第11話

 新宿近くのアジアンタウン。昔はコリアンタウンとして有名だった場所が広がってそう呼ばれるようになった。

 その日本では珍しい店が立ち並ぶ通りを歩いて行き、一歩裏に入った。

 猥雑な雰囲気がより強くなるが、イリーガルな匂いはしない。

 ちょいちょいちょいっと裏通りに入っていく。通行人をするりと避けながら進む。と、大きな黄色い提灯が下がった居酒屋が見えてきた。入り口の引き戸の脇には大きなパールバディとガネーシャの陶器の像が飾ってある。

 中に入ると意外と和風の居酒屋の雰囲気だ。でもやたらと黄色と赤が目立つし、国旗も天井からバサバサぶら下がってる。

 消防法どこ行った?

 キョロキョロと見渡すと奥の座敷から俺を呼ぶ手。ご丁寧にようにしている。歓迎の雰囲気を纏ったオーラだ。

 喫煙店でもないのにもやっとした煙に包まれた店内を通る。人を避けて進み、座敷に潜り込んだ。


「わりぃわりぃ、質問受けてたら結構時間経っちまった」

「あぁ、気にすんな。代わりに先にやってたから」

「お疲れー」

「お、本日の贄が」


 今夜の意見交換会は俺を入れて四名か。

 手早くビールを頼み、乾杯。何に乾杯かは分からんが。なんかめでたいらしい。


「で、いつ入籍なんだ?」

「……は?」


 いきなりぶっ込んできたのは復興ドルイド派を名乗るジョンだ。筋トレと格闘が趣味で、仕事もトレーナー。顔は良いんだが、やたら眼光が鋭くて、戦場の兵士みたいなのが玉に瑕だ。その怖い顔のまま言うもんだから冗談か本気か分からない時がある。

 普段から軍服っぽいウェアを好むので、職質に良く会うとか聞いた。そりゃそーだろよ。


「男子たる者、女子と付き合ったらきちんと責任を取るのが筋だ。葉隠にもそう書いてある」

「いや書いてねぇよ。冗談は禿だけにしとけ」

「馬鹿者。これは剃ってると何度言えば分かるのだ」

「なー、坂田氏よ。わしも坂田氏が件のとは別の女性を連れ回してたとか聞いたぞ」


 にこにことした布袋顔で聞いてきたのは、占い師のデビル山田さん。優しげな顔をしてるが、普段はメタルバンドのようなコープスペイントで顔を彩り派手にやってるそうだ。我流なんだが、占いの腕は確かで、俺も何度か助かった。

 ただ、噂好きなのが玉に瑕だ。


「それは、仕事関係で囮捜査だったんですよ。お付き合いとかそんなんじゃないですよ」

「ほんとかぁ? わしらの独身同盟破って貰っては困るぞ?」


 山田さんにはお世話になってるからどーも強気に出にくい。


「まったくだよ坂田っち。そうなったら僕は結婚式で君の女性遍歴について暴露するからな」

「おいおい、月ちゃん。お前に女性遍歴で文句言われたくないわ」


 と、中性的な容姿の月ちゃんが、軽い調子で声をかけてきた。

 月ちゃん、本名大月のこいつは、俺と同じ三十オーバーでノーマルな男性の筈なんだが、年々容姿が中性的になっている。今なら宝塚の男役と言われても信じそうだ。

 一度理由を聞いたがはぐらかされた。

 流派はウィッカ。一般的には魔女と呼ばれる派だ。女性だけの者と思われがちだが、それは誤訳のせいで、実際には普通に男性もいる。月ちゃんは、この怪しい容姿で占いやアクセサリの作成販売なんかをやってるので、やたらもてる。本人もそれを利用して、女性をとっかえひっかえしている。なかなか悪い奴だ。まぁ後腐れのあるようなことはしてないようだから良いけど。


 いつもの意見交換会の四馬鹿が揃うと、まともな話にならんのはいつものことだ。四馬鹿に俺が含まれてるのは納得いかんが。

 なんだかんだと話しているうちに、やっとまともに落ち着いた。それまでに乾杯が四回も入って、俺の財布に大ダメージが入ったが。


「む!? あの霧のタクシーの運転手だというのか? あれは付喪神ではなかったか?」

「ジョン、ほんとだって。俺は何度か乗ってるし、電話で呼び出しできるよ」

「なぁ、坂田氏。噂通りならあれは人間ではないぞ? 分かって付き合ってるのなら良いが、大丈夫か?」

「んー、ま、大丈夫だと思います。接触した後は必ず状況の確認くらいはしてますし」

「そうかそうか。なら、わしにも電話番号教えてくれ」

「え? 運賃高いですよ? 通常料金の五倍以上しますけど」

「うわっ。そりゃ高いな。余程の時じゃ無いと使えん」

「でも、どんな所にもすぐ来てくれますし。便利っちゃ便利ですよ」

「坂田! 貴様一発殴らせろ!」

「いきなりなんだよ! あ、こいつ酒飲んでやがる! 誰だ飲ませたの!」


 その後、夜明けのカラスが鳴く頃まで飲んだ俺たちは、店の前で解散した。激安居酒屋の筈なのに一晩で八万近く吹っ飛んだ。レシートは一メートル以上になっちまって、店員も引きつってたな。


 そろそろ駅が見えてきた辺りで、後ろから声が掛かった。月ちゃんだ。そーいや、途中からずっと黙ってたな。


「坂田っち」

「なんだい?」


 気配が薄い。そこに居ないかも知れない。


「僕たち、友達だよね?」

「勿論だ」


 俺は躊躇無く、即、断言した。何度か命をかけた場に共に向かったこともある。俺たち四馬鹿は戦友だ。


「派が違っても、登る道が違っても、俺たちは戦友だ」

「ありがとう。じゃぁ、また。お休み」

「またな」


 月ちゃんの気配が消える。きっとそこに居なかったのだろう。

 フィクションのパターンだと、とんでもない事になる前兆っぽいイベントだ。しかし、現実は滅多にそうならない。と、考えてから思った。

 --リアルに魔術がある現実リアルでは何があってもおかしくないな、と。

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