第9話

 午後三時。日差しも温かく素敵な午後だ。

 目の前には深刻な顔をした女性が二人。


「なぁ俺買い物の途中だったんだけど。何も言わないなら帰るよ?」

「買い物って、あっくん、風俗街うろついてたじゃん」

「男には色々あんだよ」


 と、「スナック 蜘蛛の糸」の営業前の店の中で、俺とフヅキがじゃれ合う。


「えっと、あのねあっくん。ナナミ困っちゃってて」


 今まで黙ってた、明るい栗色の髪をしたナナミちゃんが口を開く。名前は和風だけど、ナナミちゃんはラテン系の顔立ちをした美女だ。混血だと思うがずっと日本で暮らしてて、外国語は話せない。

 間延びした感じで話すのも演技じゃ無くて、どーもほっとけないのだ。フヅキもそれで何かと面倒見てる。


 聞いてみると、水商売では良く有るストーカーだった。この商売では入れあげた客がストーカーになることなんて良く有る。それに対応するマニュアルもあって、それには警察に駆け込むことも含まれている。

 ところが上手く行かないのだという。馴染みの探偵などにも頼むけど尻尾が掴めず、警察もストーカーを見つけられず、逆にナナミちゃんの妄想を疑われる始末。

 しかし、店の他の子も見ているのだからそいつが存在するのは確かで。


「何で俺なんだ? 俺はただのおっさんだぞ?」

「うーーん……」


 フヅキがびっくりした顔をした後、悩ましげに眉を寄せる。あ、こいつ考えてなかったな。


「えっと。ナナミはあっくん頭良いって思うし。度胸有るし、面倒見良いし」

「顔は?」


 ナナミは途端に目が泳ぎ出すが。


「す、すっごく良いと思う」

「嘘付け」


 俺たちは顔を見合わせて爆笑した。


「良いよ分かった。ナナミちゃんのその笑顔のためにおじさん頑張っちゃう」

「やった!」

「ただし、報酬はきっちり貰うからな、フヅキ」

「ぶーぶー」


 おざなりに現場検証を行い、ストーカーが触れた物やナナミちゃんに送った物、脅迫状やメールなどに目を通す。一般人の体で見ているからさっと見る程度なのだが、どーやら彼女たちが俺に頼んだのは正解だったようだ。

 ナナミちゃんの血筋なんかも確認し、ちょちょいと作業をして解散した。


 その夜。ちょっと住宅街を離れた公園に、俺とナナミちゃんが歩いていた。あの後、同伴と言うことで夕食を共にし、店に行ったのだ。それからずっと俺とナナミちゃんはくっついてた。ちょっとフヅキの目が怖かったけど、手は出してねぇ。俺からは。

 夜中の0時頃。いい加減酔った俺とナナミちゃんはフヅキにたたき出されるように店を出た。

 ずっと手を繋いで歩いていたから、お互いの手のひらはちょっとしっとりしている。ベンチに座り、火照る体を冷やそうとするが二人の心は熱くなる一方だ。お互いは競い合うように甘い言葉をささやき、更に盛り上がる。

 不意に目が合った二人のシルエットが近づく、と。


「ナニやってんダ、ナナみ」


 特撮物のヒーローのお面を被った男が割れた声で叫ぶ。仕立ての良いコートを綺麗に着ているが、とても臭い。十メートルは離れているのに目に染みる。まるで洗ってない公衆便所のようだ。


「……ナナミ、ダーリンに会いたかった」


 ふらり、と。が男に近づく。ふらふらふらと酔ったように近づくと、男がを抱き寄せた。まるでドラキュラ伯爵が美女を迎えに来たようだ。


「よしよし。幸せになりな。永遠に」


 俺が目の前に白い砂を撒くと、広場の内周を囲むようにシンプルな魔法円が浮かび上がった。まぁこれが見えるのは、それなりの素養がある奴だけだ。

 は無言で男にしがみつく。とんでもない馬鹿力で、俺だったらあっという間にぺちゃんこだろう。


「ナんだ?」

「お前やり過ぎなんだよ。もう三人も駄目にしやがって」


 そう、男は既に目をつけられていたんだ。俺たちのから。魔境に溺れた奴として。まさか東京に舞い戻ってるとは思わなかったが。一般人に手を出してるなら即処刑だ。


「お前、仏教系だったか? しっかり地獄でしばかれてこい」


 次の瞬間には、魔法円も、も消えていた。あれは半受肉させた人工精霊で本物は今頃ベッドの中だ。男はどこまで記憶が残ってるか分からないが、殺人犯として捕まるだろう。霊的な部分は根こそぎ地獄送りにしておいたから、今後おかしな事は出来ない。

 こんな時のための窓口に、事の結果と引き取りを依頼する。

 殺人犯が捕まったという報道が流れれば、ナナミちゃんも安心するだろう。

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