第19話
既に夕方というにも遅い時間。山の中はほとんど真っ暗だ。
この辺りは野犬もいる。俺のような素人がいるのは無茶と言うより無謀。
しかし、今隣にいる男のお陰で俺は安心することができた。
彫りの深いラテン系の顔。辛い出来事をくぐり抜けてきたことが分かる顔の中で目だけが優しく光る。善人だと分かる顔だ。
「なー、アーロンよ」
「なんです? さかたさん」
「俺たちは同い年で、ダチだ。しかもこれから一戦おっぱじめようって時に、さんづけは止めようぜ?」
「しかし わたしは あなたに すくわれました」
「ほんと、堅い。堅いなぁ」
「はぁ すいません」
アーロンはこないだ成り行きで助けた獣人だ。山の中の隠れ里で他の獣人達と暮らしていて、そのリーダーを務めている。
話してると、霧が立ちこめてきた。
予定通りだ。
「さかたさん このきり?」
「大丈夫だ。これは知り合いのせいさ。それより、顔、気をつけろよ」
霧に含まれる怪異の匂いを感じたのだろう。無意識に獣人モードになりかけてる。
「はぁぃ、おまたせぇ」
するりと音もなくタクシーが現れる。古い型の車だ。電気じゃ無くてLPガス駆動。
車が止まると、慌てたようにエンジン音が聞こえ始め、排ガスの匂いが森の中に広がった。
「ハルさん、こんばんは。いい夜ですね」
「ふふ。いつもは予約は受けないんですけどねぇ」
いつの間にやら車の側に黒髪の美女が立っていた。
アーロンは車の出現に驚くやらハルさんの美貌に見とれるやら大忙しのようだ。
「さかたさん このくるま どこから?」
「あら、女性の秘密を聞くのは野暮よ? 女の子には色々隠し場所があるのよぉ?」
「ま、そういうこった。さ、行くぞ」
俺たちは、タクシーに乗り、霧のトンネルを進む。
トンネルの両脇には、古今東西の様々な景色が写る。
鎧を着けた侍が戦う戦場。みすぼらしい格好の羊飼いの草原。大きなお祭り。
その中に必ず赤い女がいたが。俺はそれを見なかったことにした。あれと目を合わせてはいけない。
気がつけば、目的地だ。となりには薄ぼんやりとしたアーロンが座っていた。良かった。無事付いたようだな。
「今日はいつもと趣向が違いましたね?」
と俺が聞けば
「そうねぇ、初心者がいたから仕方ないわ。 私これでも優しい方なのよぉ? アレの中では」
と、ハルさんが答えた。
いつものように高い料金を支払い、俺たちは繁華街に入っていった。
霧の中で何を見たのか、アーロンは居酒屋に入っても最初ぼんやりしていた。だが、久しぶりの酒を飲み、つまみを食べると段々テンションが上がってきたようだ。
いつもの思慮深い様子とはまるで違ったアーロンを見て、時は今、と勘定を済ませた。
裏に入りたどり着いたのは、いつもの店。スナック蜘蛛の糸。
アーロンもだいぶストレス溜まってたみたいだし、こういう所でストレス発散してもらおうと考えたんだ。
ほんとはもっと連れてきたかったんだが、酒が入って本物の虎になったりしたら騒ぎになっちまう。その辺考えて今回はアーロンだけとなった。
まぁ隠れ里にも色々差し入れはしておいた。今日は派手にやってんじゃ無いか?
その後俺の連れってことで、かなりよくして貰った。アーロンもジャパニーズスナックの接待には大喜び。地元の歌をカラオケで歌ったり、洋楽をデュエットしたり。
まぁ途中でアーロンのライオン丸が目覚めそうになって、慌てて水ぶっかけたりしたけどな。そしたら、店の女の子全員アーロンの肩持ちやがって、ひでーもんだぜ。若くてカッコイイ方を贔屓するのは当たり前って、俺とアーロンは同じ年だってーの。
その後も誰がアーロンをお持ち帰りするか、かなり真剣な話し合いがもたれたようだが、なんとか無事に帰還することが出来た。
帰りも贅沢なことにハルさんの「コウノタクシー」だ。まぁ隠れ里の獣人達の社会復帰プログラムの一環だ。金は協会が出す。それなら「コウノタクシー」でも大丈夫だろうさ。
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