第12話
それに気づいたのは今朝のことだった。
うちの庭には、ちょっとした小屋がある。鍛冶などを行う作業小屋だ。そこで、ちと金物の細工を行って母屋に戻ろうとした時、なんか気配がした。
作業小屋の周りには、大型荷物用の木枠や蓋のない金属製の宝箱みたいな物が転がっていて、それをやたら発育の良い蔦が覆っていたりする。まぁ何か隠れる場所にはもってこいというわけだ。雨露もしのげる。
そこをよーく覗くと何か薄茶色の塊が一つ。
目は合わさない。情がわく。
「そもそも俺は犬派だ。野良を抱え込むのは治安的にも許容できない。保健所に通報するのが市民の義務だ」
俺は誰に言うとも無く口に出す。
くたりと身動き取れないそれは、こっちをうっそりと見やる。逃げようにも逃げられないのだ。
「だがまぁ居ないモノは、通報もできないよな」
そいつに近づくと、手を伸ばした。背中に大きな刃物傷。まぁこれくらいなら何とかなる。
次の日、やってきた家政婦さんに作業小屋の方に近づかないように告げた。五十過ぎの家政婦さんは、きつめの見た目と裏腹にノリが良い。最初は普通の服だったが、最近はメイド服をうちに置いて着替えている。
「……猫ですか?」
「あぁ、そうなんですよ。怪我をした猫がね。居着いてしまって。ちょっと病気を持ってるかも知れないんで、近づかないでください。世話は私がしますんで。ひょっとしたら野犬が寄ってくるかも知れませんしね」
「あぁ、それで台所が散らかってたんですね。でもゴミは既に出していらっしゃるし。ご主人様はどうもやる事がちぐはぐで行けませんね」
「いや、旦那様は止めてくださいよ。ちゃんと片付けますから」
「はいはい」
昔は、野犬なんて居なかったそうなのだが、今では郊外に行けば見かけるようになった。森の中では狼よろしく狩りもしているらしい。鹿なんかの抑制になっているのは皮肉な事だ。で、ここは郊外の方だ。人が減ってすかすかだから、多少大きな音が出ても騒ぎにならない。
それから俺は、そいつの世話をちょっとだけしてやった。
怪我と病気の治療を行い、毛布と水と食べ物をやり。簡単なトイレも作ってやった。ろくにからだが動かないんだ。そこらでされては困っちまう。
五日目の夜中に、庭の方で鳴き声と大きな息づかいとおぞましい咀嚼音が数分間したが、俺は気にしなかった。
翌朝、そいつはおおよそ元気だった。大きな怪我も無い。無事だったようだ。作業小屋の周りのガラクタはとっちらかってたものの、庭はほとんど綺麗で昨夜の喧噪は嘘のようだ。
ぺこりと頭を下げるんで、口の端っこで笑ってやった。
「気にすんな。だけどそろそろ潮時かもな」
俺はそいつの頭をぐりぐりと撫でてやった。この数日でそいつはすっかり俺に気を許していた。
その日の夕方、気がついたら居なくなってた。ガラクタが不思議と片付いて、毛布も器も綺麗に揃えられていた。
夜のニュースで、近くで熊が出たという報道があった。かなり凶暴な熊で、猟友会では無くて、自衛隊が出たという。あまり例が無いということで大きく取り上げられていた。
投影型のディスプレイには、どこかで見たような奴らが自衛隊の部隊として動いてた。不思議な事も有るもんだ。
翌朝、俺はだらけた様子でリビングで朝食を摂っていた。もう作業小屋の辺りに近づいても大丈夫と告げる。
「あら、猫、居なくなったんです?」
「怪我が治ったらあっという間ですよ。薄情なもんです」
「でも、気が向いたらふらっと顔を見せてくれるかもしれませんね」
「そうだと良いんですが」
「情がわいたんですか? ご主人様」
「そんなんじゃないですよ」
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