第10話

 魔術も武術のようなものだ。個人に根ざした技術だから、サボれば落ちる。

 呪文を唱えれば誰でも使えるわけじゃないんだ。


 そんなわけで、しばらく原稿のために停滞気味だった修行だ。最低限、感覚が鈍らない程度にはやってたが、どうしたって無理が出る。

 実戦は、こっちが願ったタイミングでやってくるとは限らないしな。むしろ都合が悪い時ほどやってくる気がする。


 三階の儀式場に、インセンスがたなびく。一人立つ俺はローブ姿だ。

 立ったまま特殊な呼吸法を用い、瞑想状態に入る。自分という海に沈み込んでいく。ずっとずっと落ちていき、マリンスノーが周囲に満ちた。しんしんと冷え込む深海で俺はしばし瞑目した。


 目を開けた時、呼吸と心理状態を確認する。

 問題ない。


 儀式場を浄化し、雑多な物を排除する。儀式は緻密な実験のような物だ。使う機器や場所の消毒は必須となる。

 幾多の段階を経て、徐々に深奥に入る。生身で行うのは非常に面倒で、今は省略化した儀式を行う者も多い。確かに、集中力を途中で切らせばノックバックがあるのだから、危険を避けるのは当然だ。しかし、全過程を人力で行えば儀式への理解も深まるし、あちらの受けも良いしな。

 儀式が進み、周囲の圧が高まる。空気中にオレンジ色で八角形のカードが飛び交う。

 いつしか、その空気は周辺から俺の中に集まり、俺の中で確かな形を取った。


「三重に偉大なる方よ、よくぞいらっしゃった」


 幾つかのパスを経て、俺は間接的にとある神格を召喚することが出来た。しかし、その力はすさまじい。俺の中にほんの数滴しか入ってないはずの神格が、ただそこに居るだけで俺を消耗させる。俺は中から弾けんばかりの圧を感じている。ヤバイ。今、俺を針で突けば弾けるだろう。


 幾つかの質問をして、早々にお帰り願った。

 慌てず、儀式場を閉じていく。

 神との問答は言語で行う物では無く、沢山の複合されたイメージがどっと押し寄せる感じだ。その中からヒントを元に解析する不確かな物だ。

 しかし、「困った時の神頼み」としては非常に助かる。おまけに上手く運用できれば、力も付くし。ただ、失敗すると弾けてしまう。

 実は今回ヤバかった。

 気がつけば鼻血が出ているし、右足は内出血が激しい。しかし、書物について裏を取るには一番確実だったし、初めての神格の召喚となれば燃えるイベント。

 実戦魔術師としては多少危険でも心惹かれる物なのだ。


 翌日、内出血で歩く事がままならなくなり、ハルさんのタクシーを利用する羽目になって散々からかわれた。

 友人知人の魔術師達からは、成功を祝われると共にノックバックがあったことで散々修行不足をなじられた。おまけに何故かハルさんとのデートを見てた奴がいて、今度の意見交換会という名の宴会で、俺が奢ることになってしまった。

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