言っている。

 彼は無理難題を押し付けて、許せない思いを僕に理解してもらいたいんだろう。その上でなんなら決別したいと思っている気がする。

 でも、僕は残念ながら善人にしかなれないと思うから。それを許してもらうしかない。


 こう言う傷跡を消すような治療は、女性が訴えに来ると思ってたんだけど……まさか最初が男だとは。


「何とか言えよ!」


 マリウスは短気だな。分かってたことだけど。


「出来る出来ないは別にして、まずはその顔を自分で良く見ることが必要だと思う。その顔になってから鏡は見たかな?」


「そんなの見てねえよ! 湖に映る自分の顔ぐらいは見たけどよ……」


「そうか。ならこっちに」


 そう言って僕は返事を聞かずにカモフラ小屋へと向かう。


「おい! どこ行くんだよ!」


 そう言いながらも付いてくるマリウス。

 そして、そのあとに続くミレル。ミレルも結果が気になるようだ。


 小屋に入ってランプを付ける。

 このランプはラズバン氏製の普通のランプだ。

 診察するのに心もとない灯りだけど、僕には光量調整ライトコントロールがあるから問題ない。


 そして僕は鏡を入り口の正面へ移動させ、その横に立つ。

 後から入ってきたマリウスに鏡を見せ付ける。

 この世界の一般的な鏡よりしっかり映るはずだ。

 良く見て考えて欲しい。


「なんだよ、この鏡は……なんだよ、この顔は……なんだよ……ダマリスのこと言えねぇじゃねぇか……」


 ところでさっきも出てきたけどダマリスって誰?

 ミレルに視線を送る。


「マリウスと仲の良い……その……個性的な顔の女の子よ」


「不細工って素直に言えよ! こいつの所為で不細工になったんだよ!」


 マリウスの批判にミレルが黙り込んでしまう。

 ダマリスさんはそんなに酷いのかな……見るのが怖いような。でも、確実に見ないといけないだろうな。

 それはそれとして──


「それで、マリウスはその傷跡は勲章のように残しておきたいのかな? それとも治したいのかな?」


「お前っ……なんだよ……出来るような口ぶりしやがって──」


「治したいの? 治したくないの?」


 ここはプライドを曲げてでも本心を言ってもらわないと。「治してみやがれ」とは言われたけど、本当に治したら「余計なことしやがって」ってなったら困るからね。僕以外が弄れないなら尚更本人の意思確認が大事。


「……オレのか……オレだけど……オレも治してぇよ……」


 絞り出すようにか細い声でマリウスから答えが返ってきた。


 良かった、治して欲しいならちゃんと贖罪になると思うし。


「なんでそんなこと聞くんだよ! 惨めなオレを見てぇからか!!」


「治せるからだよ。良く鏡を見ておくんだよ」


 驚くマリウスもミレルも放っておいて、僕は魔法をかけるためにする。


 人の身体を弄るんだ。緊張しないわけがない。

 魔法という簡単なツールを使ってはいるけど、これは手術と同じ。魔法だから何度でも行えるなんて思ってはいけない。それで失敗された人の身になったら、気軽に行えるようなものではないと僕は思う。


 ましてや高額な報酬をもらった上で「素材が悪ければ失敗もある」なんて口が裂けても僕は言えない……


 余計な思考は追い出して、1つ目の魔法を発動する。


ヤマナカ級析術師マスターアルケミストボグダンの申請により析術『復元レストアレーション』レベル12を発動します》


 まずはこれで肉体を戻す。

 この魔法は治療ヒーリングの2段階上位の魔法。回復系の魔法はなぜか比較的ランクが低いけど、これはランク5。遺伝子情報によって身体を元の状態へ戻す魔法だ。部位欠損や傷跡も消せるらしい。

 ただ、変形が治るのかは明記されていなかった。だから、追加で魔法を使う予定だ。

 無くなったものを戻す分には素材が必要になるけど、今回は歯が数本だけだから──晩御飯に食べた魚の骨を利用しよう。別に有機物なら何でも良いらしいけど、そこは気分の問題だね。


「うぇぇ?! なんか、口の中が!?」


 マリウスが口内の突然の変化に奇声を上げる。


 そりゃ、突然歯が生えてきたら驚くよね……


「大丈夫、歯が生えただけだから。それより、口はスムーズに動くようになった?」


 マリウスは僕が何を言っているのか理解できない顔で首を傾げる。


「軽く喋ってみたら分かるよ。鏡をしっかり見て他に気になることがあれば言ってくれれば」


「気になることってぇぇー!! 普通に口が開く!!」


 さっき奇声を上げたときにはすでに治ってたんだけど、それどころじゃなかったんだね。


 口をカクカクと動かして驚きを表現するマリウス。

 何度も鏡と僕を交互に見ている。

 僕も横から鏡を覗いてマリウスの顔をしっかり確認する。


 確かに頬のへこみは治ったけど、今度は少し頬骨が出っ張ってる気がする。復元したときの反動かな。

 後は歯並びも少しガタガタしてる。歯自体はキレイに復元したけど、抜けている間の変形は戻してくれないのかな?

 それではまだ遺恨を消せたとは言えない。

 まるでそんな事実は無かったと言えるぐらいにしないと。


 もう一度集中して次の魔法を発動する。


ヤマナカ級析術師マスターアルケミストボグダンの申請により析術『輪郭調整フェイスラインフォーミング』レベル12を発動します》


 マリウスを対象に魔法が発動して、彼の顔にAR情報が表示される。

 魔法によって顔の陰影が強調表現されたり、頬や顎のカーブ線が現れて始点と終点が視覚化されたり、左右の対称性まで一目で分かるようになる。


 さすがランク7の魔法。かなり高度な変更が行えるみたいだ。

 痛みを伴わないのは自分で試して分かっているから、遠慮無く形を変えさせてもらおう。


 元の形がどんなのか知らないから、外国俳優の顔を参考に、でも今より変わりすぎないように頬のラインを形作っていく。


 頬はこんなもんで良いかな?

 じゃあ次は──


ヤマナカ級析術師マスターアルケミストボグダンの申請により析術『歯牙調整デンティションアレンジ』レベル12を発動します》


 輪郭調整と同様にマリウスの顔にAR情報が表示される。

 この魔法も、歯の高低差や前後差が強調されたり、歯の中心を結んだU字線が表示されたり、歯間の大きさなどが口を閉じていても分かるようになる。


 歯並びはキレイな方が良いよね? 虫歯の原因にもなるし。

 多少犬歯が長いけど、この世界の特徴かな? これはそのままにしておこう。

 おお! 片側の歯を調整したら、咬合状態を考慮して反対の歯も自動で調整してくれるのか。何度も調整しなくて良いのは便利だね。

 お陰で思ったより早い時間で終わった。


「こんなもんでどうかな?」


 呆けているマリウスに問いかける。それぞれ魔法を使う前に今から何をするかは先に伝えておいた方が良いかも知れないね。


「え? あ、ああ。大丈夫だと思う」


 顔をペタペタと触ったり、口を開け閉めしたして舌を歯に這わせたりしながら、マリウスがようやく答えてくれた。


「術後すぐはバランスに戸惑うかも知れないけど、すぐに慣れると思うから」


 定着とか待たなくて良いのが魔法の凄いところだと思う。経過観察とかも必要ないのかな?

 一応ケアとして必要なことはあるだろうから定型文で伝えておこう。


「何か問題が生じたらまたすぐに来て下さい」


「え!? わ、分かった。すぐに来るようにする!」


 異様に驚かれたような……? ああ、手術することもそういう魔法も無いから、問題が発生する不安を与えてしまったのかな。

 切開手術を行ったわけじゃないから化膿とかしないと思うし。


「問題が起こるわけじゃないから安心して良いよ。何か困ったことになったら来たら良いというだけで」


「お、おう、分かった」


 やけに素直に頷くマリウス。完全に毒気が抜けている。


 とりあえず、これなら悪く言われることも無いかな。でも、念のため。


「僕が治療したって事は言わないでね。特に外から来た人には絶対に黙っておいてもらえると嬉しい」


 村の人たちは仕方がないとしても、それ以外の人が集まってきても困る。

 ミレルの話からすると復元レストアレーションはこの世界では奇蹟と呼ばれそうな魔法だ。もし知れ渡ったら頼って来る人も多いだろう。

 この村には宿屋が一軒しかないんだから、泊まるとこすらないし提供する食事も用意できないだろうから、人が来たらみんなも困るだろう。

 それに、そんなに僕が対応できない……貴族や王族に知れ渡って城仕えとか言われたら面倒そうだし、そんなのより一層イヤだ……可能なら人にはバラして欲しくない。

 困ってる人に頼ってこられたら僕は断れる自信も無いから……何か対策は考えておかないと……


 なんて思ってる間も、マリウスはやけに驚いた顔で固まっている。


「ダメなのかな?」


「いや、言わない。なんつーか、昔のお前ならこんな力手に入れたら、人を従わせるために使っただろうなって思ってな……村のためってのは本気なんだな?」


 なるほど。確かに『こいつ』ならそうだったのかも知れない。だからこそ、マリウスは僕が変わったことを理解してくれたみたいだ。


「そうだよ、こんなのでも村長の息子だからね」


「そうか……分かった。ならオレはもう何も言わねぇ」


 神妙な顔で深く頷くマリウス。


 分かってもらえるって良いね。

 とりあえず理解者第一号だ、ここから一歩ずつ進んでいかないと。


「こんな時間に邪魔したな……」


 ミレルにそう謝ってからマリウスは帰って行った。


「ミレル……彼は口が硬い方?」


「え? ええ……男の約束とか言って守る方よ。でも……」


「でも?」


 ミレルは俯いて首を左右に振った。


「いいえ、何でも無いわ。それより──」


 ミレルがカモフラ小屋の室内を見回してもう一度口を開く。


「随分立派な建物だけど……ここは何なの?」


 あ……内装を誤魔化すの忘れてた……


「えーっと……」


「あと……昨日もそうだったけど、畑仕事したのにやけにさっぱりしてない?」


「え、えーっと……」


 誤魔化すの視線を逸らしてしまうのは僕の悪い癖だと思う。隠し事がありますってバレバレだよね。


「誰にも言わないから話してくれない?」


 ミレルからは責めるような意志は全く感じられない。でも、たぶん、『こいつ』なんだから何か良からぬ事を企んでいるのでは?と考えているんだろう。

 信じてもらうためにもここで何しているのか全て話しておこう。余りにも非常識だと思うから黙っておいて欲しいけど……


「実は──」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る