第18話 魔法は本当に何でも出来る便利な物のようで


 畑仕事を終えて、家に帰り着くとデボラおばさんがすでに夕飯を作ってくれていて、焼き物を待てばご飯が出来上がるという状態だった。ありがたいね。

 ちなみに今日も魚らしい。なんでも昨日大量に魚が捕れたらしい。あのウツボみたいなヤツのせいか……


「坊ちゃんは魔法を使えるようになったんですか!?」


 デボラおばさんがミレルの報告を聞いて驚いている。

 あまり喧伝されるのも嬉しくはないけど隠せるものでも無いから、ここはこちらからわざと流して誘導した方がメリットが大きいだろう。

 相手はデボラおばさんだし、情報操作には向いていると思う。


「そうなんですよ、まだあまり実感は無いですけど、水属性の魔法は得意なのかも知れません。ほらっ!」


 そう言いながら僕はコップに水を精製する。材料は近くにあるものから指定できるので、朝に汲んでくる甕の水を指定しておいた。

 ちなみに使ったのは析術レモン水精製レモンウォーター。日本で流行ってた味付け水に非常によく似ている。他にも色んな味付けがあったので、色々飲んでみたい。


「どうぞ、美味しいですよ」


 驚いているデボラおばさんにコップを差し出す。

 デボラおばさんは受け取り、恐る恐るコップに口を付ける。


「あら、やだ、美味しい! 仕事の疲れが嘘みたいだわぁ!」


 その言葉が大袈裟で嘘みたいですが……このレモン水はクエン酸入りなので、家事仕事をして疲れた身体に効くのかもしれない。


「はい、ミレルにも」


 同じようにミレルにもレモン水入りのコップを用意して手渡す。


「美味しい! 確かに疲れがマシになる気がする」


 ミレルが嬉しそうに報告してくる。


 僕が飲んだときはそんなに感じなかったんだけど……プラシーボ効果かな? 喜んでもらえるなら僕も嬉しいけど。


「坊ちゃん、凄いですよ! この調子なら水属性の上位魔法である治療魔法とかも使えるようになるかも知れませんね!」


 なぜデボラおばさんはそんなことを知っているのですか……


「行商人が先月来たときに言ってました。あの第三王子が水魔法の使い手を探しているらしく、傷痕の治療のためだと噂になってます」


「第三王子?」


レムス王国この国の第三王子よ。何かの事故で大怪我をしたらしいのだけど、治療するのが遅かったみたいで、その傷痕が酷いらしいの」


 デボラおばさんがうんうんと頷いている。だから、水魔法が使えると回復系魔法が使えるという発想になるのか。

 確かに水属性に回復魔法が含まれるゲームもあったような。

 なるほど、そうなるとこれは都合の良い話かな。

 回復系の魔法はその線で使えるようになったと言えば使っていける気がする。


「だからこの水にも癒やしの効果があるのね」


 ナイスフォロー、ミレル!

 ただのクエン酸だけど、科学的な知識も無いこの世界では癒やし効果のある水になるわけだ。

 この分なら、アントシアニン入りとかテアニン入りでも癒やし効果がある水になってしまいそうだ。


「だったら良いね。みんなの助けになれるなら嬉しいよ」


 ね、だからね、そういう驚いた顔は……僕もそろそろ慣れてきたけど。

 『こいつ』に直接的な恨みのある人は無理だろうけど、纏う雰囲気と植えつけられたイメージだけで嫌ってる人には、こういうレモン水みたいな簡単な物でイメージ改善が出来たら良いな。


「ということで、魔法の練習も兼ねて魚は僕が焼くよ。魚を水蒸気で焼くとふっくらと美味しく焼き上がるんだよ?」


 ミレルとデボラおばさんが顔を見合わせて不思議そうにしている。

 言いたいことは分かるよ。僕も最初は驚いたからね。


 僕はデボラおばさんに下処理済みの魚を人数分受け取って、勝手口から外に出る。網焼き器は昨日使ったので外に干してあった。


 網焼き機に魚をセットしてから、辞書さんサーチディクショナリーを起動する。これで無かったら笑い者だけど、水精製系の魔法の種類と量から言って、こういう魔法はあるような気がする。というか、むしろ、魔法で出来ないことはない気がする。種類が多過ぎるからそれを見つけ出せるかが問題なだけで。


 目的の魔法はすぐに見つかった。名前が有名な電子レンジっぽかったので……

 僕は早速、3尾の魚を対象にして統術『過熱水蒸気調理ヘルシオクック』を発動する。


 発生した水蒸気が一瞬魚を白く覆う。水蒸気は逃げることなくその場に留まり続け、やがて透明になっていきまた魚が見え始める。


 熱もこちらに逃げてこないし、何も起こっていないように見えるからつい触ってしまいそうだ。


 でもこの魔法、最大300度近い水蒸気で食品を囲うので、指でも近付けようものなら火傷すること間違いなしだけど。

 その水蒸気を衝術による運動エネルギーを使ってその場に留めさせるらしい。

 物理法則で説明できるかもしれないけど、物理法則を無視されてるようなモヤモヤ感が……


 魔法という矛盾に悶々としている間に魚に焦げ目がついてきた。

 周りの水蒸気をその場に留めている関係上、匂いも漏れてこないので見た目でしか判断できない。


 止め時が難しいような?


 チンッ!


 そう来たかぁ……確かにそれらしい音だけど、オリジナルのレンジはその音ではないような。


 音と共に魔法が中断されたのか、魚の焼ける香ばしい匂いが辺りを包み始める。

 魔法の説明に「美味しく調理する」って書いてあったけど自動調理ということだったのか。これなら魔石に込めておけばデボラおばさんでも使えそうだ。


 一旦家の中からお皿をもらってきて、美味しそうな魚をお皿に載せて家の中へと戻る。


 机の上にはデボラおばさんがすでに他の料理を準備してくれていた。そこに僕の焼いた魚を加えて、晩御飯を開始する。


 デボラおばさんはキッチンの机で食べるらしいので、机には僕とミレルだけだ。

 一緒に食べるように誘おうと思ったんだけど、ミレルに止められた。


「え? 村長って貴族なの……?」


「何を驚いているのよ。どちらかというとわたしはこの魚の美味しさに驚きたいぐらいよ……領主様からこの地を任されているのだから貴族の一員よ? こんな村だし、もちろん一番下級だけど。だから、使用人と一緒に食事をするのは良しとされないわ。でも、村──お父さんが庶民的に接するから、あまり村の人は気負っていないのよ」


 ミレルはそう言いながらどこか嬉し気だ。今の村の在り方が好きなんだろうな。


 じゃあ一緒に食べれば良いような……


「本来は主人の食事中に食事することもないのよ? あまり関係を崩し過ぎるとの前で失敗するから、このぐらいが丁度良いってお互いに思っているのよ」


 ミレル、言い方……僕も貴族だと思ってなかったから仕方がないけど、それは村長おとうさんに対して失礼な言い方だと思うよ……

 じゃあ、その貴族の息子に対して村の人はあんな態度なのか。勇気があるというか……それだけ村長を信頼しているんだろうね。


 そうなると、村長と村人の関係は良好なのか。村長からも「村のために」って感じが伝わってくるもんね。

 ますます『こいつ』は排斥されてよかったんじゃないか……?

 一番悪い奴がいなくなると……という心配もあるけど、そこは追々元一番悪かった奴が何とかしていくでしょ。つまり僕だけど。

 そういう悪い奴の相手にするのは苦手なんだけどな……仕方がない、先に仕込んでおくべきかな。


「ところでミレル。この家の横に土地が空いてるような気がするけど、僕が使って良いのかな?」


「え? ええ、別に問題ないわよ。生け垣の内側は村長の旧家の敷地だから。厩舎きゅうしゃでも建てる予定だったんじゃないかしら」


 よし、ならば魔法の実験に使える。

 日本の一般家庭の敷地面積より広いぐらいは空いてたから、実験室を作ってしまっても良いかも。

 でも、問題を起こしたときに困るから、上物うわものはカモフラージュにして、魔法の実験室は地下に作っても良いかな。

 小学生じゃないけど、地下秘密基地とか夢が広がるね!


 ミレルと少しの会話をしながら晩御飯を食べた後、デボラおばさんが帰ってから僕は外に出ることにした。

 デボラおばさんが涙を流しながら美味しかったと大袈裟に喜んでいたのには引いたけど、喜んでもらえたことは何よりだ。


 もし実験室作りが上手くいけば、他の空き地に使用人室を作っても良いかも知れない。



◇◇



「ほんとに何でも出来るな……」


 光灯ライトを灯しながら作業すること1時間足らず。簡単に上物の小屋と地下室一部屋が出来上がってしまった。

 使った魔法は2つだけ。


 衝術『土壁製作クレイウォール

 析術『石材変換チェンジトゥストーン


 地面の土を素材に石造りの小屋と、素材に使った分地下に出来た空洞を地下室に改良した。素材にする部分を適宜調整することで、階段状に掘り下げることも可能だった。

 もちろん、地下室の壁も床も階段も石に変えてある。

 石の見た目はキレイに磨かれた白大理石のようで、なんだか高級感に溢れている。

 どちらも単純な魔法だからか、ランク2だった。

 ランク4の統術が使えるってだけで、一人で村を作れそうなレベルだ。でも──


「目立つね……」


 多少生け垣や周りの木々で隠れているとは言え、敷地に入れば異質に見える。他に異質な物と言えば、デボラおばさんが捨てた生ゴミぐらいしか無い。確実にそれとは比べものにならないぐらい目立つ。

 一夜城ならぬ一夜小屋だけど、一夜で出来るには立派すぎるし、継ぎ目のない石壁も不自然すぎる。

 一人でかつ一夜で作れるのなんて、木の柱にぼろ布の小屋ぐらいだろう。


 僕は地下室へと下りて、折角石に変えたけど壁を材料にカモフラージュ材の精製を開始した。


 析術『生地製作フリーファブリック

 析術『材木変換チェンジトゥランバー


 材木変換はランク2だけど、生地精製はランク6と他に比べてランクが高かった。製作系でも「精製」や「製作」や「変換」という名前の魔法があって統一されていないところを見ると、名前の付け方は登録ユーザーの好みっぽい。法則性とか考え出したら失敗しそうだ……


 あと、魔法の便利すぎるところは自由に形を決められることだと思う。うん、今思った。


 屋根や柱が簡単に出来上がってしまった。しかもカモフラージュ用だから、普通より薄かったり石壁の角に嵌められるようなL字状だったりする。

 こういうのってホームセンターで良く見たような……何となく日本の工業製品は殆ど魔法で作れるような気がしてきた。


 ダメだ! これはボッチ生活が捗りすぎる!

 誰の手も借りずに何でもこなせてしまいそう。

 まあ……今は便利だから良いか。


 材料を持って外に出て、また違う魔法を使って貼り付けていく。


 ここで使うのは析術『癒着アドヒージョン』。


 つくづく便利すぎる。

 どんな素材同士でも化学エネルギーによって最小量を変質させて癒着させてしまう、とか化学舐めてんのかと言いたい。叫びたい。


 おかげでしっかり貼り付いてしまった。

 黄色い容れ物の瞬間接着剤さんもビックリなぐらい。

 ついでに地下の実験室に、何個か光灯を付与した魔石を天井に貼り付けておいた。


 見た目は木と布で出来た小屋になったし、まだ一日で何とか出来そうな程度にはなったと思う。

 癒着してるから風が吹いてもなびかない布なんだけどね……扉がないので入り口の布だけは靡くからそれで許して欲しい。


 地上部分の建屋は別に使う予定がないのでカモフラ小屋かな。


 後は作りたかったものを作って、気になってる魔法の実験をしたら今日は終わりにしよう。


 まずは時計と鏡かな。鏡は自分の顔すらよく分かってないから1度見ておきたい。

 あ、実験室のイスとか机もいるか。ついでに作っておこう。

 そうなると、紙とペンも欲しくなるな。

 そういえば、畑仕事して泥塗れになったからお風呂にも浸かりたい。濡らした布で拭いてはいるけどやっぱりお湯に浸かりたいよね。身体の芯から温まりたい。

 あ、そうなるとトイレも欲しいか……


 ……適当に出来るところまでやって寝よう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る